「どう関係するの?」
不思議そうな顔をする香織に、言う。
「古本市ね、定期的に開かれていて、月に一回は必ずあるんだって」
「うん」
「でね、この知り合いの教授と、荒瀬さんは、ほぼ毎回参加するんだって」
それがある意味、一番関係している。
月曜日。いつも通りに登校した私は、いつも通りに先生に貫通されながら体育座りをやめない白いのと並んで、いつものように授業を受けた。お昼は母さんのお弁当を食べて、トイレに寄った。お昼の時間は女子が一番たむろしててトイレが混むから、私はいつも人があまり来ない3階のトイレを使っている。今日も人気はなく、用を済ませて外に出たところで、
「田中さん」
呼び止められた。振り返ると、見覚えのある女子が立っている。
「えっと……テニス部の、城田さん、だっけ?」
部長会議に代理で出席したとき、女子テニス部の部長として来ていたので、名前だけは憶えていた。制服についている名札もその通りだったから、続けて尋ねた。
「何か、用事?」
「聞きたいことがあるんだけど」
「うん」
「あの人と、どういう関係?」
すごい、漫画みたい。と思った私だが、それどころじゃなかった。白いのが、ぎゅーんと首を伸ばして、彼女の顔を覗き込んでいる。完全に人間としての関節可動域を超えた伸び方で、ちょっと怖い。
「あの人、って、誰のこと?」
「昨日、古本市、来てたよね」
「ええ、ああ、うん。誘われて……」
その瞬間、城田さんの目がつり上がった。いや、もう、彼女なかなかの美人だから、怖いなんてものじゃなかった。もっと首を伸ばし始めた白いのとの恐怖の共演に、もうパニックになりそうだった。
だからなのかふと私は、彼女があの人と聞く人に、思い至った。
「あの人って、もしかして、荒瀬さん? 真っ赤な髪の、男の人?」
きゅーっ、と、城田さんの目が細くなる。
「そうよ……知り合いなの?」
「う、うん。お母さんの親戚」
「……そう」
どうやら、怒りは収まったらしい。彼女は私を急に、ふん、と可哀想なものを見る目で笑い、満足したかのように去っていった。御蔭で白いのが元の首の長さに戻ってくれたので、私としては彼女がなんと思おうが、知ったこっちゃない。
「ねぇ」
「なあに?」
「首、伸ばすの、禁止。怖すぎ」
「うん」
いやそういうことを相談するわけはないので、白いのの様子は香織に話していないのだけど、話してみてよくわかる。
城田さん、怖すぎる。
「えー、何それ。怖すぎない?」
香織は身をすくめるようにして、嫌そうな顔をした。
「でね、荒瀬さんに城田さんって知ってる? 、って、彼女の特徴と一緒に伝えたんだけど、知らないって」
「マジか。えっ、すごい怖い憶測言っていい?」
「待って。あのね、つまり、城田さんもその古本市に来てて、ずーっと、荒瀬さんのこと追いかけてたんじゃないかなーって……声もかけずに」
「イヤー、同じこと考えたけど、同じこと考えたけどさぁ!」
怖すぎる。という私たち二人の意見の一致に、ふと第三者の声が入ってきた。
「マジ、それ?」
暗室での作業を終えた、萩野裕也だった。私と、香織と、もう一人。今、この理科室に残っていた部員である。三年間同じ部活だし、同じクラスなので、最悪話を聞かれてもいいと思ったのだ。
「何処から聞いてた?」
「お昼の廊下で声かけられたところから。えー、マジか、じゃああの話の人って……」
「あの話?」
萩野は少し言いにくそうに、言葉を選んで話し始めた。
「城田さんって、女子テニスの部長だろ? 結構さ、男子の間じゃ可愛いって言われてて、人気もあって告白する奴いるんだよ」
「待って、ちょっと想像ついたかも」
香織が言うと、萩野がその想像を肯定するように、頷いた。
「彼氏がいるって、みんなずっと断られてたんだよ。でも、どこでどう付き合ってるとか、誰も知らなくってさ。女子テニス部の連中の間だと、嘘なんじゃないかってもっぱらの噂だったぐらいなんだ」
「……つまり」
「今の話聞いて、合点がいったわ。彼氏って、もしかして、その人……」
「萩野っちちょっとお口チャックして、怖すぎるから」
香織が口の前で、人差し指を交差させてバッテンを作る。しかし、私の話は、まだ終わっていない。
「続きもあるんだよね」
「うそでしょ……」
「今の、月曜日の話なんだけどね」
今日は、金曜日。部活はその間に毎日あったことに、香織は真顔になる。
「まって、今の話、続くの?」
「続くの」
「萩野、一緒に聞いて、お願い怖すぎる」
香織に頼られては男が廃るというやつなのか、萩野も座った。そして荒瀬さんの写真をのぞき込んで、イイ構図だ、とつぶやく。そこか。
「でまあ、怖かったんだけど……何もやましいことはないんだよね、私」
「そうよね、聞いている限りだと、面倒見のいいお兄さんって感じ」
「うん。でね、さっき言ったじゃん、電車で会ったら一緒に帰るくらいには仲良しだって。この前さ、雨で電車遅れてたじゃん、駅前の喫茶店入ってたらちょうど荒瀬さんも来てさ、一緒にお茶しながら時間まで古本市のこととかいろいろ話してたの」
ふと視線に気が付いて顔を上げたら、そこに城田さんが居た。
私と荒瀬さんが見える席に座って、じーっと、こちらを見つめていた。私が視線に気が付いたことなんて、気にしていない。というより、気が付いていない。
「どうしました?」
荒瀬さんに尋ねられたので、視線をそらして小さな声で、
「こっちずっと見てる人がいるんです」
と思わず言ってしまった。荒瀬さんは不思議そうな顔をして、私が見ていた方向を、振り返る。城田さんは、まだそこに居る。満面の笑みで、こちらを見ている。
どこか辟易としたような顔をして、荒瀬さんが頷いた。
「あれですか」
「あれです」
時計を見る。電車は、遅れからして、まだ来ない。
「タクシー拾います、帰りましょう」
「えっ」
「ああいう手合いは、関わらないに限りますから」
肩をすくめた荒瀬さんに言われるがまま、一緒に店を出た。制服姿の私と荒瀬さんの組み合わせに、一瞬もの言いたげにした運転手さんだったが、私がとっさにお兄ちゃんありがと助かったなんて口走った御蔭で、疑いの眼差しを消した。むろん、家に帰ってから、荒瀬さんにはお兄ちゃんと呼んだことを謝ったけれど、別にいいですよと実にあっさり許された。
「と、いう、一連のことがありまして」
「……えっ、ちょ、ええ」
「その件についても、今日のお昼に学校で堂々問い詰められまして」
「もしかして昼のあのざわつき感って、恵美が理由?」
状況が状況だったので、流石にクラスメイトも噂しにくかったのだろう。城田さんが突如お昼を食べていた私のところに来て、デートの邪魔しないでよ! 、と叫んで去っていったのだ。一緒に食べていた友人に、どういうこと、と聞かれたけれど、分からないとしか言いようがなかった。
萩野も香織も、その時はちょうどクラスに居なかったから、知らないと思う。
「つまりさ、城田さんの中では、その見つめているって行為自体がもはや、デートってこと……?」
「たぶん」
「……ど、どうしようもないというか、どうにもできないというか……」
戸惑った声を上げる香織に、その通りだと頷いた。
「怖くない?」
「怖いに決まってるでしょ!! 落ち着いてるあんたが不思議よ、先生とかも巻き込むべきじゃない、それ?」
うがーっと吠えた彼女には申し訳ないが、ようやく怖くなったので相談したかったのだ。荒瀬さん自身の危機感は微妙に薄くて、『行動力はほぼ無い様子ですし、心配していません』とクールな返しを頂いた。流石現役ホスト、しばらく駅に行くことは避けるというので、その点はちょっと安心した。