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【繁縷・1】

 高校生最後の年。写真部の副部長となった私に、部活の内容以外の難題が降りかかっていた。

 田中恵美という平凡な名前も、最近はいっそ平凡過ぎて非凡に思えてきた、今日この頃だ。


「あー、この人か、なるほどぉ……」


 私の持ってきた写真をしげしげと眺めながら、そう言ったのは友人の長瀬香織。可愛らしいモンブランカラーのショートカットに、目鼻立ちをはっきりさせるすっぴん風化粧もばっちりな、まさに現代の女子高校生。


 けれど彼女は写真への情熱は本物で、傍らにはお年玉を小学生の時から去年まで、貯めに貯めて買ったという、一眼レフが鎮座している。写真を専門とする美術大学への進学希望を裏付ける、展覧会への入賞成績も持つ腕利きである。


 写真部が放課後に活動をしているのは、学校に二か所ある理科室の一つだ。何故理科室かというと、ネット環境があって、パソコンが置けて、薄暗い部屋と薬品棚が確保できるからだ。


 我が校の写真部は数年前のちょっとストイックな先輩たちによって、様々な写真を撮影し現像するノウハウが蓄積されている。いわゆる、液体の薬品に漬けて行う現像から、スマホの写真のプリントアウトまで対応。放課後はもっぱら、外に出て写真撮影をしたり、学校内で写真撮影をしていたりと、個々人の活動が主になる。


 今は私と香織の二人と、倉庫と言う名の現像部屋で、薬品による現像に壮絶に集中している同級生の男子が一人、という三人きりだ。外には『写真加工中!ノックしてください!』という何時もの写真部プレートがかかっているので、滅多な事が無ければ中に入る人はいない。



 ……いや、正確には、三人と一つ、だろうか。



 昆虫の様な、真っ黒な複眼。白の着流し、白の髪に、白い肌。夏休みの一件以来、何やらだいぶしっかりとしてきた白いのだけど、私だけには相変わらずだ。学校に居る間はいい子にするものだと刷り込まれているので、私の横で両腕を机の上に乗せ、その上にさらに顔を乗っけて、写真を不思議そうに眺めている。


「ちょっと特別感あるし、ドキッとしちゃう感じね」

「そうなの?」

「うんうん。それにさー、なんていうか、特別感のある要素てんこ盛りじゃない? 今の年齢なら惹かれちゃう子多そう」


 なんだか大人びたことを言う香織に、そういうものだろうか、と私は首を傾げた。


「それで、この人がどうしたの?」

「うん」


 写真に写るのは、痛んだ赤い髪を後ろに束ね、書物に埋まるようにしてさらに床に散らばる書類を集める男性。さらりと着こなした着流し姿の、荒瀬邦彦さんである。


 私と秘密を共有し、妹さんの死の理由を追い求める、民俗学の研究者であり、ホストをしてお金を稼いでいる確かに『特別感のある要素てんこ盛り』な男性だ。そんな彼の写真を香織に見せたのは、私が副部長としての役割以上に悩んでいることを、相談するためだった。


「荒瀬さんって言うんだけどね、私のお母さんの親戚で、今私が住んでいる家を世話してくれたの」


 普段も使う言い訳を添えれば、あっさりと香織は頷いた。


「じゃあ家族ぐるみのお付き合いって感じ?」

「うん。電車で見かけたら、お互いに声かけるぐらいには仲いいよ。家もほぼ隣のようなものだし、お父さんもお母さんも働きに出ちゃって帰りが遅かったら、ご飯食べにおいでって言ってくれるし」


 言っていて思ったが、荒瀬さんとは何とも不思議な付き合いをしている。

 彼の外見を考えれば、場合によっては私の方が何かしら指導を受ける羽目になるかもしれない。

 そんなことを考えていると、香織が笑った。


「珍しいね、恵美がそんな顔するなんて」

「どんな顔?」

「うーん……一人っ子じゃなくて、妹みたいな?」


 私はすぐに首を横に振る。妹は、荒瀬さんの妹は、この世に一人だ。


「妹っていうか、友達ってほうが近いかな」

「へー。そりゃ仲いいね。で?」


 香織に相談したかったことを、ようやく、私は話すことにした。


「この前の日曜日なんだけど……」


 こういうことだった。


 その日、民俗学の権威である(らしい)荒木教授と荒瀬さんに誘われて、私は近隣の古本市場に出かけることになった。こういうところで、面白い史料が手に入ることもあるらしくって、荒木教授は嬉しそうだった。


 行ってみて驚いたのだけど、荒木教授へ声をかけるお店の人のまあ多いこと多いこと。なんでも一度に買う量が、すごいらしい。荷物持ちに駆り出された学生さんたちが、怯えた目をしていた。いくら買う気なんだ。


 初めて来たけれど、いろいろな本がある。資料や史料を探しているらしい人や、本がほしくて来ている人、絵本を探す親子連れまでいる。置かれたものは本当にいろいろな種類があって、私も見覚えがある最近の古本や漫画から、極太の大辞典に、糸で綴じられた正しく和書というやつから、インテリアに出来そうな洋書まである。


 雑貨物を取り扱っているエリアに出たので、そこで時間をつぶしたり、自然派なカフェの出店店舗でお茶したり、写真を撮ったりして集合場所に行った。


 荒木教授も収穫があったらしくて、院生さん達が呻きながら本を車に運んでいる。ホクホク顔の教授とは対照的な光景に、ちょっと引いた。


 と、いうことは、完全な前置きだ。


 これがきっかけ、ではある。


 翌日、登校した私に降りかかったことが、相談したい問題だ。



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