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【嘯きの壺・2】

 少し考えてから、都合が悪くて今回は行くことができない、というメッセージを送った。


 私が引っ越したり、家に一人で留守番をすることが多いと友人たちも知っているから、そんなに変に思われなかったらしい。むしろ、急にごめんね、と返信が来た。


 そこまで見て、白いのに伝える。


「……分かった、いかないよ」


 そう言うと、白いのは嬉しそうに笑顔を見せる。


「うん。えみ、いかない。いかないの、いい」

「でもね、私の友達は、行く気みたいなの。大丈夫かな」

「……えみ、ともだち、だいじ?」


 大切なことを聞くように、からだをこちらへ向けて聞いてきた白いのに、頷く。そりゃ、もちろんそうだ。


「そうよ。お父さん、お母さん、おじいちゃんやおばあちゃんとは違うけど……そうね。荒瀬さんとか、荒木教授みたいに大事」

「……そっか」


 白いのは、こくん、と頷いた。


「それと同じくらいにね、白いのが言うことも、大事なの」

「だいじ」


 びっくりしたように、白いのがゆらゆらと体を揺らす。


「だいじ、わたし、だい、じ」

「そうだよ。私は、白いのが行かないで、って言うから、行かないでおこうと決めたの。同じように大事な友人たちも、できることなら行かせたくない」


 そう話しかけると、白いのは余計、ゆらゆらと体を揺らし始めた。どうしよう、どうしよう、とブツブツ呟いているようで、困らせてしまったと思って私は急に、申し訳なくなる。


「……なんとか、言ってみるね」

「もう、いってる」

「え?」


 その時だった。


 私の脳内に、ざざっ、と何かが流れ込んでくる感覚があった。友人たちと、男子4人。友達が、スマートフォンをいじっている。テレビの中継みたいに、声が遅れて聞こえてくる。


『やっぱり、恵美ちゃん来れないって』

『急にだもんねー、恵美ちゃんの家からも近いから、行けるかと思ったんだけどさぁ』


 神社。いや、あれは、神社なのだろうか。


『そっか。じゃあ行こうぜ』

『明るいしあんまり雰囲気ないけどね』


 笑いながら、彼らが石造りの鳥居をくぐった。左右に並ぶ、古い木々。ぞわぞわ、ぞくぞくと、する。待って、待ってほしい。今日、とは言われたけど、まさか、そんな。


 もうみんなそこに、行っている?


「えみ」


 白いのの声に、ハッとして、あたりを見回した。頭の中に流れ込むような映像と音は消え失せていて、白いのの複眼に私の顔がたくさん映っているのが見える。


「……みんな、もう、神社に」

「だいじ、だいじ、まもる、えみ、だいじなの、わたしは、えみのむし、だから」


 にこり。

 白いのが笑うと同時、なんだか私は急に、恐ろしくなった。何かとても、とても恐ろしいことを、白いのにやらせようとしていた気がしてきた。


 だって。だって、白いのは、ただ、ただ、私を想っているだけだ。それだけなのだ。かつての、今もなお変わらないのかもしれないけれど、20歳で生贄を取殺すのとはわけが違う、何かもっと別の存在になりつつあって。でも、ともかく。


「待って。やっぱり、行く」

「……えみ」

「みんなを、放っておけない。あそこ、とても、悪いものがいるんじゃないの?」


 少し考えるようにして、白いのは首を横に振った。


「ちがう、から。からっぽの、がらん、どう」

「何もいないってこと?」

「から、なんでも、はいる。おおきいとこ、なおさら、はいる」


 分からない。でも、皆が危険な目に合うかもしれないこと、それだけが私の中を占めている。


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