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【嘯きの壺・4】

 もう一週間。


 肝試し。


 祟りを受けたんだ。


 友達を含め、あの日肝試しに行くといった彼らは、学校に現れないまま、夏休みに突入していた。肝試しに行くと言ったのは、夏休みに入る一週間前のこと。七月初め、というと、早いように聞こえるかもしれないが、一応進学校を歌うこの学校ではほかの場所に比べてかなり早くに休みが始まる。そうして、自由な時間という名の講習を大量に入れることで、より受験に特化した勉強をさせるのだ。


 彼らと連絡が取れなくなって、一週間。


 夏期講習の真っ最中、高校ではその噂でもちきりになり、私は憂鬱な日々を過ごしている。家で留守番をしていて一緒に行かなかった、と答えた私に、クラスメイトは同情的だったし、行かなくてよかったねと声をかけてくれた。白いのは、だいぶうまくなった体育座りで、私の足元にいる。


 あれから、白いのは、私が自分を大事だと言ったのがとても嬉しかったらしい。


 ますます私にべったりになり、そして私は相変わらずの日常を送っている。


「田中、来てるか?」


「はい」


 担任に呼ばれて、顔を上げる。


「ちょっと書類のことで話があるから来てくれるか」


「あ、分かりました」


 書類、って何の話だろう。とは思ったが、なんだか含みのある話だと感づいて、頷く。じゃあね、とクラスメイトに別れを告げて、担任の後をついていった。


 案内されたのは、校長室。周囲に人気がないことを確認して、担任が言う。


「……田中、行方不明になった5人と、最後にやり取りしていたってことだったな」


「見つかったんですか?」


「……正確に言うと、行方不明ですら、無い。事情があって、登校できないんだそうだ」


 何かあったんだ。


 やっぱり、あそこで、何かあったんだ。


 それを確信して、私の顔が青ざめる。白いのは、守るように私に抱き着いている。


「原田の、お父さんが来ている。事情を、詳しく知っている人だ」


「由美子のお父さん」


「お前に会いたいというのは、本当らしいんだが……なんだかあまりに妙な気がしてな」


 そっと囁くように、担任の境先生が私に言う。


 頷いて、先生の後について部屋に入った。校長先生、お父さんと同じくらいの年のひとと、お坊さんだろうか。私が入ってきたほうを見て、お坊さんは浅く目を見開いている。白いのが、見えているらしい。白いのもそれを分かっているのか、お坊さんのほうをじっと見つめている。


 ややあって、お坊さんはゆっくりと頭を下げた。


「突然、申し訳ございません。わたくし、上法寺に居ります者で、恵栄と申します」


 丁寧な名乗りをしたお坊さん、恵栄さんの横。由美子の父親は、深々と頭を下げた。


「いつも、由美子から話を聞いています。由美子の父で、治正と言います」


「えっと、田中恵美、です」


 お坊さんは涼やかな面立ちのまだ若そうな人で、白いのとのご対面衝撃も耐えきったらしい。


 しかし、本当に、奇妙なことだった。由美子のお父さんと警察の人なら、まだわかる。なのに、お坊さんが一緒。しかもその状況を、校長先生も先生も、なぜか納得している。


 ふと荒木教授の”そういうものになってしまった”という一言が、胸中をよぎった。


「田中の担任の境です。田中に用事とは、どういうことでしょうか」


 間に入って、境先生が話を始めてくれた。由美子の父親は、迷うような様子で視線を落としてから、決意したように前を向き直る。


「うちの娘を含めて、現在登校できていない子供たちについて、お話をしにきました」


 その言葉に、校長先生も、境先生も表情を硬くする。行方不明、というわけではないのだ、と親たちから連絡ははいっていたそうだけど、実際のところは詳しく知らなかったのだ。


「もしそれがほかの生徒にも影響することなら、学校として対策を講じる必要があります。教えていただけませんか」


「……状況としては、娘やその子らは、怪我をして動けない状態なんです」


 由美子の父親曰く、由美子たち5人は、やはりあの、神社に行ったのだという。


 あの神社は地元の人ですら、ほとんど寄り付かない。元々の地層のせいか、ひどく地盤が緩いのだそうだ。取り残されているのは、地盤が緩く重機が入れないため解体もできず、自然と倒壊するのを待っているらしい。ただ、もともとはそれ相応に手入れのあった神社のためなかなかそうもならず、こうして70年近く残ってしまったのだという。


 これまでも、由美子たちのように肝試しをしにいく人はいたそうだ。


「しかし、特別、何も起こりません。いえ、起こるほうが、稀にございます。地盤が緩いとはいっても、重機に耐えられないのであって、人なら大丈夫と言ってよい場所です。そのため、事前にご神体等々は別の場所にお移ししまして、きちんと祀ってございます」


 恵栄さんはそう言いきった。私が、白いのに抱き着かれていることも、分かっていての言葉らしい。困惑した面持ちの境先生や、校長先生。それとは対照的に、由美子の父親の顔は、強張るばかりだった。


 私は、思わず尋ねた。


「5人とも、命に別状はないのです、か?」


「……今のところは」


 今のところ。


 この先は、不明。


「現状を端的に申し上げましょう。神社に行かれました5人は、何かに狙われております。寺の本堂にいる限りは身の安全は確保できておりますが、寺にたどり着くまでに、皆さま怪我をなされていますし、また恐ろしい思いをしたようです。その何かは分かりません、住職にも手掛かりは掴めていません、ただ皆さまここなら何も聞こえないと安心されて、本堂から出られなくなっていらっしゃいます」


 そして、ようやく、人心地ついた由美子は、スマートフォンを開いた。ぎりぎり残された電池、目に飛び込んだメッセージ。それは、私からの、メッセージ。


「危険な場所らしいから近づくな、というそのメッセージを送りました貴女が、何か知っているのではないか。皆さま、そう思われておりまして」


「……そうだったん、ですね」


 合点がいった。


 用事があるからと行くのを断った私から、危険な場所だから近づくなというメッセージを貰ったら、疑いはかかる可能性は高い。もともと危険な場所だと知っていて、嘘をついたんじゃないかとか、そういうことを考えられているのかもしれない。だから、なのだろう。


 由美子の父親は、顔をこわばらせて、私を見ている。


 どうして娘を止めてくれなかった、とでも、言いたいのかもしれない。


「……しかし、私としては、合点がいきました。誰かに行くのを止められた、そうですね?」


 恵栄さんに言われ、私は頷いた。


「あそこがどのような場所か、ご存知の方がいらっしゃったのですか」


「……懇意にさせていただいている、大学教授がいらっしゃって。その方に、危ないところだから、と」


「お名前をうかがってもよろしいですか」


 少し迷ってから、私は荒木教授の名を出した。すると恵栄さんは、ああ、と納得がいった面持ちになる。


「知っております。民俗学の研究で、こちらにもいらっしゃいました。大変お詳しい方ですし、何かご存じだったのですね」


 こくりと、私は頷く。


「なんの記録も残っていない場所だから危ないって、そういわれました。由来も、何が祀られていたかも、どんな場所だったかも、誰が持ち主の土地か、記録も残されていないって」


 だから送ったんです。私は、続ける。


 あのラインのメッセージを送ったのは、教授にそうやって止められたからだ、そう続けた。けれどそう続けてから、一つ引っかかる。それは目の前に一瞬、靄が現れたような引っ掛かりで、すぐさま消えていった。それ以上に私には、由美子に、そして同級生に疑われている状況というのが、恐ろしかった。


 私に義務はない、私に理由はない、白いのに責任はない。だけど。きっと、この状況はそれを、許しはしない。


 警察に頼ることができないらしい、という疑問点を、呑み込んでしまった校長先生と担任。私こそが手掛かりと信じるお坊さんと、友人の父親。何かが、ひどく、傾いでいる。


「貴女を縁に、あそこに何が居たかを、探りたい。協力していただけないでしょうか」


 それを理解して、私は一つ、頷いた。


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