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【嘯きの壺・1】


 ねぇ、肝試し、一緒に行かない?


 私はこのラインのメッセージに、なんと答えるべきだったんだろう。友人の一人、真奈美が送ってきたこのメッセージをふと思い出して、私はそう考える。


 そんなラインを貰ったのは、6月の終わりの週、土曜の昼過ぎだった。


 特に部活もなかった私は、一人で食べたお昼ご飯の後片付けをして、慎重にお皿を布巾で拭いている白いのを見守っていた最中だった。白いの、というのは、私に憑いている謎多き存在だ。謎、そのものでもある。


 私、田中恵美の母の実家。八塚家に代々憑いていた、蟲、とされる存在だ。


 真っ白な体。真っ白な肌。真っ白な襦袢。真っ赤な舌。現代芸術家の作った、彫刻のような青年の姿。


 ただしその目は、トンボのような黒い複眼。


 その存在は、憑いたものを平穏無事に暮らすことを約束し、周囲に繁栄をもたらすという。


 その白いのは、私にひどく懐いており、私のやることは小さな子供みたいになんでも真似したがる。お皿拭きは白いのにとってブームらしく、丁寧に磨いてくれるので私も助かる。


「ありがとうね」


 私が声をかけると、白いのは嬉しそうににっこりと、歯を見せて笑った。


 慎重にお皿をかごに入れ、次のお皿をそっとシンクに置き、丁寧に拭き始める。その横で私は、友人から来たラインのメッセージに、目を通していた。


 ちょっと前に父親の次の仕事が決まって、我が家はようやく落ち着きを取り戻した。両親は私に心配をかけたから、というのと、情報が共有しやすいから、という理由でスマートフォンに買い替えてくれたのだ。あの二つ折りの携帯も好きだったけど、友達とラインが出来るのは正直にありがたい。高校生の社会というのも、なかなかに面倒なのだ。


 その友達らとのグループメッセージには、今日肝試しに行く話が楽しそうにやり取りされていた。来るメンバーは、このグループにいる3人の女友達と、同学年の男子4名。そこに私も、一緒にいこうよ、と誘われていた。


 友人たちが興奮した様子でやり取りするのを見るにあたり、どうもイケメンと話題のバレー部員である、春日井君が来るらしい。たしかに、ジャニーズ系の甘い顔立ちをした彼のことは、私もちょくちょく耳にする。サブカル系な私とは、縁のないヒエラルキーの頂点に君臨する輩である。


 ただ、他3名の男子は部活が同じだったり、クラスが一緒だったりで、会話をしたことがあるやつらだったので安心した。


「でもなんで肝試し? てか、学校から行ける位置にあったっけ……」


 確かに、もうじき夏という季節。


 でも土曜日の午後、という時間設定が、少し気になった。部活の関係、とか言えば親は許してくれそうだけど、肝試しの時点で私は正直乗り気ではなかったのだ。


 理由は至極単純で、白いのとかかわるようになってから、そういった霊的存在がばっちりいることを知ってしまった。そのうえ、とんでもない存在はともかく、ある程度は私も霊的存在を感知できるのである。白いのを信頼しているが、何か触りがあったらおっかない。


 ごめん今見た。どこにいくの? 、と私がメッセージを打ち込むと、すぐに返事が来た。


「南光神社? 神社?」


 神社に対して、肝試しというイメージがいまいちくっつかなかった私は、首をかしげる。ややあって、墓地にでもいくのかな、と思い当たった。が、しっくりこない。


 おやつがてらに専門分野についてお話をしてくださる、隣の御屋敷に暮らしている、この家の家主。荒木教授の講釈によると、神社における葬式は、よくイメージする寺の葬式とは目的が違うという。


 寺で行われる葬式は、亡くなった人をあの世へ送るための葬儀。


 神社で行われる葬式は、亡くなった人を家の守護神としてその家に奉り、見守ってもらうようにする儀式。


 儀式と、葬儀。この時点で、目的はかなり異なっている。


 だからこそ余計に、肝試しと神社が、なんとなく結びつきにくかった。


 山深いところにあるのだろうか。


「どこにあるんだろ」


 聞き覚えのない神社の名前に首を傾げた私は、ふと、白いのがこちらを見ていることに気が付いた。お皿を拭き終えた、訳ではない。


 心当たりを覚えて、尋ねた。


「……南光神社、知ってる?」


「いく、の?」


「友達がね、誘ってるの。肝試し、ええと、その神社に行ってみようって」


 白いのはゆらゆらと体を揺らす。お皿はきちんとかごにしまってからだったので、割れる心配をする必要はない。なんだか何か言おうとするけど、ひどく言うのを躊躇っているらしい。泣き出す手前の小さな子供のような表情を浮かべるので、ぎゅ、と手を握ってやった。


「どうしたの?」


「だめ」


「……行くのが、だめってこと?」


 こくん、と頷いた白いのが、おろおろとしている。


「怒らないよ。理由があるんだね」


 そう返すと、ほっとしたのだろう。何度も、首を縦に振ってきた。


 白いのがこういうことを言い出すのは、正直かなり、怖い。自分の心当たりがない場所に行くだけで恐ろしいのに、白いのが行くなと言うのだから、相当なんじゃないかと思う。


「……どうしてダメか、教えてくれる?」


 私がここで、ラインで、用事があって行けないのと返すのは簡単だ。でも、もしも、もしも本当にとんでもないことが起きたら、私は口を閉ざしていられる自信がない。


 白いのは身振り手振りを交えながら、とつとつと、言葉を並べてなんとか、ダメだと思う理由を教えてくれた。


「そこの、ぬし。もう、いない。だから、だめ」


「ぬし? ……もしかして、神様?」


「そう。もういない、だから、からっぽ。からっぽ、は、からしか、はいってない」


 廃神社。


 そんな単語が、脳裏をよぎった。これは荒瀬さんが教えてくれたことなのだが、むやみやたらに、道端にある仏像やお社に手を合わせてはいけないという。


 中に入っているのが、神社の神様や、仏様とは限らないからだ。手を合わせる、ということそのものが、その対象に気持ちを傾けるということ。気持ちを傾けられることで、力を得る存在は多い。


 私は、迷った。友人たちは、行く気満々だ。これを止めるのは、とても難しい、とも思った。そして私は、行きたくない。



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