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第82話「最強女子高生コロシアム」

2023年8月下旬。浦川辺あやは、同じ観音寺芸能プロダクションの鈴木りかと最強女子高生コロシアムへ参加するの為に東京ビッグサイトに来ていた。テレビ局のロケ班が仰々しくロケバスを並べて生中継していた。最強女子高生コロシアムは、他局の24時間番組や高校生クイズ番組と並んで、8月下旬の長時間放送番組としての地位を確立していた。近年は赤字だというが、今年もスポンサーの厚意で開催された。


放送局のスタジオも生放送で、司会の男性キャスターと女性アナウンサーが掛け合う。


「一時期はねぇ!紅白に迫る勢いだったんですけど!倫理委員会に色々言われて本当に大変な運営になってるんですよ!」


「うらじじょ~は暴露しないで下さい!」


放送局のスタジオには人気俳優から大相撲の力士まで様々な人が呼ばれて女子高生を応援する様子が放送される。


「少子化の実態とか言われてますけども~!」


「うらじじょ~はやめて下さい!」


お笑い界の大御所が、


「ゆうたらあかんのやけど、コレホンマはすんごいアブナイ企画やから。訓練もなんも受け取らん本物の女子高生やから。ゆうたらあかんのやけど、いつ喧嘩が起きてもおかしくないで!私のほうが可愛いゆうて!」


と言って盛り上げた。


午前はアカペラ審査の様子を現地リポートしながら、過去の名場面集や、過去の優勝者の現在、出演する新作映画の宣伝などに尺をとって幅広く間を持たせる。午後はアカペラ審査合格者を全員放送する。午前7:45から午後23:30までの番組だ。


現地のリポーターが女子高生を捕まえてインタービューした。


「北海道から来た野山めぐるだっぺした。今日は母ちゃんも楽しみにしてたっぺ。コッチが優勝したら、アジアの歌姫になるっぺ」


「北海道のどこですか?」


「釧路だっぺ!」


自信満々の様子だった。今回は5000人程が全国から集まった。


午前8:00に開場した。あやと鈴木は整理券番号に従って、アカペラ審査会場に行く。アカペラ審査は早ければ10秒で終わる。合格する者は30秒くらい歌声を聞いて貰えたうえで合格が出る。会場に50の審査ブースがあって、合格は各ブース1名でるかで、ないかだ。


「K1」


あやは自分の審査ブースに着くと、並べられた椅子に座って自分の番を待った。流石に緊張した。アカペラ審査は自己紹介が無く、自分が何処の誰かを説明する時間は無い。元子役・芸能人の浦川辺あやだから合格になるわけではない。自分の番まで誰も合格しない事を祈っていれば少し心が落ち着きを取り戻した。


一人、また一人と不合格を言い渡されてブースを後にする。現地リポーターも、合格者が出るまでは不合格者のインタビューをして間を繋いでいた。


順調に自分の番が回って来るかに見えた。


その時だった。


「合格」


赤い丸が大きく描かれたA4サイズのプラカードを渡されて、よく見るとブース番号の「K1」が印字されている。


「ありがとうだっぺ!あ~緊張したっぺ!」


審査員はニコッと笑うと、手と指先で、合格した野山めぐるにブースの外へ出るよう指示した。


あやは、


「ダメだ。緊張して全然聴いてなかった。どれくらい上手だったんだろう」


と思った。


そこで他の参加者の歌声をよく聴くように努めたが、今度は音酔いをしそうになった。下手な者は素人以下だった。


待ってるだけでヘトヘトになったあやの番が遂に回って来た。


審査員が、


「はい」


と言った。


あやは懸命に歌った。


月をみて不意に涙するのは♪


今も昔も変わりません♪


故郷に喩えるひともいます♪


あなたは何に見えますか♪


いつかその人に会えますか♪


月の詩のサビを歌っても何も言い渡されなかった。あやは少し戸惑って2番のAメロを歌い出そうとした瞬間だった。


「合格」


あやにプラカードが渡されて、審査員はニコッと笑った。


「君が書いたんだ」


そう言って、また手と指先でブースの外へ出るよう指示された。




現地リポーターが、


「小一時間経って続々と合格が出てますね。K1ブースからは二人目です。こんにちは!」


とあやにインタビューする。


あやは、


「浦川辺あやです!嬉しいです!凄く緊張しました!」


と言う。


「高校何年生?」


「2年生です!」


「午後も頑張って!」


あやは、子役時代のオーディションを思い出した。今一瞬、地上波の生放送に出演したが、あの頃であれば息を吸って吐くようなテレビカメラを向けられた瞬間が、今また努力して掴んだ瞬間だった。


大人しく俳優に復帰すれば、もっと高い所から再開だっただろうか。それでも悔いなど全く無かった。むしろ清々した。このまま下剋上みたいに駆け上げるほうが遥かに有意義だと思える。知ってか知らずか素人扱いするさっきのリポーター然り、心地よかった。


午前のアカペラ審査が終わると、午後のステージに進出する47名の参加者達に注意事項などが丁寧に説明された。お昼は放送局が用意したお弁当だった。ステージ進出者の中には、既に目標を達成した気分の者もいたし、友達作りをするような社交的な者もいた。


あやが一人で弁当を食べていると、鈴木が寄って来て、


「一緒に食べないあたり流石だね。子役の頃を思い出したのかな?」


と言って隣で食べ始めた。


あやは驚いて、


「ごめん。つい…」


と言った。


鈴木は、


「あの頃も言いたかったけど、ライバルと友情は矛盾しないぞ」


と言って笑った。


鈴木は子役時代のあやを、同年代の俳優の輪に入れたいと思った事は何度かあった。ただ子役時代はあやの方が格上の存在で、なかなか声をかけられる立場にもなれなかった。昨年12月に再会して、今年6月から対バンで一緒に活動して、今は自分が時折そんな先輩風を吹かしても差し支えないと思う。


今日は番組関係者ではない為、観音寺芸能プロダクションの観音寺社長やマネージャーの晴男は近くにいない。あやも鈴木も「素人さん」として扱われている。鈴木は、


「地下で知ってる奴が何人か残った」


と言う。


身長136cmのハートフルロリアイドル、支倉あみ


ギタリストらしい音源と歌声で人の心を掴みつつ踊りも出来る、矢井田ひかる


00年代パーフェクトリスペクトの、藤倉いちご


この3名が実力のあるアーティストだと鈴木は言う。


「最低でも5位だな。あやもだよ?」


「りか。ありがとう」


あやは、独りでは、達成できる目標も、叶えられる夢も無いと改めて思った。男子バレー部の活動で知った事だが、なかなか実践できない。鈴木はノスタルジックに子役時代を語る事が嫌では無かった。黙っていても緊張するだけだから、ずっと昔の話をしていた。


あやは、昨年12月に観音寺芸能プロダクションを訪れた頃は、女の子に恋をしていた事を鈴木に打ち明けた。鈴木は驚いて、


「マジか?」


と言う。あやは、


「りかは、私が女性同性愛者なのを知らなかったんだね」


と言うと、様々な事を打ち明けた。あやは、子役時代に芸能界で挫折して、神楽りおと出会い、恋をした。その後、記憶を失った。男子バレー部の女子マネージャーの活動を通じて精神練磨されると、芸能界復帰を決意した。男子バレー部には塩村という選手がいて、決して大きくない身体で懸命に自分の限界に挑戦していた。今はバレーボールを離れて、弁護士を目指して大学1年生だ。りおには今の恋人がいる。その人はかつて自分の恋敵だった。今はりおを大切に愛している。


鈴木は、


「スパゲッティみたくなってんね!」


と言うと、鼻でフッと息をしてから、


「歌を頑張りましょう!」


と言った。


あやは、


「歌で幸せになれるかな?」


と言う。


鈴木は、


「友達はいないの?友達が出てこなかったぞ!奮い立てる人の周りには絶対に友達がいる。心を許し合った人の言葉が刺さらないとそうならない!」


と言った。


あやは、三栖じゅえりの言っていた「本当の望みが叶う呪いの指輪」を思い出した。はめると本当の望みが叶う道程をひた走って、代わりに小さな望みが一切叶わなくなる。


あやは、何度でも奮い立てばいいのかと思った。失恋したまま、やる気に任せて、諦めない観音寺社長に導かれて、こんな衣装を着て、またテレビに出て。


すると、また、りおの幻を目の前に見た。


「一人でも読んでくれる人がいたら、その人のために書けばいい」


あやは、今度こそ挫けずに頑張ると覚悟を決めた。地下で歌って、一人、また一人とファンが増えて行く様子が面白くて仕方が無かった。幸せを足し算できる事が、幸せ。


りおは、恋人ではなく友達。恋人になりたいとは小さな望み。叶わないほうの望み。


出演順が壁に貼り出されると、1番が藤倉いちご。鈴木は20番目。矢井田が21番目。支倉が22番目。あやは47番目だった。野山めぐるは46番目だった。


審査は歌唱中のオンライン投票のみ。単純にいいなと思ったら投票してよい。時間帯によって明らかに有利、不利があるのも面白味だ。


あやは23時頃に月の詩を歌った。


結果には納得が行った。


もしかしたら大手レコード会社からお声が掛かるかもしれないと言われた、7位だった。鈴木は3位。1位は野山めぐるだった。2位は矢井田。4位に支倉。5位に藤倉。6位は木耳いずみという大阪の女子高生だった。


大手レコード会社からの連絡は夏休み中だった。やはり元子役・芸能人の浦川辺あやの認知度が死んでおらず、番組を見た視聴者がSNSに様々な投稿をして話題になっていた。


「上手だった」


「次が見たい」


そんな声が多かった。


「浦川辺あやをデビューさせたい。他のレコード会社と競合になるかな」


遅ればせながら鈴木にも別の大手レコード会社から電話が来た。


「ウチは鈴木りかに歌って欲しい。もう一回『鈴木りか』でやろう」


友達が傍にいれば、何度でも奮い立てる。奮い立てたら友達。鈴木はそうなのだと思うと、気が晴れた。誰も独りではない。私は独りではない。


その後、デビューシングルは「月の詩」よりもまず「ガラスのフィアンセ」のカバーにしようと提案された。「ガラスのフィアンセ」はカラオケで今でも歌われるから、携帯電話のミュージックアプリで検索した人が聴いてくれるという事だった。 

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