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第81話「対バン」

浦川辺あやは、観音寺芸能プロダクションの観音寺社長の薦めで、同プロダクションの鈴木りかと共に「最強女子高生コロシアム」という民放企画のボーカリストオーディション番組に参加する事が決まった。


参加が決まったと言っても、この企画に事前エントリーも書類審査も無く、毎年8月下旬に東京ビックサイトへ全国から数千人の女子高生が集まって、アカペラを披露する所から始まる。第一回目の20年前であれば何万人と集まったが、近年は少子化と競合するアイドル産業の隆盛で「もう潮時ではないか」と言われるようになった企画だ。何年か前からスポンサーの厚意で赤字ながら存続していて、今年は第20回記念大会として開催するという。


去年も参加した鈴木は、


「午前のアカペラはその場で合格が出る。午後はステージで歌って、歌唱中のオンライン投票で順位が決まる。全部テレビで放送される」


と説明した。


観音寺社長は、早速昨年の録画を見せた。午後のステージで歌って踊る鈴木。視聴者のオンライン投票が19位だった事まで見せて貰えた。


あやは、


「何位までに入るとメジャーデビューできるんですか?」


と言った。やる気満々だった。メジャーデビューは大手レコード会社からお声が掛かるかどうかの問題で、7位くらいまで可能性があるが、1位でも呼ばれない事があるいう。


鈴木は、あやが早く芸能活動に専念できるように何か助言できないかと思っていた。今までの話を聞いていると、どうも「前田先輩(前田よしと)」という人物に義理立てして彼の引退までは見届けようとしている様子らしく。


鈴木はこの日のスタジオで、


「あやは自分の歌を書かないの。最強女子高生コロシアムは自分の歌だと有利だよ。午前のアカペラの時も『何それ?誰?』って言われて好印象だよ」


と教えてくれた。


「昔書いた『月の詩』があるけど曲が無い」


あやは前回の時間ループで文芸部だった頃に書いた詩を思い出していた。鈴木は,音源は観音寺社長に頼めば作って貰えると言った。ついでだから男子バレー部についても、「恩に報いる」とか独りでやってても自分が報われなければ相手がかえって辛いよと言っておいた。


あやは、


「ありがとう」


と言った。音源の件はすぐに観音寺社長に相談した。持ち歩いているノートの最後のページに書き写してあった「月の詩」を見せた。観音寺社長は、決してやる気だけではないあやがここまでやる気を出している事が喜ばしく、直ぐに下請けの事業所に作曲の仕事を発注した。


「これはあの子への想いを書いた詩だね。いいわ。歌わせてあげる」


「…でも事業所の人が作曲するんですか?」


「『アキバ系地雷姫でんせ2』を作曲したゴーストライターだ。腕が良すぎてあまり公になっていないだけだから安心して欲しい」


観音寺社長のコネクションは本物だから大丈夫だろうと、あやは思った。




次の日は、あやは男子バレー部の活動に参加した。すっかり慣れ親しんだ男子バレー部は今年も2名の女子マネージャーが入部していた。あっという間に夏服の季節になって、部活の熱気も昨年のインターハイ予選を思い起こさせる温度に上昇していた。


松岡は坊主頭になっていた。東京最強チームのレフトではなく、東京最強のレフトになりたいと言って。全国大会で今度こそ野村まさしに目にモノを見せてやると復讐を誓っていた。自分のチャラけた考え方がチームの足を引っ張るのかと思うと、髪の毛が嫌になったという。とにかく身長207cmの野村まさしだけは許せないのだという。


「上から見やがったんですよ」


あやは松岡の坊主頭を見て、自分の考え方を鈴木の言い分に寄せた。そういえば芸能活動と二足のわらじの者が出入りしている事に、疑問が湧かずにいたのは何故だろうなと。


夜の自主練の時刻に、体育館の入り口で蛇島りりあがよしとの迎えに来ていた。


「今日は早めに切り上げて一緒に帰る約束だったんです」


蛇島もインターハイ出場を決めて、いくらか心に余裕がある様子だった。よしとの心境を思いやれたらいいなと思う。


あやは、


「蛇島さん。ちょっといいかな」


と言って、蛇島と立ち話をした。


「蛇島さんは、私の事を嫌だなって思わないの?」


と聞いた。蛇島は、


「男子バレー部に必要な存在だった事は間違いないでしょ。今は芸能活動に復帰してフェード気味って言ってたよ」


と言う。


「前田先輩がそう言ってたの?」


「そうだよ」


「それで良いと思うの?」


「私もそう思うよ」


それから少し二人で話していると、よしとが体育館から出て来て、


「今日はもう切り上げる」


と蛇島に言った。あやは、よしとをジッと見た。また少し大きくなったよしとは、蛇島を大切にしながら主将としてチームを二度目の全国大会に導こうとしている。


「前田先輩。芸能活動に専念しようかと思っています…」


よしとは、両手を合わせて、


「よかった!」


と言った。


あやは安堵した顔で、


「すみません。男子バレー部の活動を通じて様々な事を共感したから、やり遂げたかったんです」


と言うと、よしとは、


「芸能界に復帰できる展開は思いもよらなかった。大切にして欲しい」


と過去の時間ループでこのような展開が無かった事を暗に伝えて励ました。




その後は顧問の石黒先生と相談して、あやは女子マネージャーの相談相手役として部に在籍したまま、夕方は観音寺芸能プロダクションのスタジオでレッスンする毎日になった。


月の詩の音源は6月上旬に納品された。


あやは、


「クラシックを追求した音源ですね」


と気に入った。


観音寺社長は、久しぶりの鋭い声で、


「鈴木が出る対バンに出よう」


と言った。対バンとは、1つのライブに複数のバンドやアーティストが出演する形式のイベントだ。東京23区であれば渋谷や新宿などのライブハウスで行われる事が多い。


「まず鈴木と一緒に出よう。来週水曜日の渋谷で鈴木のセットリストの3曲目を『月の詩』にして、登録アーティストも『アイスマソ&浦川辺あや』に変更するから。あやは5日で歌えるようになって」


あまり詳しくない人がライブと聞いてイメージするのは、所謂ワンマンライブと呼ばれるものだ。一組のアーティストが出演し歌唱や演奏をする。場合によっては全国ツアーだったり、海外ツアーだったりする。スタジアムのような会場で行われる大きなライブをイメージするだろう。


ファンは、対バンの約15分から20分程度の出演に数千円の入場料を払って、お目当てのアーティストの為にライブハウスへ応援に行く。それが地下アイドルや地下シンガーのファンの、俗に言う、オタ活である。ライブハウスに座席は無く、ほぼ全員が立ち見である。立ったままコールと呼ばれる掛け声を歌唱に合わせて叫んで盛り上がる。




初ライブは2023年6月12日だった。タイムテーブルでは午後19:00に「アイスマソ&浦川辺あや」が出演する。午後16:30に渋谷のライブハウスに到着したあやは、マネージャーの晴男から開口一番、


「遅い!」


と言われた。芸能界にいた事のあるあやは、きっと初日は皆こう言われるんだと思った。時間が勝負なのはわかる。


「更衣室はありますか?」


「あや。ごめん、ありそうで無い。衣装はコレ」


晴男から段ボール箱を渡されると、


「タイムテーブル通り19:00開演だから18:30から18:45までが控室にいられる。18:45以降はステージ裏で待機。演奏は15分間で3曲。3曲目があや。自己紹介のタイミングは鈴木と打ち合わせして」


と言われた。


「どこで着るんですか?」


「今日は仕方ないから控室で着替えて。皆、着た状態でライブハウスに来る」


それから2時間程は出演者の為の広い待機部屋で、様々なアーティストやアイドルとすし詰め状態になって待っていた。鈴木は白い厚手のパーカーに身を包んで、


「自己紹介は2曲目が終わったら一緒にやるから。ファンにはSNSで告知しといたから」


と言う。


あやが、


「いいよ。できるよ」


と強気に言うと、鈴木は、携帯電話のSNSアプリを開いて告知の投稿を見せて、


「軽くバズったから」


と言う。




時間になり控室で衣装に着替えると、短めの黒のジャケット、白ワイシャツ、黒のチェーン付きミニスカート。モノトーンのリボンで長い金髪をポニーテールにした。靴は黒のロングブーツ、ボーダーのニーソックスだった。


ステージ裏で晴男は、


「次回からそれで来て。ポニーテールの位置は完璧です」


と言った。


観音寺社長は、


「元が良いから大丈夫」


と言って、笑った。


前のアーティストが終わると、一旦会場が真っ暗になった。


鈴木がお目当ての来場者が、前のアーティストがお目当ての来場者と入れ替わる。ライブハウスは最前列から中列まで鈴木のファンで埋め尽くされた。ファンは鈴木の登場を固唾を飲んで待つ。ファン以外は後方のスペースで聴いていたり、物販スペースに移動したりしている。今から始まる15分間のために遠路はるばるやって来る者もいる。


開演時刻19:00になると、重低音の音楽が鳴り響いた。鈴木の登場の音楽だ。


真っ暗な会場で鈴木のファンの手拍子とコールが鳴り響く。


鈴木はステージ中央まで歩き、立ち止まる。


登場の音楽が止むと、少し間を置いてから、1曲目のイントロが流れた。


ギター音と同時にステージの照明がパンと明るくなって、ステージ上で鈴木が踊り出す。ファンにはセットリストが公開されていない。ファンは1曲目が何なのかイントロを聞くまで知らない。


ファンのボルテージは、速い者は最初の1秒で、遅い者も3秒後には沸騰する。「ああこの曲だ」と気が付いた者から沸騰する。この数秒間の「おおおお!」という声を塗り替えるように「ハイ!ハイ!ハイハイハイハイ!」とコールがこだまする。


踊る鈴木に合わせるようにコールが、ファンたちは我先にと声を張り上げる。怒号にも似た応援を一身に浴び、鈴木が歌い出す。




春♪春、春、春から君を♪窓際の君を見ていたぁ♪夜♪夜、夜、夜の灯りには♪君の面影をしのばせ~て♪無理♪無理、無理、無理だよきっと♪君の隣にはけしってぇ~♪僕♪僕、僕、僕じゃない誰かを♪そっと~♪描き続~けて♪終わらない季節だね♪




この「春」「夜」「無理」「僕」に合わせてファンたちも同じ単語を叫ぶ。途中「フフーッ」とか「ファイボワイパー」などと雄たけびをあげる。頭サビの最後の「終わらない季節だね」の部分は「ね」と同時に「そ~ですね!」とコールする。


2曲目も大体そんな感じだった。


2曲目が終わると、照明が更に明るくなって、


「アイスマンじゃなくて~!アイスマソ~!」


と鈴木が自己紹介した。


ファンは「知ってる…」とか「何者…」とかリアクションする。


そして、


「こんばんわ~!浦川辺あやで~す!」


とあやが登場した。


一部のファンが「え~!」と声を上げて嬉しそうに出迎える。


「あの!子役で有名な!浦川辺あやが来てくれました~!」


すると、子役時代を大なり小なり覚えている者が、


「すげぇ!」


「何故!」


と言ってくれた。


あやが、


「今日は対バンデビューなので宜しくお願いします!」


と言うと、音楽が流れ始めた。




鈴木のファン達は声を揃えて、




ええええええええええええええええええ!




とコールのように叫んだ。




変わり果てた♪世界の堕ちる♪先の見えない♪パラダイム♪


変わらない♪心が描く♪住み慣れた平和に♪憩う二人は♪


止まらない♪弾道の先♪多くが失う♪未来の約束も♪


壊れゆく♪破道の刹那♪君を想う指先が♪探し求め…


る~♪月が~♪


許す~♪二人♪あるべき姿を~♪


月をみて不意に涙するのは♪


今も昔も変わりません♪


故郷に喩えるひともいます♪


あなたは何に見えますか♪


いつかその人に会えますか♪


ライブの後、30分程すると物販が始まる。物販とは応援する地下アイドルや地下シンガーのCDを買ったり、一緒にチェキ撮影をしたり出来る時間帯だ。アイスマソ&浦川辺あやで挑んだこの日の対バンでも物販は行われた。


マネージャーの晴男が、


「『浦川辺あや』はチェキ撮影のみで~す」


と言うと、チェキ列が出来た。


アーティストのライブというと、あまり詳しくない者は距離の遠く離れた崇拝を意識すると思われる。地下の対バンは、ファンとアーティストの距離は非常に近い。「浦川辺あや」とは子役時代は遠く離れた存在だった。これからは一緒にチェキ撮影ができる存在だ。


「浦川辺あやを久しぶりに見た。対バンデビューとか熱すぎる現場だった」


「浦川辺あやの対バンデビューが推しの隣だったのが嬉しい」


ファンの一人が、


「本当に?もうずっと、やるの?」


とあやに聞いた。


あやが、


「やります!」


と言うと、ファンは、


「推します。サインもお願いします」


と言って、今撮ったチェキにサインを頼んだ。


鈴木のコアなファンは、


「俺達でコールを考えとくから」


と言ってくれた。


勢いで挑んだ初ライブは大成功だった。


次のライブは日本武道館の近くにある宇宙科学博物館だった。T-シャツ博覧会という小さなイベントの賑やかしで、二人で出演した。家族連れで子どもが沢山いた。ミニライブでは鈴木のファンも押し寄せて異様な光景だった。


あやは、6月は鈴木の枠で対バンに出演して自分のファンを増やしていった。7月は、2曲増やして独り立ちした。自分の枠で対バンに出演して、更にファンの心を掴んで行った。その頃になると月の詩のCDも物販で配った。




フレストレーション♪気球を浮かべて♪貴方の街まで♪飛んでく~♪


(ハイ!ハイ!ハイハイハ!フフーッ!ケッコンシヨウヨ!アヤチャン!)




作詞は自分でやった。


8月には最強女子高生コロシアムの告知をして、更にファンを集めた。SNSもフル稼働させて一気に地下の階段を駆け上がった。 

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