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第80話「対文武創造学園リベンジマッチ」

2023年5月。長空北高校女子サッカー部は4月20日から始まったインターハイ予選で連戦連勝だった。昨年は選手登録の関係で現2年生が出場しておらず3回戦敗退だったが、今年は決勝まで順調に勝ち進んでいた。


決勝戦は3日後。


練習では2年生の蛇島が1年生をよく鍛えていた。上級生らしく力強い声を張り上げて。武藤と栗花落は入部して、基礎のパス回しから丁寧に練習していた。


3年生はインサイドハーフの北浜が急成長を遂げていた。1月の全国大会を含めて長空北高校の勝率は高く、勝利を経験して上達した。フォワードの仁科もよく星雲や泉岳きらりの技を盗んで強くなっていた。


インターハイ予選の決勝の相手はもちろん強豪の文武創造学園だった。


文武創造学園女子サッカー部は推薦入試として入学前の中学3年のうちに入部試験がある。蛇島は中学3年生の時に不合格になって、紆余曲折を経て長空北高校の女子サッカー部に入部した。昨年から文武創造学園のエースで活躍した2年生の小笠原には夏の練習試合でよく鍛えられた。かつてマンツーマンディフェンスの選手だった蛇島は、今では組織的な守備の一員としてゾーンディフェンスの中心選手だ。


蛇島は、


「小笠原がいなかったら変われなかった。絶対に倒したい」


と言った。


きらりは、文武創造学園が決勝戦でどのような動きするか見当くらいつけたかった。あれから強くなった長空北高校の対策くらい立てているだろう。


「面の割れていない1年生が偵察に行って来い。学生服で少し離れて見ているならバレないだろ。校舎に立ち入らなきゃ大丈夫だ」




その翌日に、武藤と栗花落が文武創造学園に偵察へ行った。バスを乗り継いで30分で着いた。行った甲斐があって様々な事がわかった。文武創造学園は決勝戦に照準を合わせて5バックのフォーメーションを練習していた。準決勝とスタメンが微妙に違う。まず3年生のイレイサーに蟹原がいる。そして3年生のサイドバックに烏丸という無回転シュートの使い手がいて、何故か今までベールに包まれていた。


武藤と栗花落は、部長のきらりの頼みとあって徹底的に偵察の仕事をした。近くで眺めたり、ギャラリーには不自然なくらい夜遅く、自主練の時間までグラウンド周辺にいた。


そろそろ帰ろうかと思った時だった。


サッカーボールが武藤の足元に転がって来て、武藤が何も考えずに蹴り返した。返って来たボールをトラップした背の高い選手が、歩いて武藤に近づいて来た。


「何か用事か?ウチの練習を眺めていたな。その蹴り方は経験者だよな」


幸い栗花落もすぐ傍にいて、選手は詰め寄っては来なかったが、


「なんだろうな見世物じゃないぞ」


と言う。


選手とは烏丸だった。


武藤が、


「すまない。頑張っているなと思って見ていた…」


と言う。


烏丸は少し悩んでから、


「…面白いか?」


と言う。


足取りを止めた烏丸が、


「ボールを蹴れたほうが面白いに決まっているだろう。いまどこでサッカーをしているのか知らないが、帰れよ」


と言う。


烏丸は怪我が多い選手だった。脚の骨に縦のヒビが入って以来、何かと怪我に悩まされた。上のリーグに双子の妹がいて有名選手だった。いつかまた妹と同じユニフォームを着てピッチに立ちたいと思っていても、恐らくもう叶わないかもしれない。


様子に気が付いた小笠原が、烏丸に近づいて来て、


「烏丸先輩。無理すると良くないですよ」


と言った。


「そうか?自分の肉体を疑うようで嫌だったが」


「大丈夫ですよ」


自分の肉体が信用できないのは大きなハンデだ。特に骨、骨格への不信感はモチベーションに関わる。烏丸はより強く生まれ変わったと信じる事をやめない。


武藤は烏丸がリハビリ続きだった事を勘で見抜いて、諸々をチームに伝えた。栗花落と一緒にバスで長空北高校に帰ると、レギュラーメンバーがまだ部室に残って当日の作戦を会議していた。


きらりは、


「ずっと控えだった奴が2名、スタメンに入って、片方が故障の多い選手だそうだ」


と改めて全員に伝えると、仁科は烏丸のスピードが気になるようだった。


栗花落は、


「烏丸さんはすごく速いです」


と言った。


蛇島は、


「5バックで守って勝つつもりなんだろう」


と言った。


蠍屋が、


「気を抜くな。昨夏はピンボールの打ち台みたいにシュートされたんだからな」


と言って、喝を入れた。


稲本は、小笠原をゾーンディフェンスで封殺出来るかどうかだと言う。


星雲は、蟹原のほうの情報が少なくて困った様子だった。


きらりは、


「偵察に行かせて良かった。行儀よく負けて何になる。向こうも同じ考えだ」


と言って、偵察という行為は正当化した。




2023年5月13日。決勝戦の当日は、競技場に長空北高校の応援団と応援の生徒達が詰めかけた。きらりの恋人の神楽りおは、予備校の講座を受講していた。今日は応援に来ていない。身体が離れていても心は通じ合っているから。二人を結び付けたサッカーが、いまその役目からは離れて、きらりの野望の一色に染まった女子サッカー部が宿敵との一戦を交える。蛇島も恋人の前田よしとを呼ばなかった。サッカー選手としてのストレングスに不要だ、絶対に来るなと言った。


星雲は、試合前の小笠原に、


「遊びに来たわけじゃないぞ。あれから言われた事の意味をずっと考えてたからな」


と言った。


小笠原は、フッと笑うと、


「球遊びじゃないならよかった」


と言った。


文武創造学園の部長・赤秀がきらりに、


「泉岳のチームだよな。前は個々の力って感じだったけど、結局まとめる奴の匂いがしっくりくるように皆成長するからな」


と言った。


きらりは、


「赤秀は、泥んこになりながらサッカーをした事があるか?」


と言う。


「あるに決まってるだろ…!」


「ずっとその続きだ」


「いいぜ…!まずは泥んこ…!その後…優勝だ…!」


ちなみに空は快晴だし、グラウンドは天然芝だった。




試合が始まると、文武創造学園は5バックのフォーメーションで守りを固めて来た。中央に蟹原。左サイドバックに烏丸。右サイドバックに赤秀。3人の間にディフェンダーが1名ずつ配置された守りの布陣だった。


長空北高校は打ち合わせ通り両利きの泉岳きらりが右からも左からも攻め込んで攻撃の起点となり、ファーサイドに足の速い仁科、オフザボールの上手い星雲が中央といういつも通りの攻撃的なサッカーだ。


文武創造学園は、数的優位で長空北高校の高い位置でのポゼッションに対抗し、チャンスがあれば前線へのカウンターを狙う。


前半10分。文武創造学園のフォワードの小笠原は、昨夏同様に蛇島の守備範囲にあえてドリブル突破を仕掛けようとした。どれくらい蛇島の個人技が進歩したのか実際に体験して知りたかった。


しかし進歩していたのは長空北高校の守備の組織力のほうだった。小笠原がボールを持ってハーフラインを越えると、インサイドハーフが下がって、ゾーンの外側へのパスを警戒しながら、7人で巧みに進路を塞ぐ。


昨夏の敗戦から毎日練習を繰り返してきた。カラーコーンを8つ設置し、相手攻撃選手に見立てた1名が置かれたカラーコーンのどれかを倒そうとする。8つのカラーコーンを守備側の選手が6名で守る練習だ。


蛇島がよく指示を出して、長空北高校の守りは固かった。蛇島のトグロのようなゾーンディフェンスに文武創造学園は苦戦する。両チーム共に懸命に守りあって試合が動かず。


赤秀は、


「持久戦だな。後半でも構わないから相手が疲れて来たタイミングで両サイドバックがオーバーラップしよう」


と言い、前半は5バックを崩さない事を提案した。小笠原には悪いが、あえて長空北高校にポゼッションを譲って、自陣で攻撃を潰しながら長空北の攻撃陣のスタミナを削る。いつか来るオーバーラップの時のリスクを軽減しようと言う。長空北高校の攻撃陣は交代要員がいない。


「星雲は私が封じます」


イレイサーとは通常のセンターバックの位置にいるが定位置からほぼ動かず、こぼれ球を処理したり、最後の砦になったりする選手だ。星雲のオフザボールに対して、対策が徹底していて隙が無い。要は最終防衛ラインから頑として動かないのである。


「泉岳は星雲が封じられれば一匹狼も良い所です。仁科は駆けずり回っているだけ」


きらりは、インサイドハーフの北浜を攻撃参加させながら好機を狙うが、あと一歩の所で相手守備に阻まれる。


星雲が蟹原をドリブル突破しようとすると、左右のセンターバックが上手くチャージして突破を阻む。


仁科は烏丸と赤秀の実力に屈して、良い所が無い。文武創造学園の5バックは上手く機能していた。


前半を終えて0-0のまま後半に突入した。


赤秀は、仁科が狙い目だと言った。きらりが左右どちらのサイドから来てもファーサイドに走って来る。後半のオーバーラップは仁科のいるサイドを縦にドリブルして、一気に敵陣に侵入する作戦で決定した。クロスは上げない。可能な限り縦に突破して、長空北のゾーンディフェンスを崩壊させる。小笠原は中央の密集地帯にいればいいと言う。


きらりは、星雲に、


「あれやるぞ」


とだけ言って、後は蛇島に喋らせた。


蛇島は、後半は必ず相手両サイドバックがオーバーラップするから、それは全力で守るとして、中央の密集地帯でも守備要員が不足しないように、特に稲本はよく下がるよう言った。小笠原のバイシクルシュートは同じ体格の者をなぎ倒すパワーがある。


ハーフタイムが終わると後半が始まった。


奇襲は後半開始早々だった。


文武創造学園は前半同様に長空北高校にポゼッションを譲って守備を固めていた。ボールは星雲に渡る。相手守備5人のラインディフェンスを見ながら、ボールをキープしていると、ミドルレンジにスプリントしたきらりにパスを出した。きらりが右から来たボールに左足で合わせると、ラインディフェンスの隙間をぶち破ってミドルシュートが決まった。


1-0。


きらりは2年生以降の試合でこのシュートを滅多にやらなかった。文武創造学園は対策出来ていなかった。後半の煮詰まった時間帯でもよかったが仁科のスタミナが気になり、立ち上がりを狙った。


赤秀は、


「泉岳が1年生の頃によくやってたシュートだ。封印したと思って油断していた」


と言う。


烏丸は、


「泉岳のワンマンチームだった頃の技だな」


と言う。


劣勢では赤秀の作戦通りに試合を進める事は長空北高校を有利にするだけだと思われた。文武創造学園はセンターバック1名に代えて攻撃選手1名を投入した。


小笠原が


「…待ってました」


と言って、定位置につく。


赤秀が、


「烏丸は攻め込め…!取り返せ…!」


と言うと、烏丸は、


「わかった」


と言う。


それからピッチに居た全員が闘争心を剥き出しにして戦った。両チーム共に思い出したようにシュートを何発も放った。


烏丸は無回転シュート。


赤秀はスライスシュート。


小笠原はバイシクルシュート。


長空北高校もきらり、星雲と仁科が懸命に蹴り込んだ。


最後はキーパーの差がものを言った。


蠍屋は、


「やっと気が晴れた。小笠原のシュートは見飽きた」


と言った。


烏丸はこの試合、左サイドを何度もオーバーラップして長空北高校の守備を脅かした。


「いつか鋼の翼を手に入れると信じてサッカーを続けて来た。一番やりたい試合だった気がする」


烏丸は息も絶え絶えに、同じく疲れ切った仁科を見ると、


「偵察に来た子は1年生だね。あの子と試合が出来なくて少し残念だよ」


と言った。


試合は長空北高校が3-0で勝利した。インターハイ出場が決定した。


赤秀は、きらりに、


「忘れられない試合になった。全国制覇してくれ」


と言った。


蟹原は、星雲に、


「私のような選手でも連携と工夫一つでいくらでも優秀な選手を苦しめられるのがサッカーだ。それが知りたかったのならいくらでも高校でプレーすると良い。いつか上のステージに行って貰えたら」


と言った。


小笠原は来年がある。蛇島が小笠原に話しかけようとすると、小笠原はそっぽを向いて引き上げてしまった。馴れ合いたくないのだろう。




星雲は、


「まずは全国制覇だ。多くの人に出会って、いつかすべてに感謝する」


と言った。




長空北高校は全国制覇を目標に7月下旬のインターハイに出場する。夢を叶える事は、その道のりで様々な意味を帯びる。様々な出会いと別れの中で、一人ひとりが強くなっていく。


それは元子役・芸能人で今はボーカリストの浦川辺あやにも言える事だ。りおをめぐる恋愛ではきらりに軍配が上がった。夢を叶える事でも、きらりが一歩リードした。


きらりは集合写真をりおに送って、勝利を伝えた。 

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