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第66話「大砲」

長空北高校男子バレー部は、来春の全国大会に予選三日目を迎えていた。準決勝を勝てば第二代表以上が確定する。


試合会場でアップする選手達は、不思議とリラックスした表情だった。予選二日目の6回戦で強豪校に勝利した。自分達でも強豪校に勝てる。その自信が勢いを生み、波に乗るように落ち着いていた。要は負ける気がしないのである。


ただその大多数のリラックスした表情とは裏腹に、一人絶大な緊張感で身体が硬直する想いの男がいた。岡部である。今日の第一試合に勝てば、第二代表以上が確定し、そういえば毎年テレビで放送されている全国大会に出場できる。勝たなければいけないと思うと、手が震える。


松岡が、女子マネージャーの浦川辺あやに、岡部のテーピングをやってあげて欲しいと頼んだ。


「岡部が、手が震えて自分でテーピングできないっぽいです」


あやが了承して岡部のテーピングを引き受けると、当の岡部が、


「今日は素手でやります」


と言う。


「どうして?怪我したらどうすんの?」


「今日で限界に行きます」


顧問・石黒がやって来て、岡部に「いいのか?」と尋ねると、岡部は、


「俺の右手なんかより大切なものがある事を知っています」


と言う。岡部は、前田よしとから知らされていた。あやにとって全国大会出場が特別な意味を帯びている事を。よしとに悪気はないのだが、岡部には知らせた。チームが全国大会に出場したら、あやが神楽りおとデートできる。ひそかに女子マネージャーのあやに期待していた岡部の衝撃は凄まじかった。あやは女の子が好きだった。


石黒は、


「よしわかった。この試合で『使う』んだね。勝たないとね」


と言った。


対戦相手は奇しくもインターハイ予選で長空北高校を破ったあの強豪校だ。


「長空北高校は前田君が小さく見えるようなチームになったね」


と試合前はどこか余裕綽々だった。


しかし試合が始まると、長空北高校が6回戦で別の強豪校を撃破したように多彩な戦術でリードする。スピードも高さもあの時と比べてより高いレベルに達している。特にレフトの松岡が強い。井沢と新垣もバックアタックを駆使して得点する。


そして岡部がベールを脱いだ。


岡部のスパイクが相手校の守備専門選手であるリベロの正面に飛んでいく。


リベロは、


「調子に乗って…舐めるなよ…!」


と言い、岡部のスパイクに低い位置のレシーブの構えをとる。スピードはそこまで速くないと思われた。正面の打球など余裕でレシーブして、セッターの居る位置に繋げる事ができる。それが日頃の練習。長空北高校も血反吐が出るくらい特訓したのだろうが、自分達だって強豪校のプライドを背負って努力している。


しかし、レシーブの両腕に命中した岡部のスパイクが、


メキャッ…!


っとなって一瞬めり込んだ。


「なっ…!」


そしてリベロが後ろに吹っ飛んだ。ボールも遥か上空を飛翔して後ろの2階観覧席まで飛んでいった。


「スピードはそこまで出ていなかったはず。なぜこんなに威力がある…!?」


岡部は右手首を少し左手で押さえながら、


「出来た!コイツらにも通用する!」


と言った。


威力の正体はバックスピンだった。スパイクのコントロールが悪く、アウトになりがちな岡部は、レシーブされないコースに打つのではなく、リベロの正面に打ち込んでリベロごと吹き飛ばす道を歩んでいた。スピードではなく回転数を追求して。


スパイクを打つ時に手首を固定するのではなく、柔軟にしならせてスピンをかける。もちろん突き指など様々なリスクがある技だ。


顧問・石黒は、


「怪我しないように身体を鍛える事ができたかどうかに岡部は挑んでいる」


と言った。


あやは、今までの岡部が頭をよぎった。何かと「俺の上腕二頭筋が…」と言って笑いを取ろうとしていた。少し小心者だった気もする。


長空北高校は第一セットをもぎ取ると、円陣を組んで大きく叫んだ。


「堅・忍・不・抜!」


「おおおおおおお!!!!」


チームの勢いが最高潮に達して、選手達の心に迷いが無かった。「絶対に勝てる」と口に出すまでもない。


相手校のセッターが、


「前田君のチームに負けたくない…!」


と言うと、相手校の監督が、


「皆、本当の強敵に巡り合えた時のために練習していたはずだ。それが今だ」


と言い選手達を鼓舞した。


第二セット以降は相手校も強烈なスパイクを打ち浴びせるが、長空北高校のリベロの斎藤が、


「時速160kmのマシンで鍛えた俺の鉄腕…!」


と言いながら横っ飛びの片手でレシーブした。




止まって見えると言ってはいけない。


相手を貶めてはいけない。


称え合うのが我ら長空北高校。




そして準決勝を快勝した。高校生の試合とは思えない白熱した試合だった。


相手校のセッターが、


「前田君のチームに負けた…!悔しい…!」


と言って泣き崩れていた。


よしとは、


「やっと勝てた。遂にこの日が来た」


とあえて直接的な発言を躊躇わなかった。


最後はお互い握手をして、試合を終えた。


この日は続く決勝戦も勝ち、長空北高校は予選を優勝して東京都の第一代表として来春の全国大会に進出した。 

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