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第63話「指輪」

浦川辺あやは、神楽りおの事が気になっていた。メッセージアプリは、あまり使っていないが、心が、言葉を送信したいと駆り立てる日々が続いていた。りおの交際相手の泉岳きらりからは徹底的に警戒されてしまっていた。


芸能界への復帰も、少しずつ考えていた。元子役・芸能人として中堅どころでキャリアを終えるくらいなら、中途半端でも構わないから、全てを畳んで生まれ変わった生き方がしたいと思って、高校は公立の長空北高校へ入学した。中学時代は芸能関係者の多い私立の堀川学園高校だったが。


今は舞台俳優やドラマ俳優より、歌や踊りに興味があった。裏方のメイクさんにも興味があった。何らかの形で、幼少期に慣れ親しんだ世界に戻って、もう一度頑張りたい。そういえば母親が、浦川辺みちよが、観音寺芸能プロダクションによく面談に赴いていると聞いていた。いつでも戻れるようにと。


きっかけは、男子バレー部の女子マネージャーの活動を通じて体験した様々な事だ。決して体格に恵まれたわけではない前部長の塩村が、懸命に己の限界に挑戦した姿。それを支えていた前田よしとが、今は後輩達に慕われて、己の限界に挑む姿。松岡、岡部、井沢、新垣の1年生4人組もメキメキと頭角を現して、チームのスタメンとして活躍している姿。オリンピック選手になるわけでもないのに、大好きなバレーボールに全力を注ぐ精神を見ていたら、芸能活動も「レベルとかランクとか抜きにしてまた頑張ろうよ」と思えて来た。


ある日。


そのうえで恋人がいれば、もっと心強いなと思って、


「神楽先輩が文芸部で書いている小説をよければ読んでみたいです」


と、りおに送信した。しばらくして当たり障りのない返事と、感謝の気持ちがりおから送られて来た。後日きらりには内緒で文芸部の部室で読ませて貰う事になった。


あやは、男子バレー部の休養日に文芸部の部室に遊びに行った。聞けば、りおは来年5月のコンクールに小説を応募すると言う。その精神的なもの、心意気を、りおは教えた。


「自分の実力を試す事に臆病になっても、本当は自分には天性の才能があると慢心している状態と大差ない」


りおは、あやにハッキリそう言った。よしとや、きらりには、きっととっくに備わっている精神なのだろうという事まで付け加えて伝えた。たとえばよしとが、本当は必殺の動きがあるのを出し惜しみして、隠している方が自分の最大値だと思いながら安穏と戦っているのではないだろうと。あるいは、かつての自分はそんなような精神の文筆家だったと言う。


あやは、


「私なんかのために教えてくれるんですね」


と感謝した。それから少し、二人で話した。


男子バレー部の大会は、選手権大会の予選が9月に3回戦まで行われた。10月を跨いで、11月に4回戦から決勝まで行われる。予選の優勝校が第一代表。準優勝校が第二代表。東京から二校が全国大会に出場する。長空北高校はベスト8以上が常連の強豪校の対策を欠かさなかった。数ある強豪校も「長空北は全国レベルではない」と高を括っていて、チャンスだと思った。


インターハイ予選で平均身長が173cmだった長空北高校は、1年生4名の身長が、松岡が186cm、岡部が188cm、井沢と新垣が182cmの体格だった。最高到達地点も塩村より断然高く、日頃の特訓でスピードも速い。


大会が近くなると、あやは携帯電話の動画共有アプリで撮影した、日頃の練習風景や、強豪校の試合VTRを何度も確認していた。


「ウチのほうが強い」


長空北高校は格段に強化されていた。それに貢献しているのは司令塔の前田よしとだ。時間ループを繰り返して1年生4人をよく把握しているよしとが、顧問・石黒のアドバイスも活かして、彼らの個性を引き出していた。評価は試合の勝ち負けで決まる。誰に媚を売るでも、へりくだるでもなく勝ったら称賛される。


そのように考えると、あやの心に「恋愛とは違う」という発想が刺し込まれて、


「神楽先輩。私が芸能人だった事を知ってますよね。相談に乗って頂けませんか」


と、つい拙速なメッセージを送ってしまうのだった。


「相談なら前田君の方がいいんじゃないかな」


と送られてきて、


「神楽先輩が良いです。女の子同士が良いです」


と少し強引に誘ったのだった。


りおは、


「芸能界への復帰の悩みなら、私なんかでよければ相談に乗ってあげる。私も浦川辺さんの話なら聴いてみたい。でも今は大会の準備で忙しいはずだよ。前田君のためにも大会に集中してあげて」


と送った。


あやは悔しいなと思った。交際相手がいるから自分に冷たいのかなと思うと、先着を許しただけでノーチャンスなのも厳しいと思った。


その次の日の学校で、昼休みにあやは、りおの教室に行った。学校で会うくらい構わないだろうと思って。男子バレー部の関係だと思ったよしとが、


「どうかしましたか?」


と応対すると、あやは、


「神楽先輩に会いに来ました」


と言う。


あやの鬼道はアンインストールされているから、今後あやが、りおをきらりから奪い取っても時間が巻き戻る直接のリスクは無い。しかし、よしとは、


「泉岳の事、少しは考えて」


と言った。よしとの心境は複雑だったが、あやを出口の無いトンネルに放り込んでも哀しいだけだと思った。


あやは、


「前田先輩。来春の選手権大会の全国出場が決まったら、一回だけ協力してください。試合で勝ち負けを決める感覚の要素が無い恋愛は、フェアとは言い切れないと思います」


と言い切った。あやは、前回の時間ループでりおがきらりを選んでいる事実を知らない。時間の巻き戻しで記憶を失っている。あやは前回の時間ループで明確に敗退していると、よしとは思った。確かにその時判断したのは今回の時間ループのりおではない。ただトラブルの元でしかないと思う。


よしとは、


「なんで?」


と聞いた。あやは理由を話した。そうやって話していくうちに、あやとよしとの妥結点が見えて来た。全国大会出場が決まったら、女子マネージャーとしてチームに貢献した事を認めて、芸能界への復帰についてのみ話し合う目的で一回だけデートするよう、よしとがりおを説得する事になった。廊下の立ち話も真剣にそのように決着した。


よしとは、あやが精神的に自立して本来の世界に戻る糧になるのであれば、許されると思った。恐らく、りおが、恋愛に関しては毅然とした対応をするはずだと信じた。今までの時間ループを体験して、記憶を継承している者として判断した。傾向と統計が示す。りおは、必ず芸能界復帰で葛藤するあやを知恵で導く。


この日。


あやは廊下の立ち話を終えて教室に戻った。


談笑する松岡、隣のクラスの岡部、井沢、新垣ともう一人の女子マネージャーの雛菊さやに、二、三の言葉を交わして、横をすり抜けて行った。そして自分の席で将棋の本を読んでいる、三栖じゅえりに話しかけた。


「じゅえりは泉岳先輩のファンだったよね」


あやは、自分からフェアとかフェアではないとか言っていたが、居ても立っても居られないから、じゅえりをテコにしようとした。


じゅえりは、あやをジッと見ると、


「あや様。昔漫画で読んだんです。本当の望みが叶う呪いの指輪。はめると本当の望みが叶う道程をひた走って、代わりに小さな望みが一切叶わなくなるんです」


と言う。


「小さな望みってどんな?」


「あや様。本当の望みを叶えてください。私をきらり先輩にけしかけてはいけません」


あやは、じゅえりの両肩にポンと手を添えると、


「人を愛するってそんなに簡単かな?」


と言い、


「育てるものじゃないのかな?」


と言って、自分の席に戻って行った。苛立ちにも似た感情を諫めて。


あやは、次の休養日にどこか独りで散歩にでも行こうと思った。男子バレー部の事、神楽りおの事、自分の芸能界復帰の事。ゆっくり歩きながら考えようと思った。 

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