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第61話「花火の夜リロード」

2022年9月24日。土曜日朝の長空駅に長空北高校男子バレーボール部一行は集合した。来春の選手権大会の東京都予選一日目に出場する。前田よしとは主将として挑む。スタメンには1年生の松岡、岡部も起用される。2年生の成長も目覚ましく、1年生4人組のうち井沢と新垣は控えのミドルブロッカーだ。


外気の耐熱が急に爽やかな風に入れ替わる時期の朝。


女子マネージャーの浦川辺あやは、


「前田先輩!絶対勝ちましょうね!」


と強気だった。鬼道をアンインストールした時は、泣かれてしまったが、あの後直ぐに持ち直して大会前の調整に尽力してくれた。


よしとは、


「浦川辺さん。今日の相手も油断ならないから、またベンチからコートを盛り立ててね」


と言った。


予選一日目は1回戦、2回戦、3回戦まで行われる。長空北高校は無事突破した。途中から井沢と新垣も多く起用され、恐らく予選二日目はスタメンかと思われた。


帰り道で、もう一人の女子マネージャーの雛菊さやが、


「あやちゃん♡明日の花火大会♡予定空いてたら行こう♡」


と言って誘った。


あやは、


「オッケ~!行こう!」


と言って、楽しそうにした。


よしとは、


「女の子同士で行ってらっしゃい。大学生とかいるから気を付けてね」


と言った。




2022年9月25日。花火大会当日の夕方、前田よしとは交際相手の蛇島りりあと、長空駅から南へ電車で一駅の駅で待ち合わせた。浴衣姿の蛇島と、先に着いて待っていたよしとは、


「お待たせ」


と声を揃えて言う。もうすぐ付き合って1ヶ月の二人は、ぎこちなさが消えていた。神楽りおは泉岳きらりと、横山みずきは彼氏の園崎と行く予定だった。遭遇するかもしれないが、皆カップルで行く事になっていた。


「泉岳先輩。もっと女の子らしくした方が良いよね」


「なんで?」


「神楽先輩は女性が好きなんだよね。もっと女の子らしい方が神楽先輩の好みなんじゃないかな」


「ふ~ん」


「よしとは他人事なの?私、泉岳先輩には借り作ってばかりだから」


よしとは、


「神楽の話するな」


と柔らかな声で言った。


蛇島は、少し驚いて、


「はい」


と言った。どういう意味だろうなという気持ちが後から追いかけて来たが、大きな手がスルッと蛇島の手の平を包んで、よしとは、


「花火の夜だな。迷子にならないようにな。りりあは大人ぶってる」


と言う。


蛇島は、よしとの肩を叩いて、


「下級生だからって!」


と言う。そうやって歩きながら花火会場までの道中に溶け込んでいった。




長空市花火大会は夏と秋の変わり目に毎年開催される。提灯の灯りが街の風物詩を一層際立たせるように立ち並んで、今年もこの日が来たと告げる。大人も、家族連れも、大学生も、高校生もやって来る。


よしとは、男らしくこの日を迎えたかった。男性客も大勢いる空間で彼氏らしく。


雷のような音で花火が始まると、皆それぞれ別の場所で空に一瞬の輝きを見せる光を、色の鮮やかさを見ていた。賑やかな声が、花火が上がる度に一瞬の静寂に飲み込まれて、皆花火を見入っている。


あやとさやは、一羽の蝶が羽を休めているように浴衣姿で佇んでいた。


「さやちゃんは去年も来た?」


「去年は家から見た♡」


打ちあがる花火の色。


「こんなに沢山の人達に囲まれて♡私達、数ある中からこうして友達になれたんだね♡」


「ん?どうした?」


さやは、学校の悩みを打ち明け始めた。男子バレー部の活動は順調だが、学校の成績の事、進路は理系を希望しているけれど数学が難しいかもしれない事などを話した。


「勉強か。偉いな。私は放り出した芸能活動の事を真剣に考え始めたよ」


あやも、芸能界の事を話した。男子バレー部の活動を通じて根性の大切さを学んだ事、本当に決心がついたら、また芸能活動に復帰してもよいのではないかと思える事などを話した。


打ちあがる花火をボーッと見ながら交わす言葉が、重くも軽くもない空気の中で弾けて、時折吹く優しい風に乗って、大衆の中に消えていく。


すると、さやが突然、頻りに鼻をすするようになった。


「どうしたの?」


「気にしないで♡」


眼も頻りに拭っている。


「どうしたのかな?」


「あやちゃん♡こんな事相談できるのあやちゃんだけだから♡誰にも言わないでね♡」


急に震えた声になって、さやは、


「前田先輩♡」


「あぁ。前田先輩ね。どうしたの?」


すると堰を切ったように、あやにしがみついて泣き出した。


「えええ…何…どうしたの?」


さやは、深く息を吸うと、


「前田先輩!私のほうが好きなの!!!」


と叫んだ。


あやがドン引きして、声を出せずにいると、さやは、


「絶対!!!私のほうが好きなの!!!」


と絶叫しだした。あやはとりあえず、自分にしがみついていろと思って、さやの頭を撫でてみた。


「気のせいだよ…さやちゃん…元気出しな」


そう言って自分だけでも花火を眺めて居ようと思った。




星座の方を見る者は、いるだろうか。


この日は雲一つなく、星もよく見えていた。




よしとと蛇島は、運悪くTシャツ姿の田原えみかと中嶋ゆずに出くわした。


「前田く~ん。エスコート中すみませ~ん。一枚撮ってくださ~い」


「前田君!か、彼女と、で、デートしてる、ふへへへ」


よしとは、親切そうに二人をえみかの携帯電話のカメラアプリで撮影すると、


「楽しそうだね」


と愛想笑いした。


えみかが、


「撮ってあげま~す」


と言って、よしとと蛇島を撮影した。


えみかは


「彼女出来てよかったね~。欲しがってたもんね~」


と言いながら、蛇島を見た。


よしとは、


「やめて!やめてよ!」


と言って笑った。


えみかと中嶋は笑いながら人混みの中に消えて行った。


蛇島は、


「よしとは女の子の友達が多いんだね。最初に言って欲しかったな」


と不満そうに言う。


「と言うと?」


「『俺、女の子の友達多いけど気にしないで』って最初に一言言って欲しかった」


よしとが、


「俺はそういう様式美みたいなの全くわからないから」


と言う。


蛇島は、またよしとの肩を叩いて、


「様式美じゃないよ!気持ちでしょ!」


と言うのだった。




りおときらりは、また別の場所で、土手の石段に腰掛けて、無言で花火を見入っていた。お互いの横顔を確認するまでもなく、手を繋いだまま肩を寄せ合って。


りおは、また時間が巻き戻ったとして、きらりがバックアップの呪術を頼りに自分に会いに来てくれるか、少し悩んでいた。よしとは、過去の時間ループで交際した事があるにも関わらず、りおを、たとえばきらりとの女性同性愛を応援する道を歩んだ。


よしとは、時間ループを繰り返しながら、りおと接した時間で少しずつ強くなっていったのだろう。もしもまた時間が巻き戻ったとして、きらりにも同様だろうか。


りおの心はこの煌びやかな花火の夜空の向こう側へ。


りおは、


「きらりは何を得るの。私の姉だと言って、教室から私を連れ出して。何かきらりを構成するの」


と言った。


きらりが振り向くと、いつになく澄み切った顔で、


「どうしてだ?」


と言う。


りおは、


「ずっと一緒にいられる事も凄く大切な事だけど、きらりの心に私が分け与えるものは無いの?」


と言う。


きらりは、


「難しい」


と言った。


「難しい時どうするの?」


「言っている意味がそもそも難しい。その懇切丁寧な優しさを必要としているだけではダメなのか?」


「面倒くさいの?」


きらりは、


「面倒くさいなんて思ってないぞ。りおこそ私の心に何を分け与えるんだ」


と言う。


りおは、臆することなく首を、きらりの方に伸ばして、背筋で押し込んだ。


きらりは、抱きとめれば良いと思った。


りおの両手が、きらりの頬を掴んで。


きらりが、ドキッとする間もなく。


りおは、きらりの唇の真ん中にキスをした。


そうやって花火の音を聴いていた。


もしも時間が巻き戻るとして、きらりの心に分け与えるもの。


「私、来年5月のコンクールに応募するから」


きらりが憶えていられるものの中に、たとえばこの瞬間があれば、また会いに来てくれる。


りおは、諦めない心、挫けない心、小説家として自分の実力を知ろうとする勇気を、分け与えられていた。時間が巻き戻れば、自分の記憶はまたリセットされるとして、きらりが、せめて何か分け与えたものを握りしめていられるのならと思ったのだった。


「心配するな」


きらりは前回の時間ループで、りおから「きらりを選んだらキスする」と言われた事を思い出した。


「遠くの空まで会いに行ってやる」


きらりは、目をそっと閉じて、りおを抱きしめながら優しく唇を重ねた。 

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