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第60話「アンインストール 後編」

2022年9月21日。前田よしとは、浦川辺あやにかけた鬼道を解除(アンインストール)する準備を整えていた。泉岳きらりが、三栖じゅえりを遣って確認した情報によれば、あやは「大泣きすると時間が巻き戻る夢を見た」と濁していた。また「便利な魔法だと思ってはいない」という事だった。


アンインストールの作戦は、よしとがあやに「俺は鬼道使いです」と打ち明けて、信用される必要があると思われた。失敗が許されない交渉になると思って、中々踏み切れなかった。しかし、神楽りおから「もう時間が巻き戻らないで欲しい」と言われた。よしと自身も、今の恋人との出会いをふいにしたくない。だから決心した。


作戦は、放課後の部活前にあやの教室で行うことになった。男子バレー部の松岡と雛菊さやには「浦川辺さんと個人的な打ち合わせがあります」と言って理解して貰う。同席する者は、きらりではなく、じゅえりを選んだ。


松岡、あやとさやにはメッセージアプリで連絡し、スケジュール通りに関係者各位が動けるように伝達した。じゅえりには、きらりに昼休みに呼び出して貰い直接話した。


よしとは、


「はじめまして、男子バレー部の前田よしとです。今年の大会はチームが順調に仕上がっていて、万が一時間が巻き戻ると今までの練習がパァです。今日の放課後、三栖さん達が突き止めてくれた情報を信じて、女子マネージャーの浦川辺さんが時間を巻き戻す魔法を発動させないように解除の呪文を唱えます」


と言う。


じゅえりは、満面の笑みを浮かべて、


「はい」


と言う。


よしとは、


「浦川辺さんが拒んでしまった時は、一緒に説得してください」


と言う。


じゅえりは、


「はい。私も将棋部の大会があるので時間が巻き戻って欲しくありません」


と言って笑う。じゅえりは、時間の巻き戻しはきらりが言い出した冗談だと思っている。きらりの冗談に、あや、よしとが次々巻き込まれていく様子が面白くて参加していた。鬼道など全く知らないし、時間が巻き戻るなどもちろん信じていない。ただ、きらりの冗談を起点として人の輪が出来ていくのが面白かった。


「解除の呪文はなんて言うんですか?」


「え~っと…リムーブ?」


「あははは!今考えましたね!」


放課後。


よしと、あや、じゅえりだけがいる1年生の教室で、よしとは、


「浦川辺さん。大泣きすると時間が巻き戻る魔法が何故使えるのか知りたくありませんか?」


と言う。


あやは、自分の後ろ側に立っているじゅえりの顔を振り返ってジッと見る。訝し気に、


「同じように時間が巻き戻せる人の集まりですか?」


と質問で返してきた。


「そうです。俺達は時間を巻き戻せる魔法を手に入れていたのですが、部活動の大会に向けて準備が順調なので、せめて俺達だけでも時間を巻き戻せる魔法を手放そうと決心しました。浦川辺さんも男子バレー部で俺と同じ立場なはずです。どうか解除に協力して貰えませんか」


よしとは、作戦通りの嘘をついた。


あやは、深く頷いてから、


「泣いたくらいで時間が巻き戻っていいはずないので、前田先輩に解除っていうのが出来るのであればお願いしたいです」


と言った。じゅえりは、黙ったまま微笑んでいた。小刻みに頷いて嬉しそうにしている。あやは、2022年4月8日時点に巻き戻る事は覚えていなかった。りおと違い、より断片的な記憶になっていて、便利な魔法だという認識も無かった。


あやは、よしとの言う通りだと思うのだった。これまで順調に仕上げて来たチームが、自分が不用意に大泣きしたくらいで時間が巻き戻って台無しになるのは不味い。よしと、じゅえりが、どういう条件で時間を巻き戻していたのかは全く知らないが、今後が一番大事だと思った。


よしとは鬼道の術者であって、インストールされたあやと同じ立場ではないが、うまく装う事ができた。じゅえりに至っては全く関係ないダミーであって、そもそもこの状況をショートコントだと思って喜んでいる。


よしとは、


「じゃあ15分間の呪文を聴いてください」


と言って呪文を唱えた。


あやもじゅえりも黙って聴いていた。


15分間の呪文を唱え終わると、あやの脳天に赤い光の小さな輪がかかっていた。じゅえりには無い。よしとは、


「三栖さん。浦川辺さんの脳天にある赤い光の輪が見えますか?」


と言う。


すっかり油断していたじゅえりは「え?」という顔で、あやの脳天をジロジロと見てから首を横に振る。よしとが、無言で頷くと、じゅえりは思い出したように、


「あ!あります!赤い光の輪!」


と冗談で叫んだ。


これには驚いたあやが、携帯電話のカメラアプリで確認すると、映っていない。赤い光の小さな輪は、どうやら鬼道の術者だけ、実物を見た際に、見えるようだった。術者にだけ見えるアンインストール成功の印だと思われる。


あやは、


「前田先輩。聞きたい事があります」


と真剣な眼差しで言う。


よしとは、一番大事な用件が無事に済んでいて、正直煮るなり焼くなり好きにして貰って構わない気持ちだった。それっぽく適当に話しておこうと思った。


「いや。聞きたい事は山ほどあるんですけど、私は記憶が無くなるんですよ。時間が巻き戻った感覚だけがあって。前田先輩は私の知らない事を沢山知っているみたいじゃないですか?」


次の言葉を発したのは意外にもじゅえりだった。


「凄いなぁ。あや様と一緒にお芝居が出来て嬉しいです。もしかして、あや様が考えたお芝居ですか?」


「は?」


「時間が巻き戻るっていうショートコントですよね?あや様が考えたのかなと思って」


「コント?」


よしとは、思い切ってじゅえりの言い草に合わせた。


「俺!俺が考えたの!」


よしとは、そう言うと、無事重大な用事を済ませた手応えと共に、男らしくウキウキしながら教室から出て行こうとする。


あやは、


「ちょっと待ってください!前田先輩!犯人ですよね?!」


と勘付いて呼び止めた。要は、よしとが鬼道を、あやにしてみれば何らかの魔法を、使える人物で、あやが大泣きすると時間が巻き戻るように設定した張本人だろうという。


よしとは、両手を合わせて、


「ごめん!本当は俺の鬼道です!でももう時間が巻き戻りません!よかった!」


と言った。


あやは、ゆっくりとよしとを追いかけて、


「私は何回この長空北高校に入学しましたか?…あと、何が面白くて私が大泣きすると時間が巻き戻る設定なんですか?」


と問い詰めた。


よしとは、


「言えません」


と笑顔で言った。


あやは、よしとを睨みつけた。


笑顔を崩さないよしとをジーっと睨みつけたまま、鼻で呼吸をすると、




うえぇぇええん!




と言って泣き出した。けたたましいサイレンのような泣き声が鳴り響く。よしと達が恐る恐る様子を観察していると、最後は「嘘だぁ!…でも本当なら…良かったぁ~!」と言ってくれた。


じゅえりが、


「迫真の演技ですね!」


と言うと、あやは寂しそうに笑った。よしとが気を取り直して、


「じゃあ!今日も男子バレー部!頑張りましょう!」


と言うと、あやも気を取り直して、また男子バレー部の活動に向かった。あやは、男子バレー部の女子マネージャーとして時間の巻き戻し、要は鬼道について不安があった。自分が大泣きしたくらいで時間が戻っていいはずないと、確かにそう悩んでいた。自分自身の問題としても、芸能活動への復帰を少し意識していたし。よくわからないが事情を知っている人がいて、しかも大丈夫そうなので、幾ばくか釈然としないがこの茶番のような時間で悩みが解消されたと思った。 

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