2022年9月17日。文化祭1日目の長空北高校は朝から他校の生徒や周辺住民が来校して賑わっていた。この日の気象は穏やかで薄曇り、風も心地よく過ごしやすかった。神楽りおは、文芸部の出し物であるたこ焼き屋で売子を務めていた。売れ行きはまずまずだった。
泉岳きらりは、浦川辺あやが遊びに来るに違いないと思って、たこ焼き屋の教室でずっと見張っていた。二人きりの会話を成立させない事が肝要だ。メッセージアプリで連絡先を交換した二人だが、現実での会話は守り切るつもりだった。
「きらり。遊び行きなよ」
きらりは、頑として譲らずテーブル席を一つ占有して、絶えずたこ焼きを食べ続けた。食べ終わると新しいものを注文して食べる。
りおは、もちろん食べ続けるきらりが何故そうしているのかわかる。たこ焼き屋が繁盛するのは嬉しかったが、きらりに悪いかなと思う。
きらりは腹八分目に達したあたりで、携帯電話のメッセージアプリを開き、女子サッカー部の面々にたこ焼き屋に来るよう指示した。そして五月雨式にやってくる女子サッカー部員に御馳走して、テーブルを占有し続ける。
すると男子バレー部の集団がたこ焼き屋にやって来た。女子マネージャーのあやが、
「神楽先輩!お疲れ様で~す!」
と言いながら、たこ焼きを注文する。一緒にやって来た部員達もたこ焼きを買う。結果、これまた大量に売れるのである。
りおは、
「ありがとう~!」
と言いながら、調理班が運んでくる出来立てのたこ焼きを男子バレー部の人々に手渡す。
あやは、奥のテーブル席でさっきから自分を睨んでいたきらりを見つけて、
「こんにちは!」
と気さくに挨拶してみた。
きらりは、
「お買い上げありがとうございました!」
と店子のような言葉を使って追い払おうとした。
あやは「あちゃ~」という顔をして、残念そうに男子バレー部の男子達と一緒にたこ焼きをテイクアウトして去って行った。りおともっと話したかったが、交際相手が傍にいるのでは野暮かなと思う。
きらりは、あやが大人しいのを見て、もしかしたら交際相手がいると分際をわきまえて大人しくなる習性があるのだろうかと思った。そこで、あえてあやの後を追って、話しかけてみたのだ。
「浦川辺はりおと仲良くなりたいのか?」
あやは、振り返ってきらりを見ると、
「浮気をそそのかしても嫌われちゃいますよ」
と言う。きらりは、何を歯が浮くような事を言い出すんだと思ったが、
「お前は浮気が有り得ないと思うのか?」
と聞いてみた。あやが前回の時間ループで起きた事を覚えていないのをいいことに。
あやは、
「奪った恋は奪われますよ」
と言う。きらりは、今度は坊主のような事を言い出したと思った。たださっきからあやが本気で、馬鹿正直に答えている可能性が一番高いので、
「違えるなよ」
と言ってみた。どんな反応だろうかと。
あやは、微笑んだまま、
「わかりました」
と言い、男子部員達を小走りに追いかけて行った。
きらりが後ろ姿を見ていると、突然、
「きらり先輩。あや様は神楽先輩狙いです」
と声がした。
きらりが振り返ると三栖じゅえりがいた。
「三栖か。いらっしゃい」
じゅえりは注文したたこ焼きを手に、
「もう買いましたよ。美味しいです」
と言う。
きらりがりおを見ると、微笑ましいものを見ている顔のりおと目が合った。きらりは、あやの言った事が気になった。りおは前回の時間ループで、あやを裏切って、きらりを選んだ。あやは哀れだと思う気持ちが半分、もう半分は今回の時間ループで、きらりとりおで過ごしてきた時間が、交わした言葉が、重ねた心が、あやの言うように奪われざるものになっているのだろうかと思う気持ちだった。恋なんて取り合いだと思っていたし、りおもそのような恋愛観だったと思ったが、先程のあやとの一幕も、今のじゅえりとの会話も、どうにも温かい目で見れる系統の事象だということなのか。
きらりは、
「りお。他を見て来るけど浮気するなよ」
と、正直に言った。心が狭いのは嫌われるかと思ったりもしたが、なんだろう、よくわからないが、素直な気持ちを言ってみた。
りおは、
「うん」
と言って頷いた。りおには悩みがあった。前回の時間ループで、あやと何か出来事があったのではないか、それをきらりが隠しているのではないかという疑い。ただ、あやが容姿端麗で、きらりは単純に嫉妬しているだけだとしたら、様々な感情が心を駆け巡る。
「いってらっしゃい」
りおがそう言った瞬間だった。
じゅえりが、
「神楽先輩。きらり先輩をお借りします」
と言って、きらりと手を繋いだ。きらりは突然の事で驚いて、じゅえりの顔を見る。
じゅえりは、
「自分で言う人は大丈夫です」
と、りおに対しては荒唐無稽な超理論を展開して、きらりに、
「きらり先輩、お願いします。私と一緒に文化祭を旅してくださいませんか」
と微笑んだ。
りおは、
「三栖さん。そっか、きらりのファンなんだね。いいよ、いってらっしゃい」
と言った。
きらりは、繋がれた手を大袈裟に振り切ると、
「いいぞ」
とじゅえりに言った。手を繋ぐのは、りおの大切な事だ。じゅえりとしてはいけない。あやに対しては「奪った恋は奪われる」なんて御大層な事を言ってくれたなと改めて思ったのだった。
男子バレー部の集団は楽しそうに文化祭を見て回っていた。
「あやちゃん♡お化け屋敷が2つあるけど、どっちもハイクオリティだったね♡」
「さやちゃん!手作りっていう概念を超えた境地だったね!」
松岡、岡部、井沢、新垣はあやと一緒に楽しい時間を過ごせて満足していた。
岡部は、
「俺の上腕二頭筋も少し焦りました」
と言う。
前田よしとは、
「お化け屋敷は去年も2つあったな。需要って意味で失敗しないからな」
と呟く。
「前田先輩♡詳しいんですね♡」
「ごめんね。詳しくて」
松岡は、
「前田先輩。彼女と回らなくていいんですか?」
と言う。
よしとは、
「大会前はチームメイトとなるべく時間を共有したいから」
と言う。
さやが、
「盗られちゃいますよ♡」
と言うと、よしとは、
「大丈夫」
と言う。さやは、一瞬ギョッとした眼でよしとを見てから、笑って、
「侍ですね♡」
と返した。
♪~♪りりあ♪~♪
よしとの携帯電話のメッセージアプリがメッセージを受信する。よしとは、もしかしてと思い、慌てて確認すると、件の蛇島りりあからメッセージが来ていた。よしとは、緊張した面持ちで文面を読んだ。
「ほらぁ~♡彼女から連絡来ますよ♡何しているんですかって♡」
松岡も、
「話つけてから侍になってください」
と笑った。
友達付き合いも大事だからって言われて納得したけど、クラスの友達に早速浮気していると言われて心配になりました。(中略)一緒に回ってください。
蛇島は正門広場によしとを呼び出すと、日頃の落ち着いた声で、
「よしと。やっぱり寂しいから一緒に回ろ?」
と言った。
よしとが、
「悪かった!たこ焼きを奢ってあげる!」
と言うと、蛇島は、
「なんで神楽先輩のたこ焼き屋なんですか!!!」
と怒り出した。蛇島はきらりからりおの情報だけ予習してあったのだった。
ただよしとに用事があるのは、りおの方だった。りおは、新しい恋人の蛇島を、もちろん応援していたが一つ気になる事があった。