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第57話「文化祭前日」

2022年9月16日。文化祭1日目を翌日に控えた長空北高校は全校生徒が朝から準備に取り掛かっていた。陸上部の横山みずきは、彼氏の園崎と2日目に開催される部活対抗ブレイキンに出場する。クラスメイト達は「横山と園崎は明後日の練習してていいよ」と好意的な対応だった。「衣装を見たい」という声もあったので、二人してトイレで着替えた。


みずきと園崎はお揃いの衣装だった。薄紫色のT-シャツには黄色い星が散りばめられて、藍色のオーバーオールにも水色のボーダーが織り込んである。みずきは似合っていたが、園崎はレトロゲームのキャラクターのようだった。園崎の、普段からそうしている明るい髪と赤いバンダナに独特の風貌だった。


それでもクラス中が「いいねぇ!」と言って喝采した。


みずきと園崎は、午前中だけクラスの出し物の準備を手伝うと、弁当を持って、体育館へ向かった。体育館では同じく部活対抗ブレイキンに出場予定の生徒達がたむろして練習していた。時折笑い声がこだましたり、どこかのチームが大音量で音楽をかけたり。


園崎が、


「まず弁当を食べよう」


と言って座り込むと、みずきも、


「『てっちゃん』は今日何食べんの?」


と言って座る。園崎の下の名前、哲也の事をてっちゃんと呼ぶ。園崎は、弁当箱の蓋を開けて中身を確認すると、


「餃子だ」


と言って、みずきに見せた。園崎の母親が作った弁当。


みずきは満足気に、


「てっちゃんのお母さんが作ったんだね」


と言うと、自分の弁当箱を開けて、


「ノリ弁で~す」


と言う。


園崎も嬉しそうに、


「上手だな!」


と言う。


みずきと園崎は陸上部を代表して楽曲「YARINAGE BOY」に乗せてブレイキンを踊る。携帯電話のアプリで聞き流しながら、二人で弁当を食べた。携帯電話のスピーカーから少しかすれた音が響いてくる。


園崎は、


「いい曲だよな」


と言った。


みずきは、首を傾げて園崎にくっつくと、


「ダサカッコイイ」


と言う。


園崎は、餃子弁当を食べ終わった後、少し準備体操をしてから、ゆっくりと動きを確認した。夏休みに出場を立候補してから、今日まで練習した通りに踊る。みずきも途中から、一緒に踊り出した。ゆっくりと、拍子と音楽を確認しながら。


楽しそうな二人が、明後日の部活対抗ブレイキンで優勝を目指す。


小一時間が経って、少し休憩を入れようと、園崎が音楽を消す。


みずきが、


「てっちゃん、トイレ行こう」


と言うと、園崎が、


「あぁ」


と言う。


みずきにはポリシーがあった。クラスメイト達の輪にいる時は、なるべく友達を優先して、お互いも友達だった頃のように接して居ようと思うのだ。二人きりの時や、学級と部活動を離れた時には、こうやって仲睦まじく二人でいようと思う。そんな考え方が寸分狂わず園崎には伝わっている。


この日は、全校生徒達が日の落ちるまで文化祭の準備で忙しかった。みずきと園崎は、お言葉に甘えて部活対抗ブレイキンの練習を、あまり疲れないようにやりながら、二人で仲良く過ごしていた。


「りおのたこ焼き屋に行ってあげようね」


「あ~。ま、当日はほら、他の付き合いがあるから、みずきも友達といなよ」


それが優しさだと思っている。二人して、本当の姿があるのだから。


長空北高校という進学校で、交際相手のいる生徒はそこまで多くない。昨年春に同じ陸上部で出会って、投擲種目でも一緒になった。みずきは、最初は園崎の明るい髪と赤いバンダナに面を食らった。進学校とは勉強が出来る人の集まりなのに何故あのような出で立ちの者がいるのかと。園崎は、中学時代は学年1位だったから向かうところ敵なしだった。しかし長空北高校に入ったら、真ん中くらいの成績に甘んじた。みずきも中学時代は学年1位だったが、みずきのほうが成績が良い。


部活動で言葉を交わしていくうちに、中学時代にはいなかったタイプの異性に惹かれ合った。昨年の夏には、もう彼氏と彼女だった。互いの今までの境遇が醸し出す匂いに疑問が無かった。同じ過去があったのだと思える。日常を分かち合う事を躊躇わず、進路も同じくした。


夜。体育館での練習も終わりにする時刻になった。野球部のメンバーが内輪で近くの定食屋で食べて帰ろうかと話している。音に紛れて帰り支度をする二人。


みずきが、


「緊張してきたね」


と言うと、


園崎が、


「俺達ならやれる」


と言う。


みずきは頷くと、自分の荷物をまとめた。


体育館を出ると、文化祭前日にすっかり様変わりした長空北高校が、まるで別世界のようだ。二人でいる事以外に、日常から連れて来た感覚が無いほどに、様変わりしていた。


帰り道。二人で長空駅まで歩く道で、園崎は、


「みずきは身体大丈夫か?」


と思い出したように言う。


みずきはギクッとした。部活対抗ブレイキンの話をしているのではない。


「俺。わからんから」


「平気」


「そっか」


みずきは、


「気にしてんの?」


と言って、微笑んだ。




園崎は、


「みずき。今日も好きだ」


と落ち着いた声で言う。駅に着いたら逆方向の家路。


みずきは、


「私もだよ」


と言う。


園崎は、


「不甲斐なかったら去って行くような女がよかった」


と言い、


「千葉大学に行きたいけど、このままだと1年浪人する」


と言う。最近園崎がよく口にする台詞回しだった。みずきは、もう少し成績が伸びれば現役で合格する学年順位にいる。園崎はそれより下の圏外にいる。ただ中学時代は一心不乱に勉強していた。園崎が自分で言うように、自分を優れた人物だと思って好きになる者には興味が無かった。落ちぶれたら、居なくなるような、そんな見上げるような素敵な人物がよかった。それでこそ自分の今までを肯定できる。長空北高校という進学校に来て、あっという間にできた交際相手への感謝がある。口にしたら、いけないような感謝が。


みずきは、


「てっちゃん。千葉大学行こうね」


とだけ言った。


駅に着くと、改札を抜けて、改札を通ったみずきは、


「嬉しい時も哀しい時も傍にいてね。またてっちゃんの家に行くから」


と言って、手を振って、帰って行った。みずきは、園崎の面倒見の良さが好きだ。自分に対してもそうだが、周囲に対してもそうだ。いつか園崎の良い所を掬い上げて、傍にいて欲しいと願う女性が現れるとして、その女の人が、何を言って、何をするのか、そんな事ばかり考えた昨年の春が、いつでも昨日の事のようだ。関係が深まっても、進んでも、その時々で何も変わらない想いがある。


園崎は、昨年の夏の自分の幻影を、たとえば同じ方向に帰ろうとした日の自分の影を、みずきの隣に見て、どっちも自分だと思うのだった。そういえば昨年の文化祭の時に二人で話したのだった、来年の部活対抗ブレイキンには出られたら出ようと。明日から二日間が文化祭だ。

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