2022年9月15日。文化祭を週末に控えた長空北高校。この日の昼休み、泉岳きらりは携帯電話のメッセージアプリで連絡を取って、三栖じゅえりと会っていた。
じゅえりは、
「お会いできて嬉しいです。きらり先輩のお噂は1年生の教室にも届いています。大会に向けて順調に調整をしていて。お忙しい中お会いできて嬉しいです」
と言う。
きらりは、
「浦川辺とは仲良くなったか?」
と聞いた。
「頑張って話しかけていたら、あや様と毎日挨拶する関係になれました」
きらりは、ある手伝いの目的でじゅえりと仲良くなった。それは、浦川辺あやにインストールされた鬼道をアンインストールする手伝いをさせる為だ。まず昨日の出来事について聞いてみた。
「昨日、浦川辺がりおに会いに来て、連絡先交換して帰ったんだけど。三栖が何か教えたわけじゃないんだ?」
「えぇ~!そんな事しませんよ。どうしてですか?」
ただ、どうあれきらりは、あやが前回の時間ループの内容を何も覚えていない事を確認出来た。前田よしとが言うには、時間を巻き戻す方法だけ断片的に覚えているという事だ。何故、あやが文芸部の部室にやって来たのかは、りおから直接聞いて、分からなかったら諦めようと思った。
「浦川辺も女が好きなんだ。そこまで知れて、けしかけやがったのかと思った」
「違いますよ」
「そっか。まだそこまで仲良くないんだな。じゃあ浦川辺に『時間を巻き戻せますよね?』って聞け。反応が見たい」
きらりは、この手の話題は実際に体験したり、関与したりしていないと理解できない、信じない事を熟知していた。
「あや様に冗談を言うのですか?」
「そうだ。仲良くなれるぞ。浦川辺も女が好きだから、三栖が狙ってもいいはず」
するとじゅえりは恥ずかしそうに下を向いて、
「きらり先輩がカッコよくて好きなんですけど」
と馬鹿正直に言う。きらりは好都合だと思った。このまま飼いならして目的を達成する。幸か不幸か、りおとあやが出会ってしまった以上、じゅえりを起点としてりおとあやが接触するリスクを懸念する必要は無くなった。
「全然いいぜ」
きらりは、優しく微笑んで見せた。じゅえりは、きらりの嘘で「りおの二番手」と言われている。そのような立場に甘んじていても不満が無い様子だった。
「またカラオケに誘ってください」
じゅえりはそう言って、ニコニコしながら去って行った。じゅえりは、男子の恋人は自分には早いと思っていた。カッコいい女子の先輩であるきらりと交際をしてみたい。恋人同士でする事をいつかしてみたいと思う。
じゅえりは教室に帰ると、相変わらずクラス全体が居場所という感覚で一人で将棋の本を読むのだった。クラスメイト同士で会話をするサブグループがいくつか出来ていても気にならないし、彼らもじゅえりが仲間外れになっているとは思っていない。
放課後。じゅえりは、あやに話しかけた。男子バレー部の女子マネの仕事があるから、手短に話したほうが良さそうだと思った。
「あや様は時間を巻き戻せますよね?」
あやは、ギョッとしてじゅえりを見ると、じゅえりは、
「時間を巻き戻す方法があるなら教えて欲しいです」
と言って、笑った。
あやは、急にオドオドしながら、
「巻き戻った?」
と言う。
じゅえりは、少し考えてから、明るい笑顔で、
「はい」
と言った。冗談を完遂したい。
あやは、
「大泣きすると時間が巻き戻る夢を見たんだ」
とあっさり白状した。
「なんであや様だけそんな魔法が使えるんですか?」
「便利な魔法だと思っているわけじゃないよ。巻き戻らないほうがいいよ」
じゅえりは、
「わかりました。きらり先輩に伝えておきます」
と言う。
「ちょっと待って『きらり先輩』って誰?」
「女子サッカー部のカッコいい先輩です。私は付き合いたいんです」
「そうなの?」
「女の子同士で付き合ってるんです。私には殿方がまだ早いので」
あやは、違和感を覚えて、
「彼氏がまだ早いって理由で、女の子が好きな女の子の輪に入りたいの?」
と聞いた。
じゅえりは、「あれれ?」と思いながら、
「ダメですか」
と言う。
あやは、自分の髪を耳の下で両手で握って、二つ縛りの髪形のように見せながら、
「もしかして『きらり先輩』って、こういう人?」
と言う。
「あ~!そうです!泉岳きらり先輩です!神楽先輩と付き合っている」
じゅえりは悪気は無かったが、ついホイホイ話してしまったのだった。あやの中で、昨日会ったりおの恋人とじゅえりの言う「きらり先輩」が完全に一致した。ここで、あやは嫌な予感がして、
「ふざけないでくれる?私と神楽先輩も、恐らく泉岳先輩も女の子が好きでパートナーが女の子しか有り得ない中でやっているの。三栖さんは彼氏か彼女かで悩むんだ?」
と言い放ってその場を後にした。あやは、りおときらりのセクシャリティを詳細に知らない癖に、あえてそう言った。少なくとも彼氏がまだ早いなどという理由で遊んでいるわけではない。そんな者はメンバーに有り得ないとあやは思うのだ。
しかし翌朝。
じゅえりは、あやに、
「あや様。おはようございます」
と挨拶をした。その後、挨拶だけでなく何かと果敢に話しかけた。
さやが、
「三栖さん♡どうしたの?何か用事があるの?」
と聞いて来た。
じゅえりは、
「仲良くなりたいです」
と言う。
あやは、
「気にしてないのか。私に言われた事」
と言う。
「はい」
「彼氏が早いからやってるわけじゃないのはわかったの?」
「はい」
「みんな真剣なのわかったんだ」
「はい」
「でも仲良くなってくれるんだ」
「はい」
あやは「『はい』しか言わないな」と思った。そして二人の時に、さやには「じゅえり自体は好きなんだけど何で関わり合いになってるんだろう」と疑問を投げかけた。
さやは、
「じゅえり♡」
と言って、じゅえりを呼んだ。
嬉しそうにじゅえりがやって来ると、
「友達記念日♡」
と言って、両手でハートマークを作って見せた。あやとさやは話し合って、自分達の輪に入れる事にした。その後、男子バレー部の松岡が興味深そうに「三栖さん!カブトムシ好きですか?」と話しかけると、あやは「男子はまだ早い子だから」と言ってかくまった。
文化祭はこの週末だ。皆、誰と共に過ごすのだろうか。たとえば、日頃は皆の輪の中でクラスメイトらしく過ごしている横山みずきは、彼氏の園崎とはどう過ごすのだろうか。