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第55話「ワルツ」

2022年9月14日。浦川辺あやは、新学期早々にりおと出会ってから、来る日も来る日も気持ちが落ち着かなかった。男子バレー部の先輩・前田よしとも友達以上恋人未満の後輩が出来た。自分も女性同性愛者として交際相手が欲しいなと思う。


「あんな素敵な人がいるんだなぁ~!しかも女の子が好きなんだよな!」


あやは会いたいと思った。その前段階的に連絡先交換をしたい。あの時は珍しくよしとに厳しくされてしまったが、文芸部の部室は確か文化部室棟にあったはず。


文化祭を週末に控えた文芸部は、たこ焼き屋の計画を立てていた。昨年は1年生で調理班だった神楽りおが、今年は売子をやる。


この日の放課後、あやは文芸部の部室に行った。同じ女子マネージャーの雛菊さやに用事があると言って、少しだけ仕事に遅れると伝えた。用事とは、りおとの連絡先交換だ。容姿は自分のほうが優れているから、強気で迫れば連絡先くらい教えてくれるに違いない。


「神楽先輩も可愛いですよ~!」


台詞回しの練習も家でして来た。これで一本勝ちだと思う。


ホームルームが終わると、足早に文芸部の部室へ。文化部室棟の奥のほうにある文芸部の部室にりおがまだ来ていない事を確認すると、携帯電話のアプリで自分の顔を確認して、


「よ~し!ここで待っているぞ!」


と意気込む。入口の前で張り込んで、この前より長話をして、連絡先を交換して、


「個人的なメッセージを沢山送りま~す!」


と言えば良いはずだと、手順も練りに練って来た。


しかし不運にも、この日は文芸部の部室まで交際相手の泉岳きらりが同伴していた。きらりは別に、嫌な予感がしたわけでも、情報が前もってあったわけでもなく。ただ文化祭の話で盛り上がったまま一緒に歩いて来た。


きらりは、仁王立ちするあやに気が付くと、急に静かになってあやを睨みつけた。前回の時間ループで恋敵だったあやが遂にりおを嗅ぎつけて現れたのだ。


あやは遠目に、きらりを見るが、前回の時間ループで起きた事はもちろん覚えていない。


きらりは立ち止まる。


りおは会話の続きをしながら、同じ歩調で歩こうとするから、少し歩いて立ち止まる。なんだろうなと思って、きらりの視線の先を見ると、新学期開始日に談笑したあやが仁王立ちして待ち伏せている。


「浦川辺さん?」


気まずい空気を察したあやは、取り繕ったように笑うと、


「あははは!せっかく知り合えたから~!」


と言う。


りおは、あやに小さく頷いて、今度はきらりの険しい顔を見る。


きらりは、真っすぐにあやを睨みつけていた。深く息をして、一歩二歩あやの元へ歩き出すと、歩調がどんどん速くなっていった。張り倒すのかと思うほどだ。きらりはあやの一歩手前でダンッと足踏みをして立ち止まると。


「何しに来た?」


と言う。あやは時間ループで記憶を引き継げないから覚えているはずはない。追い払わねば。


あやは、目線が横に泳ぐと、


「お友達ですか?」


と言って、たじろぐ。


きらりは、やはり何も覚えていないあやを確認すると、小さく頷いて、


「りおは『俺の』…」


と言いかけて、言葉を飲み込んだ。そういうルールでは無かったかなと思った。りおは誰のものでもないが信条だった。あやだけは除外したい気持ちでいっぱいだったが、りおも拘束されるのは嫌だったはず。あんまり器の狭い姿を露呈しても、良くないのかなという思考が追いかけて来る。


あやは、


「もしかして付き合っていらっしゃる方がいて…」


と言う。


りおが、小走りに追いかけてくると、


「浦川辺さん!用事ですか?」


と言った。


あやは、しどろもどろになりながら、


「連絡先を…」


と言いかけた、次の瞬間だった。


きらりが、あやの両腕を掴んで、3歩後ろまで寄り切った。


「ダメだ!!!学校のアイドルだろうが知らねぇ!!!」


文化部室棟には似つかわしくない大声の怒号もそうだが、何かが違和感のある響きだった。いま知った手合いに対する言葉の耳障りでもない。あやは今回の時間ループでは献身的な女子マネージャーで通っていたから「学校のアイドル」というのも何かが違う気がした。


りおは、予てから「沢山の出会いを経験しろ」と言うきらりの、思わぬ独占欲に、あるいはこれが本心なのかと思ったが、あやに対する尋常ではない警戒心の由来もかなり気になった。この世界は時間が巻き戻る。きらりは時間が巻き戻っても覚えている。


りおは、少し悩んだが、この場を収めたかった事もあり、


「いいよ。連絡先くらい。楽しかったもんね、お話しした時」


と言って、携帯電話を出した。


きらりは、掴んだ腕を離すと謝りもせず、ジロジロとあやの顔を見た。


あやは、


「あははは!ありがとうございます!いやぁ~!驚いたなぁ!」


と言って、平気だった。女性同性愛者のカップルに違いないと思うと、そういう関係に発展する事が許されているんだという別次元の思考が閃いて、掴まれた腕の痛みも平気だった。


「仲良くなりたかったけど…」


あやはそう言うと、きらりに愛想笑いして去って行った。彼女(きらり)の方は、怖い人だったなと思ったが、出会い方が悪かった事を悔やんだ。きらりは、前回の時間ループで殴打された事を覚えているが、あやは覚えていない。


遅ればせながら、管弦楽同好会のバイオリンの音色が響き渡って来た。きらりも文化部室棟を通り抜けて、女子サッカー部のグラウンドへ向かわねば。


りおは、


「メッセージアプリくらい良いよね。あの子も女の子が好きみたいだけど」


と言う。


あやの時間ループ発動条件は『神楽りおを愛して、しかしそのことで深く傷つき、自分の行いを後悔する』だった。これで今後発動する可能性が一気に高まった。あやが、条件を正確に把握していない中で、ではどのように把握しているのか突き止める工程を細々と進めていた。急いだほうが良いと思った。これ以上時間が巻き戻るのは今となっては断固避けたい。


きらりは、管弦楽同好会のバイオリンの音色が自分の耳に聴こえてくるまで立って、心を鎮めていた。過去の事は、過去の事で良いが、このままでは不味い。


りおは、きらりの肩をポンと叩いた。


「部活行ってらっしゃい」


きらりは、心を入れ替えて、りおに抱き着くと一難去った事を喜んだ。


「りおは『俺の』妹」


りおも負けじときらりを押し返した。先程きらりが相撲の真似事をしていたように。りおは、楽しみが増えた喜びも、きらりに愛される今の彩りだと、きらりに伝わるまでそうしていた。




きらりは、あやにかけられた鬼道をアンインストールする作戦は、急いだほうが良いと思った。 

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