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第53話「スコアブック」

夏休みのある日。男子バレー部は自主練の日だった。学校の課題や受験勉強が忙しい者はそちらを優先するから、出席はまばらだった。女子マネージャーの浦川辺あやと雛菊さやはスコアブックの整理や、サーブレシーブ練習の為に新調したマシンの使い方を覚えるなどの目的で出席した。マシンは最高速度時速160kmまで出せるドイツ製の最新式のものだ。一つでも多く試合に勝てるように、あやの父親から男子バレー部へのプレゼントだ。


「頭に当たると危ないので事故だけ気を付けてくださいね」


納品の業者が懇切丁寧に使い方を説明してくれた。


「あやちゃん♡日本語マニュアルがあってよかったよね♡」


「さやちゃん!掃除の時は電源を切って、必ずコンセントを抜くんだって!」


女子マネの二人もハイテクを搭載したマシンに興味津々だった。




夏の暑さも心地よいくらい、部員達は自主練で良い汗を流していく。




しばらくして、さやは、


「前田先輩♡スコアブックの整理がしたいです♡」


と言う。


部室に行くと、雑に陳列した紙媒体のスコアブックが積み上がっていた。10年以上前から増える一方のスコアブックは、かなり汚れている物や破けている物もあった。


「ごめんね。手伝うよ」


「破れちゃってるのもありますね♡」


「ごめんね。男子しかいない部活だったから紙媒体の管理が雑で」


「いいですよ♡部室の掃除もします♡」


「ごめんね。俺もやるよ」


よしととさやで部室を根気よく掃除していくと、確かに片付いて来た。掃除用具は新品が備蓄してあって不足は無かった。消耗品はまた予算で買う。


蒸し暑い部室の静寂の中、テキパキと手を動かす二人。よしとは1年生を呼んでやらせるのではなく、自分達で掃除をした。お世話になった部室の備品一つひとつに愛着がある。よしとは何度も時間ループを繰り返しているから。


「窓は掃除しなくていいよ」


「ありがとうございます♡」


「ごめんね」


前回の時間ループでは口論もあったさやだが、今回の時間ループでは衝突など問題なく過ごせていた。


「…前田先輩、ちょっといいですか?」


「はい」


さやは、周りをキョロキョロして誰もいないのを確認してから、


「なんで『ごめんね』って言うんですか?」


と聞いた。


「変だった?」


「なんにも悪くないですよ♡」


「本当に?」


「はい♡」


「大丈夫?」


「え?どうしたんですか?」


「あ。平気じゃよかった。また宜しくお願いします」


また何かの拍子に怒り出して衝突してしまったら怖い。丁重に接していないと。




あやは、男子バレー部の夏休みの写真を撮りに来た写真部の笘篠と談笑していた。


「笘篠先輩!今日は自主練の日なんで~す!」


「閑散としてた方が一人ひとり撮れるから良いな」


「またアルバムを見せて貰って良いですか?」


笘篠は冗談めかしてカメラを構えると、


「その前にまた一枚撮らせて」


と言った。


夏の暑さを弾き返すような無邪気さが、笘篠にはある。


被写体になったあやは、楽しく笘篠のアルバムを眺めていた。


「これは誰ですか?」


気になった一枚があった。


「知りたい?」


「知りたいです」


笘篠は、ニカッと笑って、


「2年生の神楽さん。新学期始まったら、紹介してあげる」


と言う。


写真は、いつか女子サッカー部の応援に行った日の神楽りおだった。あやの目に留まった理由は言うまでもない。


「え?」


「女の子好きでしょ?」


「えぇっ?!」


「違う?」




笘篠が人の好さそうな顔でジッとあやを見ると、あやは根負けして、


「はははは!なんでバレたんだろう!」


と笑った。


笘篠は、悪戯心と遊び心たっぷりに、


「向こうもだよ」


と言った。


あやは、


「え~?」


と首を傾げる。


「それで気になったんじゃないの?」


「確かに!女の子好きな女の子は顔立ちでわかるなぁ!でも神楽先輩かぁ~!向こうが良いって言うかなぁ~!」


「新学期にお話しする機会を作ってあげる」


あやは、


「そういえば1回だけ道で挨拶したかな。道で捨て猫を拾おうとした優しい人だった気がする。友達になれたらいいなぁ!」


と言った。




自主練の時間は選手達もリラックスしていて、写真部の笘篠が写真撮影をするには丁度良い雰囲気だった。張り詰めた練習時間と違って、ゆとりのある空気が充満していた。




さやは、部室の掃除を終えて体育館に戻ると、少し不安そうな顔であやに話しかけた。


「あやちゃん♡前田先輩、私に悪気があるの♡」


「え?」


「それに前田先輩、私を疑っているの♡」


「はぁ」


「私、疑われるような事しているの♡」


「う~ん。さやちゃん、そりゃ不味いんじゃないかな。私も男子は苦手な時があるけど、大分慣れて来たな」


「普段はうんと距離があるのに、ふとしたはずみで距離が近くなると前から知ってたみたいに接してくれるの。かと思えば『ごめんね』『大丈夫?』って、春からずっとそうなの」


あやは少し考えて、


「前田先輩が苦手なの?」


と聞いた。


さやは、


「苦手じゃないよ♡カッコいい♡」


と言う。




最新式のマシンは試運転も絶好調で選手達は使い方を覚えようと日本語マニュアルをよく読んで、楽しく動かし方を確認していた。




あやは、小休止のよしとの所へさやを連れて行くと、


「前田先輩!」


と話しかけた。


「浦川辺さん」


「前田先輩のほうがさやの事苦手なんですよね?さやもバレー部の一員なんで打ち解けてください!」


「打ち解ける?」


「3年生が引退して、前田先輩が主将じゃないですか。前田先輩と打ち解けてないのは部員として『遅れ』だと思うんです」


「そうかな。でも浦川辺さんがそう言うなら」


隣で聞いていたさやが、


「もしかして私が何かしましたか?」


と恐る恐る尋ねる。 前回の時間ループで起きたことを、あやとさやは覚えていない。よしとは覚えている。


「いや。そんな事はないよ」


よしとは、今回の時間ループのさやにアレコレと話し込んでも仕方が無いので、何も知らない振りを続けなければならない。その後もしばらく女子マネ二人と談笑した。




そして、自主練が終わる。


帰り道であやは、さやに、


「部活のオキテだ」


と言った。


「え?」


「部活のオキテで手を出してはいけないんだ...」


「何を言っているの?!」


「前田先輩の顔に『可愛い』って書いてある...」


「やめてよ!怒るよ!」


「でも確かめたほうがいいよ」


「確かめるって?」


あやは、さやの横にくっついて、


「こうやって身体を横にくっつけたりして。わかるから」


と教えた。


さやは、


「嫌だ!前田先輩を疑いたくない!」


と強情だ。




「そっか!ゴメンね!大丈夫だよ!前田先輩は!好かれてるんだよ正常な意味で!」




その翌日の部活から、さやがよしとによく笑うようになった。


夏休みが終われば新学期だ。


女子サッカー部の泉岳きらりは、蛇島りりあをよしとに紹介する気でいるが、何が起きるのだろうか。 

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