2022年7月中旬。期末テストの期間に入り、部活が自由参加になった女子サッカー部。泉岳きらりは、放課後に神楽りおの家で一緒に勉強をすることになった。
りおは、
「英語の復習を二人でやろう」
と言って、きらりを誘った。試験範囲の内容を確認する。きらりは前回の時間ループで『英文法徹底マスター』という教材を知らされてから賞味半年が経過していた。かなり出来るようになっていた。
勉強はりおときらりにとって縁結びも良い所だ。前回の時間ループでも湯島天神に行った。上野で降りて、御徒町を通って、日の当たる坂道を登って。
この日は自転車で神楽家に向かった。夏服が二人、走っていく。
神楽家に着くと、母親が出て来て「いらっしゃい」と言う。
きらりは、
「勉強をしに来ました」
と挨拶をした。部屋へ行くと、りおがエアコンをつけて、冷気が部屋中を駆け巡る。りおの部屋はいつも通り片付いていて、ベッドにはピンク色のシーツと枕があった。自宅に呼ぶなんて、もしかすると、エッチな事をする決心がついたのだろうかと、きらりは思った。
りおは座布団を持ってくると、勉強机とは別に卓袱台を出して、そこで二人で勉強をしようとする。きらりが座ると、右隣に座って、
「一緒に良い点取ろうね」
と言う。英語の教科書を広げて、試験範囲の和訳を読み合わせる。いつになく顔が近い。勉強が捗りながら、りおの呼吸音が聞こえる。りおも自宅の自室で心が落ち着くのだろう。いま見せているリラックスした姿が、りおの本当の姿なのかなと、きらりも思う。
「勉強手伝ってくれてありがとな」
きらりは、感謝を忘れないようにしないといけないと思った。りおは、赤いシャープペンシルで重要な構文をメモすると、きらりに渡した。おそらく試験に出るから覚えるといいよと言って。確かに第五文型を習う単元だから、第五文型の文章は和訳で出るかもしれない。
りおの左肩が、なんとなく、きらりの制服の右肩に当たる。りおも私服に着替えずに夏服のまま勉強をしている。
「好きな人と勉強ができるのは心強いね」
りおは、嬉しそうにきらりの右手を触る。指先を指先でなぞる。今日は、りおがきらりに甘えたい。そういう気持ちの日だった。りおの髪の毛がきらりの領空を侵犯してくる。
きらりは正面にりおを見据えて、ジッと見た。
りおは、きらりと両目が合うと、フッと鼻で息をして、定位置に戻って微笑む。
きらりはキスをしようと思った。しかしりおは元の位置に戻った。前回の時間ループで湯島天神に行った帰りに電車の中で唇の端にキスをした。今度は真ん中を狙いたい。
きらりは、りおの顔を真顔で見据えたまま、
「御徒町駅はいくつある?」
とクイズを出してみた。
りおは、
「4つ」
と答えた。正解は3つだから何かが増えたのだ。しかし予想はつく。JR御徒町駅に隣接する地下鉄の駅が3つだから4つと答えたのだろう。しかし地下鉄の駅の一つは上野広小路駅でであって御徒町ではない。不正解だと言うと、りおは少し残念そうにした。
「私の事が好きなのか?」
「好きだよ」
「ちゃんと沢山の出会いを経験しろよ」
「どうして?」
「ずっと一緒にいられる人を選ばないと」
「ずっと一緒?」
きらりは、
「…私とずっと一緒にいたいのか?」
と言う。
りおは、照れくさそうに、
「一生一緒にいるって事?」
と言う。
エアコンの音が聞こえる。りおの部屋で、きらりは頭が沸騰した。
「もういい!全部脱げ!」
「え?」
「エッチするぞ!」
きらりは、
「まず見せてやるから!」
と言って先に夏服のボタンを外した。大きな胸の下着が揺れる。
りおは、
「え?嫌!」
と言って自分の胸元を防御する。
「エッチするぞ! 生やさしくしやがって!」
「待って欲しいって言ったじゃない」
「女同士だぞ!」
「『女同士だから』は絶対嫌!」
きらりは、
「見せないなら見せない」
と言って夏服のボタンを戻した。
りおは、
「好きって言って」
と言う。
「好きだぞ~」
ビシィッ
「そんなのばっかり!」
りおはここ一番できらりの冗談のような言いぐさが気に入らなかった。思わず平手打ちをしてしまった。
「私に何をしようとしたの?!」
りおが興奮気味にきらりを問い詰めると、きらりは、
「わかった、私だけ見せる。サービスしてやる」
と言って、また夏服のボタンを外した。
「りおは『俺の』パイオツが好きだった」
そう言って覆いかぶさるように、りおに抱きついた。りおは、これも前回の時間ループで起きたことなんだろうなと思ったが、拒絶しないといけないと思った。吉祥寺に行った時は我慢できたのに。今回はりおが自宅に招いた事もあって抑えが効いていない。ここでしくじってはここまで育てて来た気持ちが台無しになりかねない。
「私は今の私!しっかりして!」
りおがそう叫ぶと、きらりはハッとした様子で我に返った。
りおは、
「本当に我慢して」
と言って恐る恐るきらりの前ボタンに触った。
「パイオツをしまって」
そして、ボタンを下から順にはめていった。
きらりは、
「りおは、愛があるな」
と満足気に頷いて気持ちの落ち着きを取り戻した。前回の時間ループでは余裕できらりの乳房をベタベタ触ったりおが、今回は対戦型を想定しているのか触ろうとしない。
きらりは、
「じゃあこうしよう。エッチしてよくなったら二人で下着を買いに行こう。下着を見せ合おう」
と言う。きらりは、下着に敗因を求めた。
りおは、
「いいよ。それまで我慢してね」
と言って、嬉しそうに真っ赤になった顔で笑った。
きらりは、
「沢山の女性同性愛者の中からパートナーを選ぶ気はないのか?」
と改めて聞いてみた。
りおは、
「きらりがいれば良いよ」
と、まだ赤い顔をして言う。
エアコンが空気を読んで強風になると、ガーという音が何かを紛らわせた。りおがリモコンで自動から弱に切り替えると、今度は静かになった音が空気を読んでいるかのようだ。
その後、順調に勉強の続きをして、この日は英語の試験範囲が片付いたのだった。
きらりは性欲で、りおを抱こうとするが、りおは、きらりと大切に関係を育てていきたいし先の事まで深く考えていない。沢山交際して、その中からパートナーを選ぼうと思っているのわけでもない。きらりが、いつかお別れが来ると思って悩んでいるのは、きらり自身が元々は異性愛者であり、理解者という立場の延長で交際相手になったからだ。
きらりは、
「夏休みは、部活が忙しいけど。時間をつくってまた勉強会をしたい」
と言う。
りおは、
「期末試験が終わったら、次は現代社会の課題レポートを一緒にやろう」
と言った。
りおは、本当に姉のようだと思った。冗談も言うし、ヤンチャな所もあるし。肉体に欲求があるようだけど、何かがとても姉妹のようだと思えるのだった。いつか「高校の頃はお姉さんになってくれた女の子がいたの」と大切な誰かに言うのだろうか。きらりの言いたい事もそういう事なのかなと思ったのだ。沢山の出会いの中でというのは、りおは少し嫌だったが。
その後、学校では期末テストが行われ、きらりは英語で平均点を超える事が出来た。長空北高校で平均点付近にいれば、第一志望で明治大学は現役合格も見えてくる。りおはクラス1位だった。過去の時間ループでは何度も途中で受験勉強を投げ出したりおだったが、きらりというパートナーがいれば頑張れるかもしれない。