目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第46話「進路」

男子バレー部の活躍の裏で、皇后杯東京予選高校ラウンドでT.M.R学園に敗退した長空北高校女子サッカー部は、少し空気に変化が起きていた。3年生部員の退部者が続出していた。長空北高校は進学校で、部活より勉強を優先する部員は多い。


「9月の大会は勝ちあがっても上の大会がないから。夏休み前に引退して受験に備えたい」


そう言って、辞める3年生が多かった。皇后杯東京予選高校ラウンドで勝ち抜き決定戦まで勝ち進んだ事に関しても、星雲、蛇島、蠍屋ら有望な1年生の活躍があって成し遂げた事だし、自分達の勝利という実感が希薄な者もいた。


「あの子達が威張っているわけではないけれど、空気が偏ってるから」


部長・小関は、


「辞めちゃうのか。後輩達に綺麗にバトンを渡せたらいいのに」


と言う。今の2年生達でチームがまとまるまで、勝利の味を知ったのだから、いくらか後輩を育ててから引退して欲しいと思っていた。守備の組織力に課題のある長空北高校だが、それでも3年生が抜けるとさらにレベルが落ちる。


「強い子がチームを引っ張っているだけなのは、なんとかしたほうがいいよ。試合中も味方のほうが怖い時があった」


辞める部員達は本音を吐露してくれるのだった。愛着が湧いた女子サッカー部に、悪意のない言葉で本心を打ち明けて去って行く。


部長・小関は、泉岳きらりに、


「せっかく勝ち上がったのに、辞める部員から不満の声を聴くのが辛い」


と言った。


きらりは、


「皆、チームが強いほうが良いのは間違いない中で言っている」


と部長を励ました。




部員たちが辞めていく姿を見て、小関は胸が重くなり、何か大切なものが崩れ落ちていく感覚がした。




世間は梅雨入りしたと予報にあった。梅雨というわずかな季節に、心の動きを誘われる者もいる。部長・小関は、自分自身のサッカーと大学進学という進路を比較した事は、あまりない。ただ梅雨の時期になると、小学生の頃に泥だらけになってサッカーをして、後で親から注意された日を思い出す。長雨に痺れを切らした学校の男子達に混じって、雨も泥も気にせずバシャバシャと汚れた日を。




外は梅雨の雨がしとしと降っている。まるで小関の心のように、すっきりと晴れない。気持ちを整理する時間が欲しい。




中学では男子サッカー部のマネージャーだった。女子サッカー部が無いからだ。選手としては、小学校時代から所属していた草チームにコーチとして残った。たまに大人も交えて試合をするので、そういった際に選手として試合に臨


んだ。長空北高校を進路に選んだのは言うまでもなく、女子サッカー部があるからだ。一度しかない高校生活を思いっきり青春したかった。進路は大学進学であり、大卒者らしい道を歩む。


小関は、学校帰りに立ち寄ったコンビニで思わぬ人物と再会した。


「あれ。小関?」


小関はハッとして、声の主を見上げると高校生くらいの男子が横で突っ立っていた。


「あ。忘れた?」


小関は、声が上手くでなかったが、首を少し傾げて、


「飯田君」


と言う。声の主は飯田という中学の同級生だった。高校3年生と言えば、もう大人だ。何かが気恥ずかしかった。ただ沈黙しても仕方がないので、笑った。


飯田は、


「小関は勉強家だったな。東大でも行くのか?」


と笑う。


「東大なんて受かるわけないだろう」


思い出したように言葉が出た。同じサッカー部の友達だった飯田。長空北高校に進学する生徒は、中学時代は成績が優秀だったから、街中で旧友に出くわすと大体この手の会話になる。


「悪い」


飯田は、どこかだらしないズボンの中央に高い頭を前屈させて、すまなそうにした。小関は、飯田とは、そういえばよく話したかもしれない。子ども同士で、冗談を言ってみたり。しかし、飯田もすっかり行った先の高校で揉まれたと思われる。


「あぁそうだ。サッカーな。俺、草で続ける事にした。つっても知らんよな、俺が高校でもサッカー部だった事なんて」


「微妙に知ってる。続けた奴は微かに覚えてるよ」


「同窓会あったら、来てな。やるとしたら高校卒業のタイミングだから」


飯田はそう言うと、そそくさと何も買わずに帰って行った。歩き方の後ろ姿が、かつての飯田の進化した姿といえばそう遠くないか。何か買いたいものがあって来たのではないのか、手ぶらで帰って行った。


大学に進み、黒いスーツに身を包んで大人になる者もいる。泥だらけのサッカーボールのような道を歩む者もいる。自分に言い訳をしない生き方は何か、誰しもが懸命に探している。飯田は、飯田の進路があって、サッカーの居所がある。




翌日の部活で、部長・小関は、


「9月の大会まで、後輩の育成の為に残る。次期部長は泉岳がやって欲しい。星雲、蛇島、蠍屋がよく慕っている。稲本も。チームがまとまるように上手くやって欲しい。泉岳は、どこか一匹狼みたいな気質があるけど、穏やかにならないか」


と言った。2年生で試合に出ていた、北浜らとも仲良くやって、上も下もないチーム作りを頑張ろうと力説した。


きらりは、


「部長は良いんですか?」


と言う。


部長・小関は、


「私が一番自分に言い訳しない高校生活はこれだ」


と言った。


梅雨が明ければ、夏が来る。長空北高校女子サッカー部は二度目の生まれ変わりに向けて動き出したのだった。


男子バレー部も順調に勝ち進む事ができるだろうか。 

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?