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第43話「対T.M.R学園 中編」

2022年6月11日。長空北高校対T.M.R学園の一戦が行われる競技場。スタンドには両校の応援でやって来た生徒達が集まっていた。長空北高校は応援団と、応援団のPRの反響でやって来た生徒達が中心となって、勝てば皇后杯東京予選高校ラウンドの勝ち抜きが決まる一戦に声援を送る。


神楽りおのクラスメイトは横山みずき、田原えみか、中嶋ゆずが応援に来ていた。


みずきは、


「りおと泉岳(泉岳きらり)がデキていたなんて。頑張って背番号10を応援しないと」


と言う。えみかと中嶋は、女の子同士で交際するとはどういう事なのか、りおに根掘り葉掘り聞いた。中嶋は聴くだけ聞いて、成績優秀者のりおらしい、女性同性愛とはハイセンスな嗜みで、女の子同士が男女の交際のように交流する事は健康で文化的な事案なんだろうと言う。えみかは、相変わらず女性同性愛とは難しい概念のようだったが、試合の応援に駆け付けるくらい仲が良いのだから、つまり親友という事なのだろうと思った。


「神楽さん。おはよう」


最上段に陣取った写真部の笘篠ここあと、競技場の入り口で佇んでいた所を笘篠に声をかけられた三栖じゅえりもやって来た。笘篠は、


「神楽さん。今日は友達がいっぱいだね」


と言う。写真部の笘篠とは、鍋柴学園との一戦以来、その後の試合観戦で同席した間柄で、すっかり知り合いだ。


「はじめまして。1年生の三栖じゅえりです」


「はじめまして。2年生の神楽りおです」


すると、みずきが、


「この集まりは背番号10のファンクラブだから」


と冗談めかして言う。じゅえりは、嬉しそうに笑うと、


「はい」


と言って、場を和ませた。


えみかが、皆で仲良く最上段で眺めようと提案すると、りお達の6人組は笘篠が陣取った辺りで観戦する事になった。


試合前のピッチで、長空北高校の部長・小関と、T.M.R学園の本田が握手をした。


「限界を知らない試合にしよう!よろしくお願いします!」


小関は、凝った挨拶だなと思ったが、試合前の緊張が良い感じに解れた。いつも3回戦止まりだったチームが、ブロックの決勝まで進んでいる。それは新人の活躍が光っているからだが、3年生の部長として日々練習してきた成果もある。是が非でもこの大一番に勝って、大学・一般と戦いたい。


「よろしくお願いします」


T.M.R学園は東京の強豪校だ。今までなら胸を借りるつもりで戦う相手だが、この試合は勝ちに行く。


ゴールキーパーの蠍屋が、


「わくわくするなぁ」


と言う。蛇島も星雲も、やってやるぞという顔をする。身長181cmの稲本もまた相手ディフェンダーを引きずって中央突破するぞと意気込んでいる。


本田は、きらりを見つけると走り寄って挨拶をした。


「泉岳。チームが強くなって良かったな」


強豪校にいてもおかしくない実力で、ワンマンチームを率いている泉岳が、本田には不憫に感じられた事もあった。T.M.R学園にいればどんな選手だったかと考えた日もあった。背番号10は有村だから、9か、11あたりで。


「ありがとうございます」


3年生の本田と、2年生のきらり。きらりは来年最後のチャンスがある。強豪校・文武創造学園を破って、インターハイ出場のチャンスが。


「来年は長空北がインターハイに出ます」


きらりも、本田は一目も二目も置く選手だった。中学時代からボランチのポジションでユーティリティの動きをする優秀な選手だ。


「それが到達点?」


「はい、そうです」


「ん?泉岳の到達点?」


「はい」


「ふ~ん?そっか!」


試合前の談笑もほどほどにしないと志気に関わるから、本田は自軍のベンチに引き上げて行った。これから両雄が激突する。


星雲は、


「変わった人ですね」


と言う。


蛇島は、有名選手に全く詳しくない星雲に、本田を含めT.M.R学園について教えた。長空北高校の作戦は、マンツーマンディフェンスの得意な蛇島が司令塔・有村を徹底的にマークして潰す事だった。ユーティリティのある本田が攻撃に加わって数的優位を目指すだろうと予測し、つまり攻め合いになるだろう。必然的に手薄になるT.M.R学園の守りを星雲が縦横に搔き乱せば必勝パターンにハマると考えた。




試合は長空北高校のキックオフで始まった。これまでの試合同様、ハイポゼッションを意識してボールを回す。有村が前線に上がってきたのを確認し、蛇島がマンマークする。


開始直後のゲーム展開は穏やかだった。有村が右に行けば蛇島も右。左に行けば、左。前線にいる限り、蛇島が追って来て、有村へのパスという選択肢を巧みに消していく。


「有村はマンマークに慣れていない訳ではない。蛇島がしつこすぎる」


本田は、有村にボランチの位置まで下がるか提案すると、有村は前線に居ると言う。有村は視野が広く、技術も高いが、走力は速い方ではない。フィジカル面も蛇島の方がやや身体が大きく、パスが通ってもチャージされる可能性がある。


前半13分。本田から敵陣の有村へのパスが通る。蛇島がすぐに追いついてボールを奪いにかかる。有村は後衛に一旦ボールを預けてからパス&ムーブでオフサイドラインまで進むと、マンマークの蛇島が空けたスペースにもう一人飛び込んでパスを受け、有村に代わって攻撃の起点となる。ここで長空北高校の選択は、オフサイドトラップ。フォワードの動きを制限されたT.M.R学園はその位置から果敢にクロスを狙う。ゴールキーパーの蠍屋が反応して飛び出し、キャッチして、攻守交代となった。


「ミスが許されない試合だ」


蠍屋は、自陣を縦に疾走する星雲を見つけ、


「頼んだ!」


とキックで前線にボールを送った。T.M.R学園としては気を付けたいリターンである。きらりと部長・小関もピッチを駆け上がる。ボールは星雲に通った。星雲はセンターバックの鳩山と一対一。味方へのパスを警戒する必要のあるディフェンスには不利な一対一。星雲は鳩山を抜き去ればビッグチャンス。


しかしこのディフェンスに不利な一対一を、鳩山が制してボールを奪う。


「出さねぇと思った」


T.M.R学園が試合前に最も研究した選手が星雲だった。これまでの試合の傾向から、自分(星雲)が最前列にいる攻撃は自分(星雲)がドリブル突破すれば済む話だという考え方が徹底している。逆にきらりが起点となった攻撃では積極的にパスを出す。いままで何人も個人技で攻略して来た星雲は、ここで鳩山という実力者に出会った。


鳩山は、本田にパスを通すと、ボランチの村雨に、


「泉岳より星雲から奪うほうが良い」


と伝えた。そして長空北高校は、また本田から有村へのパスを警戒するディフェンスのシーンに突入する。蛇島が懸命に有村をマンツーマンディフェンスで潰す。


前半28分。0-0のまま長空北高校は二度目の攻撃チャンスで、今度はきらりを起点とする攻撃。星雲の持ち味であるオフザボールの動きで、鳩山の死角に入る。ここで鳩山が釣られて動けば、稲本がオーバーラップして中央突破する好機も訪れる。部長の小関もファーサイドでサイドバックをよくコントロールしている。


鳩山は動じず中央の持ち場を守る。鳩山は、オフサイドトラップ気味に死角にいる星雲を微妙にコントロールしながら稲本を警戒する。鳩山がこの様子であれば、星雲にパスを通すのみ。きらりから星雲へのパスが通る。しかし次の瞬間、さらに星雲の死角から村雨のスライディングが飛んできた。ボランチ村雨がずっと星雲の死角にいて、星雲は気がつかなかった。


「同じ能力者がいないと思ったのはなんでだ?」


村雨は星雲からボールを奪うと、直ぐに起き上がって、本田にパスをした。星雲は転んだがスライディングはノーファール。ファールがあれば、直接フリーキックだった。そして長空北高校は、また本田から有村へのパスを警戒するディフェンスのシーンに突入する。蛇島が懸命に有村をマンツーマンディフェンスで潰す。


T.M.R学園は蛇島のマンツーマンディフェンスに苦しみながらも、何度か攻撃チャンスを作り出すが得点には至らなかった。


前半が0-0で終了する。同点のまま後半戦に突入するが内容に差がある。ここまでハイポゼッションゲームで勝ち上がってきた長空北高校は、逆にハイポゼッションゲームをT.M.R学園にやられる展開だ。スリーバックの陣形に、ユーティリティのある本田と、下がりながらでも器用に守る村雨がいて数的優位が実現しにくい。逆に守りは本田がボールを持つと、相手ミットフィルダーがゆっくり上がって来て、地力の差を見せつけられる。長空北高校は守備の組織力に課題がある。


部長・小関は、


「稲本は積極的にボールを奪いに行け。デュエルしろ」


と促す。稲本を使って本田の動きを制限することはチーム一同が同意した。組織的な守備で稲本が一番役に立っていない。サッカーを高校から始めた稲本は、守備力の無さを大いに露呈する前半戦だった。この際プレッシャーをかける役割に専念して貰おうという事だ。


「星雲の動きが対策されている。泉岳を起点とする攻撃を目指そう。私はファーサイド、星雲が中央で、ニアサイドは泉岳が自分で行け。シンプルに行くぞ」


部長・小関はここに来て、気持ちが引き締まる想いだ。試合途中だが、本当は嬉しくて笑みがこぼれるかもしれない、それを隠すように歯を食いしばっていた。チームが強い。今まででは考えられないくらい高度な事をやろうとするメンバーがいる。




スタンドで応援するりお達6人組は、白熱した試合だと興奮気味だった。素人目に見れば強豪校相手に0-0なのだから、勝機があるとしか思えない。ポゼッションの差も計測していないといまいち把握できない。


みずきは、


「ウチの女子サッカー部は本当に強くなったんだな」


と言って、喜んでいた。


「『きらり』があんな真剣な顔をして頑張っている。いつも冗談ばかりなのに」


じゅえりは、きらりがボールを持つたびに嬉しそうにするりおが気になっていた。背番号10のファンクラブの集まりだとみずきが言っていたが、試合中のりおの挙動や、零れる会話から類推する限り、りおはきらりと親密な関係のようだと思う。


「試合中のきらりは本当にカッコいい」


じゅえりは、自分のメッセージアプリの既読スルーを睨みつけて、競技場の写真を撮影するとトークルームに貼り付けた。


「本当に応援に来ました」


そう送って、笘篠と仲良く話した。 

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