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第40話「友達記念日」

男子バレー部の女子マネージャーになった浦川辺あやと雛菊さやは、日々の活動に次第に没頭していった。4月中は、男子部員達が嬉しそうにしてくれるのが愉しかった。女子である自分達がコートにいるとやる気が出る、それでいて弛緩した空気もなく力が沸いてくるのだと言う。男子部員同士が衝突する場面も全く無くなったなど利点があった。


あやは、連休が終わった辺りから、インターハイ予選に向けてチームを仕上げていく空気に溶け込んでいった。都大会3回戦進出レベルの高校が全国大会に出場する事は、高校男子バレーボールという競技では滅多に起きないだろう。地力を底上げしていかないと叶わない目標だ。当初は「恋愛禁止ですよね?」など発言もあったものの、バレーボールに熱中する男子部員達に恥じないようにと気を引き締めてかかった。


1年生部員の松岡、岡部、井沢、新垣も、当初は元子役・芸能人のあやと仲良くなりたいがために入部したが、4人とも身長180cmを超す高身長だけあって、バレーボールという競技をすぐに気に入ったのだった。毎日部活であやが励ましてくれるものだから、活動にも精が出て、不満が無かった。


5月の日曜日。インハイ予選に向けた練習試合が二試合のダブルヘッダーだ。午前も午後も強豪校が来校する。試合中は、あやがスコアをつけて、さやが動画撮影をする。あとは給水のタイミングでスピーディに動くことができれば及第点だ。


部長・塩村は、


「全国に行くために倒すべき相手ではあるけれど、サービスを拾って、前田に繋ぐ、試合の基礎基本を強豪校相手にも出来ることを確認する目的もある」


と言う。今日の二試合はレギュラーメンバー中心になる。試合に出ない1年生は、自分のポジションの先輩の動きを集中して観ているように言われた。松岡はレフト、岡部はセンター、井沢と新垣がライト。


試合直前に塩村が、女子マネからも応援の一言が欲しいと言い、あやが、


「それでは皆さん!怪我の無いよう!」


と言うと部員達に笑顔がこぼれた。


前田よしとが、


「怪我しないように鍛えてくれたから大丈夫」


と言うと、チームの輪が一段と引き締まった。




練習試合は午前と午後で二試合あり、間に昼食を食べた。対戦校にも女子マネージャーがいて、礼儀正しくお辞儀をしたり、談笑したり、交流を深めた。


強豪校も自分達の基本的な動きを確認するように試合をしていて、試合中は地力の差をしばしば思い知った。まず高さが違う。平均身長が180cmを超える対戦校に対して、長空北高校は平均身長173cmだ。ブロックの上を相手のスパイクが通過するシーンは何度もあった。


練習試合は午前、午後とも敗れたが、チームとしてインハイ予選に向けた調整は順調だった。練習通り動けていて、午前の試合は3-0のストレート負けだったが、午後の試合は3-1で1セット取ることが出来た。チームとして実力は向上している手応えが塩村にはあった。


インターハイ予選は6月12日、19日、26日の三日程だ。3年生は敗退すれば引退である。塩村は、全てをやり切り自分の限界を知る事が出来れば、それが自分のバレーボールの集大成だと思っていた。また3回戦止まりかもしれないし、もっと勝てるかもしれない。1学年後輩のよしとを中心とするチームに仕上がって、この「限界を知る」という考え方もバトンのように後輩に繋ぐことができれば、それが長空北高校男子バレー部の存在意義だと深く考えていた。長空北高校男子バレー部の部員全員が、自分の限界の境界線にタッチして人生の糧にしてくれたらいい。これは塩村が突然始めたわけでもなく、以前から代々そのような風潮はあった。学生の本分は学業で、進学校であれば将来に直結する。人生の岐路で今後に重大な人生の糧を得て欲しい。


夕方の遅い時間に反省会を終えた男子バレー部は終会になった。さやが撮った録画を何度も確認していた。


あやとさやは一緒に帰宅する。


「さやちゃん。今日もお疲れ」


「あやちゃんも♡」


あやは帰り道でよく話す。バレーボールにも詳しくなって、動画配信サイトの動画を視てかなり研究している。元子役・芸能人で、役者としてプロの活動をしていただけあって、処理能力や行動力がある。分析も、おそらく塩村やよしとが聴いても良い線をいっているのだろうなと思える事を言う。


さやは、


「あんなに頑張っているのに、強いチームには敵わない」


と話し出した。さやは、一人ひとりが全力で打ち込んでいる理由を、あえてあやに聞いてみたのだった。塩村をはじめとする選手たちは己の訓戒に従っているわけだが、それにしても何故チームの心が挫けないのか、ここまで努力をする理由が何なのか。


あやは、塩村を見ているとなんとなく分かると助言した。塩村が、たとえば身長190cmだったら確かにチームは強くなるが、実際は身長173cmでレフトを務めている。そして何度ブロックされても、心が折れない。フェイントや、ブロックカバーなど戦術面で工夫はするが、ブロックされる事自体に、全く気持ちが嫌になる要素が無い様子なのだ。身長173cmでも優秀な選手はいる。塩村は何かに頑なにトライしていて、限られた高校生活の中で限界まで行きたいのである。その頑固さが、あやには伝わっていた。


以前のあやであれば、


「ブロックされるのを愉しんでいるんだ」


と茶化しただろうか、流石にそれは言わないだろうか、あるいはそのような所に精神があった気がする。引き下がれない者を下に位置付けて。あやも少しずつ男子バレー部の考え方に歩み寄っていた。ただ塩村に見えている世界を、同じように見ているわけではない。そもそも見ているのと、やっているのとでは雲泥の差がある。あやが、何か気の利いたことが言えないか悩んでいると、松岡、岡部、井沢、新垣が、あやとさやを追い抜いて、通り過ぎて行った。


松岡は、


「浦川辺さん!秋には俺があの動きします!」


と言うと、仲間達と共に颯爽と去って行った。


あやは、かつての自分の芸能活動の方が、やはり比較にならないくらい苦痛と限界に直面したと思い起こしたが、松岡の言う事も一理ある気がした。そうやって愉しくやっている者に実力は案外転がり込むのかもしれない。


あやは、


「前向きな気持ちを守り抜くってことなんじゃない?」


と、塩村の頑固さは前向きで居続ける強さかなと、あやは思った事を言った。あやは、芸能活動でその強さを持てなかったわけだから。


さやは、急に大人びた声で言うあやにドキッとして、


「あやちゃん♡いつも話し相手になってくれてありがとう。『あや様』って呼ぶ人もいるのに、私と友達で♡」


と言う。


「どうしたの?」


「私はいつまで経っても非力かなって思えて」


男子部員は戦力として目標がある。自分(さや)はただ見ているだけで取り残されるのだろうかと思った。女子マネージャーはただ見ている仕事なのか。塩村の身長をゴムやガムのように縦に伸ばすこともしてあげられない。




あやは、


「私、女の子が好きなんだ」


と言った。


さやは、驚いて、あやを見た。


「変かな?」


あやは、さやが友達だと思って、打ち明けた。


さやは、首を横に振って、


「レズビアンなの?」


と言う。変じゃないよと、容姿端麗なあやだから男子なんて好きになれないんだよねと、思った事を言った。あやは、今まで悩んでいた事、セクシャリティの事や芸能活動の事を打ち明けた。さやという友達に出会えて、心強いことも伝えた。そうやって人の心に寄り添って必要とされる個性があると言いたかった。やがて男子バレー部にとっても必要な存在になっていくために、さやにはさやの長所がある。


「あやちゃん♡あやちゃんの気持ちなの?」


「ん?いやぁ~!さやちゃんと付き合いたいって言ってるわけじゃないよ!さやちゃんは男の子が好きでしょ!」


さやは、両手でハートマークを作ると、


「友達記念日♡」


と言って、不敵な笑みを浮かべながら、あやに見せた。


あやは、


「男子バレー部内で恋愛禁止なだけだから彼氏つくるだけなら良いはず」


と言って、さやを煽ったが、さやは、


「あやちゃんと付き合ってることにする♡」


と言って、嬉しそうに笑ったのだった。それから、さやは男子部員一人ひとりの信条を理解しようと努めた。 

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