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第39話「写真」

2022年5月6日。浦川辺あやと雛菊さやが男子バレー部の女子マネージャーになって一ヶ月弱が過ぎた。二人はバレー部のために献身的に活動をしていた。


昼休みに、前田よしとは、あや、さやと1年生部員松岡のいるクラスを訪れていた。


「松岡。連休中はよく頑張って練習について来られたな」


「前田先輩」


「前もって伝えた通り、今日と明日は休養日だ」


「そっすねぇ~!ありがとうございます!流石に節々が痛くて!」


「リフレッシュしてくれ」


「はい!そんな労いのお言葉を言ってくださるために教室まで来てくれたのが嬉しいっす!」


すると、あやとさやも、よしとに気が付いた。


「前田先輩!」


「浦川辺さん、こんにちは」


「前田先輩♡どうしたんですか1年生の教室に来て」


「雛菊さんも、こんにちは。松岡が教室で浮いてないか不安で」


松岡は、


「そうなんだよ。前田先輩がわざわざ俺の様子を見に来てくれたんだ」


と言う。


「そうなんだ?」


「松岡君、よかったね♡」


「さて本題に入るけど、明日、女子サッカー部が皇后杯という大会で試合がある。長空北高校応援団が観客を集めているんだけど。よかったら男子バレー部で試合観戦に行かないか」


あやは、


「女子サッカー部の応援ですか?」


と言う。


「そう。無理にとは言わないけれど」


「休みたいです」


「私も休みたいです♡」


「すみません、俺も休みたいです」


よしとは、少し残念そうに、


「そっか」


と言った。


よしとは、今回の時間ループでは、今後また喧嘩が起きないように工夫できないかと思っていた。女子サッカー部や泉岳きらりの応援をした体験があれば、何かあったときに平和に解決できる可能性が高まると思っての事だった。




2022年5月7日朝。試合開始1時間前に競技場に集合した女子サッカー部のメンバーはロッカールームに行って試合のユニフォームに着替えた。


蠍屋は、


「わくわくするなぁ」


と言って、一人黒いユニフォームを着た。背番号1が心なしか輝かしい。


青いユニフォームの部長・小関が、


「3年生から奪った背番号1なんだからしっかりやれよ?」


と言う。


蠍屋は、


「早くアップしましょう」


と言う。


部長は、憮然として、


「1点も取られんな」


と言った。


本日二試合が行われる競技場は、天然芝のグラウンドだ。試合時間は70分。


25名のベンチ入り選手がアップをしていると、相手チームの鍋柴学園の背番号10、3年生の鯖井場(さばいば)が、部長・小関に話しかけてきた。


「久しぶりだな、小関。相変わらず泉岳のワンマンチームなんだろうけれど今日はお互い正々堂々闘おう」


「そうだな、鯖井場。スポーツマンシップに則って試合をしよう」


神楽りおは、きらりの応援で競技場に来ていた。長空北高校応援団や、応援団の事前PRを見て観戦に来た同校生徒達が集まっていた。


「スタンドで一人って寂しいな」


そう思って、フェンス際まで行き、きらりを見つけて手を振った。きらりは、笑って手を振ったが、すぐ顔つきが変わって、アップの続きをした。


「誰かいないかな」


真剣なきらりを見ていると、やはり見に来てよかったと思うのだが、やはり一人は心細く、誰か一緒に観戦してくれる人が居たらいいなと思うのだった。


すると、女子生徒の声がした。


「一人で来ましたか?応援ですか?」


りおが振り返ると、女子生徒と思しき人物がいて、目が合うと、笑った。


「写真部の3年生です。笘篠といいます」


りおは、


「はじめまして、笘篠先輩。私の名前は神楽りお。おはようございます。『友達』の応援です」


と言って、お辞儀をした。


笘篠は、


「神楽さん。お一人なら、私と一緒に観戦しませんか。私は上の方に陣取ってあります」


と言い、


「双眼鏡もありますよ」


と言って、少し値が張りそうな双眼鏡を見せてくれた。


りおは、


「一人で見ていても、寂しいからご一緒したいです」


と言った。


笘篠は、望遠レンズのカメラを手に、


「一人で写真撮るの少し寂しいから助かります。ありがとう。私は笘篠ここあです」


と言う。


グラウンドでスターティングメンバ―が整列し挨拶をした。ボールが中央に置かれ、これからキックオフ、試合が始まる。




部長・小関は、


「星雲はノーマークだと思うから」


と言う。


星雲は、ニカッと笑って、無言で頷くと、中央のボールを踏んだ。


長空北高校のキックオフで試合が始まった。


笘篠が、何度もシャッターを切る。迫力のある音が、りおの耳をくすぐる。


笘篠は、


「いい顔だな。11番の子(星雲)」


と言って、嬉しそうにする。


りおは、皆真剣だなと思って、黙って試合を観ていた。


前半5分。星雲の中央のドリブルに、鯖井場がスライディングするも躱され、そのまま5人抜きの後、長空北高校に1点が入った。


自陣に引き上げながら星雲は、


「楽勝ですね!」


と、部長・小関に言った。


部長は、憮然とした顔で、


「たぶん星雲のディフェンダーが2枚になるから」


と言った。


星雲は、


「わかってます!」


と言って、走って行った。


スタンドで応援する、笘篠は、


「凄いね。新人が強いね」


と言う。


「シュートの時、沢山シャッター切っていましたね。音が気持ちいいです」


やはり独りで見るよりも、一緒に見てくれる人がいるほうが楽しい。


その後も長空北高校はペースを握り、前半終了3-0で優勢だった。


りおは、


「11番の子。ハットトリックだなぁ」


と言って、少し悔しそうにした。


笘篠は、


「嬉しくないの?」


と言う。


「10番が『姉』なんです」


素人目には、きらりがいまいち活躍出来ていないように見える。実際は、様々な場面で存在感を発揮していたきらりだったが、やはり点を取らないと印象が弱い。


後半はシュートが決まるだろうか。競技場の空気は、長空北高校の勝勢と言っても過言ではない点差で熱気を帯びていて、スタンドの観客も見に来て良かったと、そんな顔をしている。


試合はハーフタイムに入った。再開まで時間がある。笘篠は、リュックに入れて持って来たアルバムを、りおに見せた。アルバムには沢山の写真が収められていた。笘篠の自宅にはアルバムも大量にあるが、お気に入りの写真だけ一つのアルバムにしまって、撮影の日は持ち歩いていた。


「現地で撮影が上手く行くお守りかな」


「笘篠先輩は、撮るのが凄くお上手ですね。素人の私でもわかります」


りおは、男子バレー部の写真で、アルバムのページをめくる手が止まった。


笘篠は、


「男子バレー部の写真は最近撮ったよ。被写体の女子マネージャーは元子役・芸能人だった浦川辺あやさんだね。綺麗な子でしょ。その写真凄く気に入っている」


と言う。


りおは、


「綺麗な人ですね」


と言って、目を凝らして見ていた。そういえば新学期初日の朝に黒いメルセデスベンツから出て来た綺麗な新入生だ。彼女から自己紹介されていた。よしとが1年生に元子役・芸能人がいると言っていたが、彼女だったのだ。長い金髪をよく覚えている。楽しそうに女子マネの仕事をしている。


5月の連休も終わり、夏の足音が聞えて来る、競技場のスタンド。照り付ける太陽は、夏に比べれば遥かに穏やかで、空気も熱波のような体感が無い。


笘篠は、


「神楽さんは女の子が好きなの?」


と言った。


りおは、驚いて笘篠の顔を見ると、笘篠は満面の笑みを浮かべていた。


りおは、突然、初対面の人物に女性同性愛者である事を見抜かれて、とても驚いた。


「どうしてですか?」


「勘」


「勘ですか?」


「『姉』って言ってたし」


りおは、笘篠の顔をジッと見てから、


「そうです。女の子が好きです」


と言った。


笘篠は、優しく笑った。


「撮ってあげようか?」


「私をですか?」


「はじめて見た時から、顔の白黒が異様にハッキリしているなと思って」


「私、綺麗ですか?写真に撮るような女の子ですか?」


「嫌かな」


「誰かが見るのですか?」


笘篠は、冗談めかして、カメラを構えて見せた。


りおは、


「わかりました」


と言って、席を立って、直立した姿勢を取ってみた。


パシャシャシャシャッ


と素早いシャッター音がした。


笘篠は、嬉しそうに、


「ありがとう」


と言って、少し照れくさそうに、


「女の子撮るの好きなんだ」


と言う。


りおは、


「写真は大切にしてください」


と言って、 笘篠の屈託なさに負けて、笑った。




後半が始まっても長空北高校がボールを支配して試合を優位に進めた。


対戦校のキャプテン・鯖井場は、


「走れ!走れ!走れ!」


と味方に声を張り上げていた。


後半32分。5-0で、劣勢の鍋柴学園は鯖井場が直接フリーキックを狙うが、ゴールキーパーの蠍屋がファインセーブだった。


最後、鯖井場は、


「小関。良いチームになったな、メンバーを部長として大切に守り続けたら良い」


と言って、敗れた。


後半はきらりが2得点だった。最終結果は5-0の快勝だった。




笘篠は、何も詮索などせず「友達も強いね」とだけ言った。


「笘篠先輩はいつから写真家なんですか?」


「小5だよ」


「どうしてはじめたんですか?」


「携帯電話で撮影する人がほとんどだから。あえてやってみたくなっただけ。それが高じて続いているね」


「頑張ってください」


「写真家は写真を大切にするよ」


皇后杯東京予選は4回戦以降は6月に試合がある。また一か月間の時間が空いて、次の試合が組まれる。


顧問は、


「快勝だった。ポゼッションが70%を超えていたね」


と、ストップウォッチを握りしめていた。


女子サッカー部は学校解散なので、りおは、最後にフェンス際できらりに手を振り、メッセージを送って一人で帰宅した。


「2点取ったね」


りおは、きらりの2得点を心の底から喜んだ。シュートが決まった時は思わず声を上げて。これから長い時間をかけて、きらりと高校生活を送る。きらりは、あと何試合勝つだろうか、全国大会には行けるだろうか。きらりは青い竜に乗った女の子、りおは魔法使いと赤い鳥。二人で旅をするような感覚の高校生活になるだろうと思った。 

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