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第37話「新生・女子サッカー部」

泉岳きらりは、前田よしとの呪術で前回の時間ループから記憶を引き継いでいた。前回の時間ループでは、実力を鼻にかけた態度が災いして、口論から女子サッカー部を退部してしまった。今回の時間ループでは、自分の気に入った新入生達がいて、チームも強くなる公算があった。その一人が小柄ながらやる気満々の星雲まいかだった。神楽りおに、星を見る丘で誓った通り、全国大会に行くうえでキーマンになると思われた。


2022年4月12日早朝。星雲は、ジャージ姿で長空市内の自宅を出て、ランニングがてら走って登校した。


「今日から女子サッカー部の練習に混ざるんだ!朝練するぞ!」


長空北高校は進学校だ。高校では、コツコツと大学受験の勉強をしながら、息抜きに卓球部にでも入ろうかと思っていた。本当に子どもの頃からサッカーを続けてきたが、体格差や技術面の伸びしろに悩んで、長い命の洗濯と思って長空北高校を受験した。


「楽しみだな!」


しかしサッカーが好きだった。実際に女子サッカー部を見てみると、またすぐやりたくなったのだった。星雲は、通学路を疾走して学校に着くと、そのまま鞄を適当な場所に放り出して、校内のランニングコースを周回した。




朝。泉岳きらりは登校すると、整理運動中の星雲を見つけた。


「星雲。朝練をしているのか?」


「はい!これで勝てる試合が一つでも増えるのなら!」


「なんだ、やっぱり試合に出たいのか」


「はい!出たいです!」


「何時に家出た?」


「6:00です」


「何時に学校へ来た?」


「6:15です」


「家何処だ?」


「5kmくらいの所です」


「そんなはずないだろう。高校記録じゃないか」


「先輩も走りましょうよ」


「じゃあ明日からな」




きらりがクラスへ行くと、りおが先に登校していて、横山みずきと田原えみかと仲良さそうに話していた。


「横山!田原!おはよう!」


「おはよう泉岳」


「泉岳さ~ん。おはようございま~す」


「りお。愛してるぞ。りおは『俺の』妹」


りおは、照れくさそうに、


「そうだね。そういう話だったね」


と言った。


きらりは、スルスルっと座席と座席の間を抜けていくと、窓際の席でボッチしている中嶋ゆずの所へ行った。


「中嶋。そろそろ来いよ」


「へ?」


「中嶋さん。はじめまして、泉岳きらりです」


「せ、せ、泉岳さん、ど、どうして、うん。どこへ、い、行くの」


きらりは、中嶋を手招きして、りお達のグループに混ぜた。


「りお。中嶋は悪い奴じゃないんだ」


「ひっ・・・!し、しってるの?」


りおは、中嶋を見て、


「中嶋さん。はじめまして、私は神楽りお。よかったらお話しましょう」


と言った。


「えへへへ、な、中嶋ゆずです、グフゥッ!」


えみかは、


「中嶋さ~ん、一人でいても良いことないわよ~」


と言った。


中嶋は、


「うん、まぁ、一人でいるよりは、まぁ、うん、グフゥッ!」


と言った。




放課後。女子サッカー部の活動が始まった。上級生の何人かは勧誘に回り、残りが新1年生と共に練習をする。


3年生の部長の小関が、昨日入部した1年生らに、


「まずランニング。その後、アップ」


と言う。


新1年生の蠍屋が嬉しそうに、


「わくわくするなぁ」


と言うと、部長が、


「スクワット何回やりたい」


と言う。




蠍屋は、


「やりすぎると危ないです」


と言う。


部長は、憮然とした顔で、


「何回か決めていいぞ」


と言う。


蠍屋が、


「100回にしますか」


と言うと、部長は、


「なんで100回?」


と言う。


「それ以上やると故障のリスクがあります」


「お前、舐めてるな。ジャンプしてみろ」


「飛ぶんですか?」


「そうだ、ジャンプしてみろ」


蠍屋は垂直飛びで100cmほどジャンプして見せた。


部長は、


「キーパーだっけ?」


と言うと、


「じゃあ今日から100回になったから」


と言った。


ランニングでは、星雲が気が狂ったように疾走し、ついていけない者がほとんどだった。


ヘトヘトになってランニングが終わると、部長が蠍屋に、


「じゃあ100回。やって見せろ」


と言う。


蠍屋は、100回の超高速スクワットを披露した。


部長は、


「鍛えてんだな」


と言って笑った。


そして、皆で頑張ってスクワットを100回やった。


「こんなのアップじゃねぇ」という声も上がった。


アップが終わると、部長が、


「全員経験者か」


と言う。


身長181cmの稲本が、暗い声で、


「違います」


と言う。


部長は、稲本の方を向いて、


「そっか。何やりたい?」


と聞いた。


稲本は、上から低い声で、


「パス」


と言う。


部長は、憮然とした顔で、


「『パスです』ね。そうですね」


と言い、


「新入生の中で、中学時代は蛇島が一番上まで行ったんだっけ」


と言った。




蛇島は、


「わかりました。稲本も蠍屋も星雲も今日が初日で緊張しているようです。私がしっかりします」


と言う。


部長は、


「あぁよかった」


と言い、


「泉岳が頼りのチームだったけれど、ワンマンチームは卒業になりそうだな」


と喜んだ。


きらりは、


「妙なのばかり勧誘したけど勝利のためです」


と言った。


部長は、


「蛇島はマンツーマンディフェンスが得意なんだって?」


と言う。


蛇島は、


「はい。サイドバックとして必要な能力だと信じています」


と言った。


部長は、


「あぁよかった」


と言うと、表情がとても嬉しそうだった。


かなり癖のある新入部員達だったが、部長もチームが強くなるのは嬉しい。いつもは真剣な面持ちを崩さない他の部員達も今日は笑みが多く零れた。これからチームが生まれ変わるのだろうなという期待を込めて、嬉しそうにしていた。


春と言えば、やはり出会いの春なのだろう。昨年はきらりが加入した時も、こうやって盛り上がっていた。


夕暮れの後、文芸部の部室を出たりおは、きらりの様子が気になり、女子サッカー部の様子を見に行った。桜の花が名残惜しく散っていく、暖かな風の中を。


りおは、遠目に見える位置で、グラウンドの照明を頼りに紅白戦をするきらり達を見ていた。賢明にボールを追いかけたり、ドリブルしたり、シュートを放ったり。きらりのトレードマークの二つ縛りの髪が、揺れながら疾走する。


「1年生がもうピッチにいるんだね」


星雲からのパスをきらりがシュートした。右から来たボールを左足でボレーで合わせて。ゴールネットが揺れると、きらりの笑顔が見えた。


「カッコいいな」


照明の灯りは、新人の加入で大きく生まれ変わった長空北高校・女子サッカー部を煌々と照らす。


「付き合ってた頃は、試合は観戦に行ったのかな」


りおは、きらりの視界に入らない自分を、そっと帰宅させる。この後、整理運動をして、ストレッチをするのだろうか。夜の自主練も、あるのだろうか。


「冗談も面白い」


りおは、胸の熱さを小さな拠り所に、きらりの申し出を受け入れる事にした。


「頑張れ」


りおは、一人の帰り道が、吹く風ほどに暖かかった。1年生の頃に前田よしとと友達になって、少しずつ自分の女性同性愛者というセクシャリティに自信が持てていて、今、時間の巻き戻し現象が突然連れて来たきらりと、姉妹のような関係になる事を受け入れた。 

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