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第36話「シスター」

2022年4月11日夜。神楽りおと泉岳きらりの行く本屋(書店)は、長空駅前の大型店舗で、オンライン通販の時代には珍しく、ビルの一階と二階のフロアに所狭しと書籍が並んでいた。一階には喫茶店が、二階には飲食店があり、三階はスポーツ用品店だ。


きらりは、小説を読みたくなった体裁で本屋に来たものの、よく考えたら漫画しか読まない事を思い出した。前回の時間ループで、りおの書く小説を「読んでやるよ!」と言ったものの、日頃からそういう習慣はない。




泉岳さん、小説読みたいなんて嘘。全然興味ないじゃない


泉岳さん、小説読みたいなんて嘘ついて、何考えてるの


泉岳さん、女の子同士だからって、なんでもオッケーじゃないからね




急に不安になった。時間ループについて、りおも「ゴショガワラ交差点で大型車両に跳ねられると時間が巻き戻る」という知識を持っているのだから、あまり何でも知ったように接していれば、「時間の巻き戻しに関与しているな」と怪しまれるだろうとも思えて来た。実際は、既にそう思われている。


きらりは母親の言葉を思い出した。


きらり、部活もいいけれど勉強も頑張りなさい


きらり、サッカー部を辞めて勉強に専念しているけれど、なんだか急に大人になったわね


きらり、あと3ヶ月したら3年生になるのね、受験勉強は辛いけど頑張るのよ


きらり、今日から新学期じゃない。2年生になるのね。サッカー部も忙しくなるわね


時間ループという超常現象とも、怪奇現象とも呼べる体験をして、不安もある中、りおともう一度恋仲になりたい気持ちだけでこの4日間をやってきた。


りおは、


「ジャンルは何がいいの?」


と言う。


きらりは、


「サッカーが出てくる話はあるか?」


と言うと、りおは、


「『魔王と手下が現世転生してつくったサッカーチームで俺唯一の人類』が面白いかな」


と言った。


きらりは、


「なんでもあるんだな」


と言いながら、小説家はそんな空想ばかりに浸ってんだなと思った。


そして、


「買う」


と言って、おススメの本をレジに持っていった。


「泉岳さん、今日はどうして小説を読みたくなったの?」


「神楽が、なんで小説家を目指しているのか分かりたくて」


レジを打つ音。


「『りお』って呼んで」


きらりが、そう言われて、


「りお」


と言った瞬間だった。音が、耳の奥を駆け巡って、言葉の感触が似ていた。何度も自分を呼んだ人物から発せられる言葉に。りおは、時間を巻き戻せる、そして記憶は失う。自分が失った記憶を覚えている者がいてもおかしくはないから、やはりきらりが、まさにその人物なのではないのかと思うのだ。


「お会計は953円です」


りおは、


「この後、どこかへ行く?」


と言う。きらりはやはり時間の巻き戻しと何か関係のある人物だと思ったし、こういった時にどこへ連れて行こうとするのか気になった。


きらりは、


「りお。丘へ行こう」


と言った。


やはり音が、文字列の違和感をかき消して優しく響く。それと同時に聴こえてくる、まるで「りお」と呼ぶことを、待っていたかのような感覚はなんだろうか。


相まって春の夜空は暖かく


自転車の転がる道と言葉たち


きらりは、また星の見える丘へ連れて行った。


「西の空にオリオンが見れるね」


りおは、夜の桜に包まれるようなオリオンを見て、綺麗だと思った。


きらりは、寝静まったような桜とオリオンが、自分を味方してくれるか不安だった。


りおは、きらりが時間ループと関わりのある人物と思ったから、思い切って、時間の巻き戻しについて話し始めた。


「私、時間を巻き戻せるの。2022年4月8日に時間が巻き戻るボタンがあるの。押すと記憶が消えるの」


きらりは、間髪入れずに、


「それ、前田がつくったんだぞ」


と言う。


「え?」


「前田がつくったボタンだ」


「そうなの」


「だから押すな」


りおは、首を横に振って、


「もう押さない」


と言った。


きらりは、


「そうだ。もう押すな」


と言って、りおの顔を覗き込んだ。


「きらり。もしかして、付き合っていた?きらりは、覚えているの?」


きらりは、


「ほんの少しだ」


と言う。


りおには怖いくらいに、きらりはりおの心を抉ろうとする。まるで、手に入るとか、入らないとか、そのような願望の当落線上にいる者のようだ。




「私はどうすればいいの?私は何も覚えていない」




きらりは、優しく微笑んで、


「私は姉だ。どうだろうか?」


と言った。




「そんなに仲が良かったの?」


「誕生日4月30日だろう」


「そうだよ」


「赤が好きだろう」


「でも私は、きらりの好きな色、覚えていない」


「全然いいぜ。覚えてなくても」


「もう巻き戻さない。前田君も覚えているんでしょ?前田君、きっと私が車に跳ねられる回数を数えているのね」


桜吹雪の丘。西の夜空に春のオリオン。この日、きらりはその場の勢いだが、自分が姉のように接する事を約束をした。確かに半年分年長だと言えば、そうかも知れないが、そうではなく、りおを導いて行く事を「姉」と表現した。吹けば飛ぶような言動の多いきらりなりに、行き当たりばったりでも良い表現が思いついたと思う。


数ある出会いを経験しながら、りおは最愛の人に出会って欲しい。それが自分(きらり)であれば、自分(きらり)が大切にする。この二つを矛盾なく取り入れた概念を、きらりは「姉」と呼んだ。咄嗟に思いついた割には悪くないなと思う。


りおは、


「前回の時間ループがどんなだったかは、教えて貰いたくないかな」


と言った。りおは、自分の身の覚えの無い話を、貴方はそのような顛末になる人物だとして教えて貰うのを躊躇った。何度か自分から大型車両に跳ねられているのだ。その通りになったら嫌だし、きらりの言う事も冗談が混じるかもしれないし。


きらりは、いつかりおから教えて欲しいと言われた時に、正直に浦川辺あやについて説明すべきか悩んだ。まるで、かつて独り身だった所を自分(きらり)と仲良くなったように装って再会した。今訊かれたら隠すしかないと思った。せっかくあやから奪った交際相手だ。数ある出会いの中から最愛の人を選ぶといっても、あやだけは除外する。


「私はサッカーをする。チームを強くして、今まで勝てなかった強いチームにも勝ちたい。りおの小説を書いている姿も応援したい」


「頑張ってね」


りおは、きらりとの関係を深めていく事にした。きらりの声が耳を柔らかく搔きむしる。きらりは、前回の時間ループの最後の日からは遠い言葉の感触を感じて、


「絶対全国に行ってやる。面白い新入生が4人も見つかったし」


と心意気を別の問題にすり替えてみたりした。




夜。前田家の電話が鳴った。


よしとの父親が受話器を取り、少し話し込んだ。珍しく長話をする父親の様子に、不思議に思った前田よしとが近づいて来た。


電話を切ると父親は、


「よしと。いま泉岳さんという女の子から電話が来て」


と言う。


「泉岳が?」


きらりに緊急時の連絡先を事細かに教えておいた。不測の事態に、少しでも対応力が増すように、自宅の連絡先は伝えた。滅多なことで利用しないと思っていた。


父親は、テーブルの椅子に腰かけると、


「まあ座りなさい」


と、よしとに席を勧めた。


椅子に腰かけるよしとに、父親は、


「よしと。バックアップをとるのはやめなさい」


と言った。


「え?」


「『鬼道』というものを使えるんだね?」


「はい」


「泉岳さんは、友達かな?」


「知り合い」


「他人だね?」


「他人です」


「まだ友達とか他人とかどういう事かわかる年齢じゃないから、バックアップをとるのはやめなさい。それで、やってしまった事は仕方が無いから。神楽さんには泉岳さんがついているみたいだから」


「わかりました」


「信じられない話だったけれど、父親として考えられる範囲内で言うべきことを言ったからね」


「わかりました」


よしとは、事情を知らないに等しい父親が知恵を絞って言った助言「バックアップをとるのはやめなさい」について、確かに言われてみればその通りだと思った。雛菊さや、三栖じゅえり、そういった人物に無暗にバックアップの呪術をかける事は自分(よしと)の身を危うくするかもしれない。幸い、父親は話の全てを信じたわけではないようだった。このまま、りおはきらりに任せて、自分は浦川辺あやのアンインストールと、再度トラブルにならないように配慮する事に注力すれば良いと決断できたのだった。 

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