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第35話「新入生歓迎オリエンテーション」

2022年4月11日。上級生はこの日から授業が始まる。体育館では、新入生歓迎オリエンテーションが行われている。一年生達は暗転した体育館の中で整然と並んだ椅子に座り、ステージ上で行われる部活紹介を黙々と見ていた。運動部も文化部も、自分達の部活動を紹介する。授業中の上級生は必要に応じて、オリエンテーションのほうに参加するために授業を抜ける。


新1年生の浦川辺あやは、すっかり学校の話題の中心になっていた。教室でも廊下でも、「可愛い」「あれ昔テレビに出てた『浦川辺あや』だよな」と話題になった。


あやは、入学式の後に仲良くなった雛菊さやと隣り合わせで座った。


「浦川辺さん♡部活に入るの?」


「雛菊さん!部活は入らなきゃ損だよ!」


「浦川辺さんが何部に入るのか皆気になってるよ♡」


あやは、


「全然決めていない!自分で作っちゃおうかなって思うよ!」


と言って笑った。


さやは、


「浦川辺さん、綺麗だね♡」


と言う。


あやは、


「あははは!『綺麗だ』っていう人は綺麗だよ!」


と言った。


さやは、


「ありがとう♡あやちゃん♡」


と言う。


あやは、笑って、


「『あやちゃん』か、わかった、さやちゃん」


と言った。




ステージ上では、男子バレー部の新入生歓迎パフォーマンスが始まった。男子バレー部のメンバーがぞろぞろとステージ上に現れて、体験や今までの大会成績などを紹介した。


「僕たちは本気で全国大会を目指しています」


「都大会では2回戦突破をコンスタントに果たしていて、決して『夢』という感覚ではなく、全国を目指しています」


「勉強と両立ができるように週一日のお休みがあります」


やがて、前田よしとの番が来た。


よしとは、部員達の顔を確認し「じゃあ言うね」という感覚のアイコンタクトをして、


「こんにちは、女子マネージャー募集中です。バレー部は本気で全国を目指して日々練習をしています。本当に頑張った人にしか流せない涙がそこにはあります。その姿を誰よりも側で応援する、いや、チームの一員として同じ涙を流す、女子マネージャーは大変有意義な青春だと思いませんか。これからチーム作りをして全国に行けるくらい強くします。長い階段が、どこまで伸びているかわからないなかで、懸命に登りつづけて、もうこれ以上は登れないという限界、自分達の本当の限界に挑戦して、結果を受け入れて、一人ひとりが矜持と克己心という人生の糧を得るのです」


と言って、男子バレー部の部活紹介は終わった。


司会者は、


「熱いメッセージがありましたね」


と言った。




さやは、


「すごくカッコいいね♡男子バレー部」


と言う。


あやは、


「あれだけ言うのは凄いよ!口だけじゃないといいよね!」


と言う


さやは、


「『自分の限界点を受け入れる』ってどういう意味だろう♡」


と言う。


あやは、


「僕は『これが関の山でした』って認めるのに『逆に根性が要ります』ってことかな?」


と言う。


さやは、


「え~凄い♡それはきっと本当に一生懸命練習してバレーが大好きなんだと思う♡」


と言った。


あやは、「矜持」と「克己心」ってなんだろうなと思った。


さやは、


「入りたいな♡」


と言う。


あやは、


「恋愛禁止なら入ろうかな!楽しそう!」


と言った。


さやは、


「え~♡さっき名前で呼び合う仲になったばっかりなのに♡一緒に部活動に入ろうとしてくれるの♡あやちゃんきっと特定の人と仲良くなるのが苦手なんだろうな♡どうしようかな♡言っちゃおうかな、言っちゃおうかな」


と思った、そして、


「あやちゃん♡『あや』と『さや』って名前近いね♡運命だね♡」


と言った。


あやは、ドッと笑った。




オリエンテーションが終わると、1年生達は教室でホームルームだった。ホームルームが終わると、皆で雑談をして、どの部活に入るか話していた。


誰かが「部活は何部に入るの?」と、あやに話しかけた。


「男子バレー部の女子マネージャー!」


あやは即答すると、クラス中が「おぉっ!」と溜息をついたのだった。




放課後の男子トイレは、ささやかな男子会のための貴重な空間だ。


「浦川辺あや、超可愛いよな。絶対告白したい」


放課後の男子トイレは、そんな話題で持ち切りだった。




さやは、


「あやちゃん♡心残りが他にないなら、一緒に男子バレー部に入部届書きに行こうよ♡」


と言う。


あやは、


「オッケー!さやちゃん!高校生活の始まりだな!」


と言った。




りおは所属する文芸部の新歓で正門前でビラ配りをしていた。


「おねがいしまーす。おねがいしまーす」


前田よしともバレー部の新歓のビラ配りに駆り出されていた。


「バレー部は陰キャばっかりだよ」


よしとは、歯切れが悪く、笑いを誘っているつもりかと思う態度だ。


りおは、よしとに、


「なんで『陰キャばっかり』って言うの?陰キャしか入部しなくていいの?」


と聞いた。


よしとは、


「背の高い陰キャは全員回収しないといけないんだ」


と言う。




よしとは、


「そういえば、泉岳が神楽に打ち明け話があるって言ってた。向こうでビラ配りしているから、聴いてあげてください」


と言う。


りおは、


「前田君。私は、確かに『女の子が好き』って打ち明けたけれど、あんまり立ち入って応援はしないで欲しいな」


と言う。


「神楽。泉岳をどう思う?」


「やめてよ」


「泉岳が話したい事あるみたいだったぞ?」


「それはそもそも本当?」


「本当。あっちにいるから、休憩がてら、行っておいで」


「よ~し、行ってくる」




りおは、ビラ配りの泉岳きらりの所へ行った。


「泉岳さん。前田君が言ってたけど、私に何か話があるの?」


「連絡先交換しよう。神楽のこと、好きだぞ」


「ええ!連絡先交換はオッケーだよ!好きってどういう好きなの?」


「全然いいぜ、女の子同士」


「え?」


「『俺は』神楽の味方」


「困ったな。心の準備が」


そう言って、りおは携帯電話を取り出すと、きらりと連絡先交換をした。


「『俺の』隣にいろ」


「わかった」


りおは、新歓のビラをきらりの横で配りだした。


「文化祭はたこ焼き屋さんをやります!文芸部です!」


あやとさやは、バレー部の部室等を見学させて貰えた。


あやは、部長の3年生塩村に


「恋愛禁止ですよね?」


と聞いた。


塩村は恋愛禁止である事を伝えた。女子マネージャーはチームの一員だが、そういうことは絶対に気を付けさせると約束した。男子バレー部は精神練磨を重んじていて、今年から女子マネージャーを募集するにあたって、絶対のルールだと顧問からも言われているから安心して欲しいと言う。ちなみに女子マネの募集は金曜日に、あの演説をした前田が突然言い出した事だと教えた。


あやは、


「前田先輩はレギュラーなんですか?」


と言う。やはりあれだけ大口を叩いたのだから最低限レギュラーだろうと思った。


塩村は、よしとが1年生の9月の大会からレギュラーでセッターだと伝えた。もともと上手だったけれど、なぜか金曜日から突然「全てを知る者」になって、上級生にまでアドバイスをするようになったと言う。4月7日の夜に何が起きたんだろうなと首を傾げた。


あやは、自分が大泣きすると時間が巻き戻ることを不意に思い出し、首を大きく捻った。時間が巻き戻る事と関係のある話かもしれないと感じた。


塩村は、


「『ジャグ』を作ったことはあるかな?」


と言う。


「ジャグってなんですか?」


「『ウォータージャグ』だよ、こういうの」


塩村は、携帯電話の画面を見せ、ジャグの写真を見せた。


「部室にもあるね。アレだよ」


塩村が指さすと、部室には使い込んだジャグがあった。


「動画配信サイトに何でも載ってるから、大雑把でいいから予習してきてね。たとえば『スリーメン』って言われたら、聞いたことはある程度の状態にしてきて欲しいかな」


スリーメンは、選手が3人で三角形を作り、コーチが内側か外側か好きな所にボールを投げ入れる。選手が拾い、繋がらなければすぐに次のボールをまた好きな所に投げ入れるトレーニングだ。通常コーチがやるが、長空北高校はアップで行っているため、マネージャーがスリーメンでコーチの仕事ができると良いのだ。


塩村は、女子マネージャーも一部コーチの仕事ができると「アジリティ」の指示出し等も真剣に取り組めると言う。まずは選手と同じ気持ちでバレーボールに打ち込んでもらえるようにしたい、男子バレー部としても、女子と言わずマネージャー専任の部員がいるのは初めての事だから、何かと試行錯誤するが、出て来た課題や困難には協調して解決してくれると助かると言う。だからこそ「恋愛禁止」は絶対守らせないといけないという認識だと再度念を押した。


あやとさやは、「わかりました」と言って、入部届を書いた。明日からは部活開始から練習開始までの基本的な仕事を覚え、選手の練習中は過去の試合をビデオ観戦しながらスコアのつけ方を勉強する。しばらくそのように活動する。




りおときらりは、夕方頃まで正門前の広場で新入生の勧誘をしていた。入学式後の数日間は勧誘の最も重要な時期だ。ビラ配りのきらりは、有望そうな新入生に片端から声をかけ続けていた。


「スゴイね、泉岳さん。勧誘上手いね」


りおは、きらりの手際の良さが印象的だったが、まるで自分と以前から友人だったかのような振る舞いが、それ以上に気になった。


「泉岳さん。もしかして、前から私の事を知ってた?」


きらりは、新しい時間ループでも着々と関係性が深まっていくのを実感していた。


「知ってたぞ、成績優秀者で文芸部で。今日、本屋行かないか?」


「本屋?」


「小説を読みたい」


「もしかして私が小説を書いている事を知っているの?」


「知ってる。プロを目指しているんだろう。おススメの小説を教えてくれ」


「泉岳さんも小説が好きなの?」


「これから詳しくなりたい」


「いいよ」




きらりとりおは、あっという間に友達になった。二人の前を通り過ぎていく沢山の新入生達も、本当は何度目かの新学期に胸をときめかせている。


「あの。長空北高校の女子サッカー部は強いんですか?」


勧誘のきらりに一人の新入生が声をかけた。


「これから強くするんだ。本気で全国大会を目指しているのが馬鹿馬鹿しくないようにな」


「新入生の星雲まいかです。一応経験者です。先輩は全国大会に行きたいのですか?」


「そうだ。全国大会は特別だ。誰が決めたわけでもなく特別なステージだ。星雲は中学時代にどれくらい上のステージでプレイしたんだ?」


「全然、へっぽこです!」


星雲はそう言うと、きらりの横、りおの逆隣りに並んで、勧誘を手伝いだした。新入生の群像に目掛けて「女子サッカー部に入りませんか」と大声で叫ぶ。


「なんだ、お前。何がしたい?」


「全国制覇しましょう!」


星雲はそう言って笑った。きらりは、星雲を隣に置いたまま沢山の新入生に声をかけ続けた。




きらりがこの日捕まえた新入生のうち有望株と思われる者は4名だった。


「中学陸上部だったから続けようと思っていましたけど、勧誘されて嬉しかったので頑張ります」


身長181cmで陸上部に入ろうとしていた稲本(いなもと)うるむ。


「自分の限界と向き合いながら自分らしくサッカーが出来たらいいなと思いました」


サイドバックの経験者でマンツーマンディフェンスが得意だが、強豪校の入部試験を不合格になって長空北高校に入学。サッカーの道を諦めて男子バレー部の女子マネージャーになろうとしていた蛇島(じゃじま)りりあ。


「やっぱり一番楽しいスポーツで青春したくなりました!」


フォワードの経験者で中学時代にどれくらい上のステージでプレイしたか聞くと「へっぽこです!」とだけ答える、卓球部に入ろうとしていた星雲(せいうん)まいか。


「勉強だけなんてつまらない高校生活は辞めろと言われて納得がいきました」


ゴールキーパーの経験者で、中学時代は男子サッカー部にいて高校では学業専念の予定だった蠍屋(かつや)みくる。


きらりは、勧誘した新入生らの入部届を受理して、設備の使い方や、日頃の練習メニューなどを説明した。「明日から混ざっていいぞ」と言うと、皆、明日から参加すると意気込んでいた。これで長空北高校女子サッカー部は、生まれ変わるだろう。


星雲は、


「泉岳先輩!試合に出たいです!絶対活躍します!」


と意気込んだ。


きらりは、


「星雲は小柄だからまずは基礎体力トレーニングだな。走り込みから鍛え直さないとな。運動量で勝る選手になれ」


と言った。


夕方の遅い時間に、諸々を片付けたきらりは、文化部室棟へ行った。りおが、文芸部の部室で待っている。


りおは、友達以上のものを感じさせるきらりを思い起こしながら、小説のアイデアを思い付いたのだった。交通事故に遭って一切の記憶を失った女の子が、自分の兄を恋人と勘違いする話だった。


「泉岳さん」


りおは、この世界には神様がいて、自分がゴショガワラ交差点で大型車両に跳ねられると時間が巻き戻るように作られていると思っていた。


「私の思い込みかな」


もしかしたら時間の巻き戻しに関係のある人物なのかなと思ったが、確証もない。ただ、春吹雪のようなきらりの言葉や態度が、あっという間に自分の心に吹き荒れていた。


きらりは、文芸部の部室の扉を開けると、


「お待たせ」


と言った。


りおは、


「行こう」


と言って、部室を出た。




裏門の駐輪場までの道で、横山みずきに会った。


みずきは、


「お二人さん、仲がよろしい」


と言う。


りおは、


「みずきは、これから帰るの?」


と言う。


みずきは、チラッときらりを見て、


「いや、まだやることがあるぞ、行ってらっしゃい」


と言って、去って行った。




桜は、満開。本当は何度目か分からない高2の春。きらりは2回目だ。




りおは、きらりの手を見た。女の子の手。


きらりは、笑って、


「手?」


と言った。


りおは、


「なんでもない」


と言う。


きらりは、前回の時間ループで行った湯島天神での事を覚えている。そして、


「ほら」


と言って、りおの手を握った。


りおは、きらりが時間の巻き戻しに関係のある人物である疑いを、いよいよ固いとみた。確実に以前の時間ループで何が起きていたか知っている人だなと。その一方で、繋いだ手の感触の優しさから、味方である事も伝わってきた。


「はじめまして、泉岳さん」


りおも負けじと冗談を言ってみたのだった。 

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