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第34話「再会」

2022年4月8日。神楽りおが目を覚ますと、自宅・自室のベッドだった。りおは1階の洗面台で顔を洗い、歯を磨いた。肩に届かないショートヘアを櫛でとかし、大きな丸眼鏡をかけた。


「また神様を頼って時間を巻き戻した?」


りおは、「受験に失敗したのかな?」と思った。今日から高校2年生の新学期である。


りおは、自分が時間を巻き戻したものだと思っていた。


「もしかして、ゴショガワラ交差点で間違って車に跳ねられたのかもしれないな」とも思った。


りおは母親に、


「お母さん。時間が巻き戻る魔法ってあると思う?」


と聞いた。


母親は、


「なにそれ?」


と言う。


朝食の時間に、少し母親と長話してしまった。


受験勉強が辛いなら志望校のレベルを下げても良いから、息災なく高校生活を送って欲しいと。母親に言われたのだった。


予定より遅く、朝食を済ませたりおは、身支度をして、母親に「行ってきます」と言うと、自転車を長空北高校へ向かった。




春休みが終わり、久しぶりの自転車の通学。


桜並木に思わず、見とれる。春吹雪のような桜。


「そうだ、自転車で通学しているんだから、交通事故はいつでも起こり得る。安全運転しないといけない」


そう思って、注意深く交差点を見渡したのだ。


「あれ?なんだろう?」


途中の交差点で段ボールが捨てられていた。中に何か生き物がいるような段ボールが。


「黒猫だ。子猫がこんなに一度に捨てられている」


誰かが、飼えなくなった黒猫の子猫を捨てた、その段ボールが通学路に投棄されていた。遺棄された子猫達は、懸命に、顔を覗き込んだりおに訴えた。


「ごめんね。ウチじゃ飼えないの」


そう言うと、携帯電話で、このような場合はどのように対応するのかを調べた。


「警察に通報した場合に引き取り先が決まらなければ通報者が引き取るのかな?」


そこへ、一台のメルセデスベンツが停車した。


「どうしたんですか?」


中から、長い金髪の美しい女子生徒が出て来た。


「猫ですか?」


「はい。そうです」


「その制服、長空北高校ですよね。私は新1年生です」


すると、車内から母親が出て来たので、りおは、自分もいま見つけたことを説明すると、


「警察より動物愛護センターか動物保護団体のほうがいいわよ。帰りにこの交差点に寄って、まだこのままだったら、私がやってあげます」


と母親は言った。


「先輩ですよね!はじめまして、私の名前は浦川辺あやです!優しいんですね!」


「はじめまして、私は長空北高校2年の神楽りおです」


「大きな丸眼鏡がよく似合う、知性が自然と御顔に出ていますね」


「はじめて言われました」


桜が咲き誇る並木道。通学路の交差点で、止まっていた時間がまた動き出すような感覚の出会い。これは本当は再会である。何度目かの大切な瞬間だ。泡沫の恋で終わる度に、春が、二人を引き戻す。


あやは、「フフッ」と笑って、メルセデスベンツに乗り込むと、母・みちよと一緒に走り去っていった。


「可愛い子だな」


と、りおは思った。




あやは、車内で、


「花粉かな。なんだろう」


と言って、何故か流れる涙をしゃくったのだった。




りおが学校に着くと、新学期の教室には、横山みずきと田原えみかがいた。


「りお!またよろしくな!」


「神楽さ~ん。同じクラスで本当によかった~。またテスト前に教えて欲しいな~」


真実を言えば、本当は何度目かわからない新学期に胸をときめかせていた。みずきもえみかも鬼道の事は何も知らない。時間の巻き戻しだと言っても冗談としか思わないだろう。


新1年生は入学式で体育館に集まりつつあるだろうか。りお達で談笑していると、颯爽とした足取りで近づいてくる者がいた。


「はじめまして、神楽さん。女子サッカー部の泉岳きらりです」


「え?」


「はじめまして!」


「あ、はい、泉岳さん。文芸部の神楽りおです」


きらりは、嬉しそうに、


「仲良くしてね?」


と言った。


りおは、


「はい」


と、少し戸惑いながら言った。


すると前田よしとも、ゆっくりとりおの元へ歩んできた。


「横山!神楽!田原も!また~よろしく!」


よしとは気さくに挨拶すると、


「新入生に元芸能人がいて、一時、正門前に野次馬の人だかりがあったんだ」


と言った。


「そうなんだ。教えてくれてありがとう。前田君も同じクラスだね。宜しくね」


春の風の中、鬼道が発動して時間が巻き戻った世界が何事もないかのようにまた動き出したのだった。ただ一人、バックアップの呪術をかけられたきらりの存在が、前回の時間ループとの違いである。


本日、上級生は午前中のみで授業は無い。席決めとホームルームが終われば特に行事もなくこの日は終わる。皆が、部活に行くか、帰宅するかする。きらりは、りおの隣の席を選んで、懇切丁寧に言葉を交わした。


りおは、


「泉岳さん、色々と親切にありがとう」


と言う。


きらりは、


「どうしてだ?」


と言う。


桜の花が咲き乱れた感じが、何故か教室の中にまで広がっているかのように、見えた。


暖かさは、春が来たせいでは無いだろうとさえ思える、声で。


りおは、


「はじめて同じクラスになった人と、こんなに親しくできるものなのかなって思って」


と言った。


きらりは、少し息を飲んでから、


「全然いいぜ」


と言った。


りおは、突然心を開いたようなきらりの言葉に、戸惑いながら、会釈をして、文化部室棟に向かった。


きらりは、前回の時間ループで起きた事を一切覚えていないりおを感じつつ、それでよかったと思う気持ちもあった。またりおの心を手繰り寄せれば、りおと付き合える。もとはと言えば、あやの恋人のりおをからかったのが始まりで、りおと妖しい関係になって、奪い取ってやろうと思うに至り、次第にりおを大切にしたい気持ちも芽生えて。ただ冗談のような気持ちが高じてやっている事の度が過ぎていると、自分を疑う気持ちは無かった。




そして桜吹雪が凍り付くほどの静寂が場を飲み込んでいく。


きらりは、りおがいなくなるのを確認してから、よしとに話しかけた。


「驚いたよ。前田の言ってた冗談、本当だったんだな。あと、りお、全然覚えてないな」


きらりは暗い、低い声で言う。時間を巻き戻すなど暴挙もいい所だと。


「すまない。俺の不注意と確認不足で時間が巻き戻った」


「作戦立てようぜ」


よしとは少しホッとして、


「浦川辺さんアンインストールしないと」


と言う。


「アンインストールの呪文は何分間なんだ?」


「15分間だ。真剣に、集中して聴いてもらわないと意味が無い」


「少し気持ち悪いけれど、インストール済のまま、他の女の子と交際させればいいんじゃないのか?そうすれば『一定の条件』を満たさなくなる」


「他の子とくっつけるのは有効だと思う」


「確率は?」


「過去の時間ループで浦川辺あやが文芸部に入部する確率は50%だ。入部すると必ずりおを好きになって交際する。逆に違う部活に入ると必ず交際しない。りおが独り身だと、受験苦などで、便利な魔法だと思って、必ずわざと時間を巻き戻してしまう。それが過去の傾向だ。しかし、今回から泉岳という選択肢がある。」


「浦川辺は、自分の『一定の条件』を正確に知っているのか?」


「浦川辺さんが『一定の条件』をどう把握しているかは、俺もわからない。神楽は『ゴショガワラ交差点で大型車両に跳ねられる』と時間が巻き戻ると思っていた。浦川辺さんも俺の設定した通りには把握していない可能性が高い」


「じゃあ、たとえば『大泣きすれば時間が巻き戻る』とか、断片的に覚えているかもしれないんだよな?」


「その可能性はある」


「説得してアンインストールするには、どう断片的に覚えているかわかるといいな」


「そうだな」


「前田が設定した『一定の条件』をどこまで把握しているか、何も知らない雛菊(雛菊さや)や三栖(三栖じゅえり)を上手く使って断定するのはどうだろう?」


よしとは、しばらく考え込んでから、


「それは有効だな。ただし、そもそも浦川辺さんが『鬼道』を便利な魔法だと思って秘密にする可能性がある」


と言った。


きらりは、


「なるほどな。確かにりおは自分で時間ループさせようとしたな。浦川辺も何かあった時のための便利な魔法だと思って大事にしているかもしれないわけだな」


と言う。


よしとは、


「まず何も知らない浦川辺さんと神楽を遠ざけておこう。その裏で、前回の時間ループで友達だった女子達と仲良くなっておくのは有効だな」


と言った。


きらりは、


「りおにかけた鬼道をアンインストールしない理由はなんだ?」


と言った。


よしとは、


「便利な魔法だと思っているうちは絶対にできない。確認済みだが『ゴショガワラ交差点で大型車両に跳ねられると時間が巻き戻る』という断片的な理解になっている。あと過去の時間ループで本当に偶然車に跳ねられたことがある。俺は、万が一の事故で重体になった続きをやってもらいたくない」


と言う。


きらりは、


「前田がそう思うなら、それでいい」


と言った。




明日は新入生歓迎オリエンテーションがある。ここで浦川辺あやの文芸部入部を阻止することが、いま重要な課題である。


よしとは、頭の中でシミュレーションをしてみた。




浦川辺さん、時間を巻き戻せますよね。それ俺の『鬼道』です。


いいえ。時間を巻き戻すなんてできません。失礼します。




浦川辺さん、時間を巻き戻せますよね。それ俺の『鬼道』です。


そうです、時間が巻き戻らないようにしたいです。しかし貴方は誰ですか?




よしとは、きらりとは、もともと知り合いだったことを思い出した。りおのように、一緒に図書館で勉強したり、昼食を食べたり、悩み事を相談したりする間柄ではなかったが。きらりとは、様々な会話が成立する関係性にあった。だから前回の時間ループで15分間のバックアップの呪文を真剣に聴いて貰えたに違いなかった。


よしとは、


「男子バレー部の女子マネージャーに勧誘してみる」


と言う。


きらりは、


「人と仲良くなるのは良いことだ。私はりおに『何度でも時間を巻き戻してやり直せ、でも忘れたくない』とはっきり言った。本当に時間が巻き戻るとは思っていなかったが、一人ひとりが思い思いにやっている事はあまり責められないだろう」


と言うと、


「珍しく長話して、頭が疲れた。私も前田みたいに、有望な新入生を勧誘して部を強くしようと思う。それで全然いいぜ」


と言った。




きらりは、またこの時点に戻ってこれた懐かしさもあった。女子サッカー部の仲間たちと笑い合い、苦楽を共にしていた頃の、春の匂いが懐かしかった。


「前田も彼女つくれ」


確かに幸せの最中に、りおは記憶を消されてしまった。そのことを恨めしく思う気持ちより、遥かによしとを慮る気持ちがあった。この春の情景にあって、陰鬱な空気に浸っているよしとが、可哀想だった。


よしとは、


「わかった」


と言った。




りおは、文芸部の部室で、週明けの新入生歓迎オリエンテーションの準備をしながら、

「浦川辺あやさんは凄く可愛い。泉岳きらりさんは、母親のような眼で私をみる。急に春が始まったな。前田君も、春休みの間に凛々しくなったな、1年生の時と違う」

と思った。 

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