2022年4月11日。前田よしとと神楽りおは、新入生の勧誘に忙しかった。よしとは、せっかくだから背の高い有望そうな新入生に片端から声を掛けた。男子バレー部を強くするための工夫である。
元子役・芸能人で新入生の浦川辺あやは学校の人気者だった。同じクラスの雛菊さやが友達になっていて、様々な部活動から勧誘を受けていた。
あやとさやが、りおの近くを通り過ぎようとした時、りおは綺麗な女の子だと思って声をかけた。
「文化祭ではたこ焼き屋をやります・・・!文芸部です・・・!」
ビラ配りの上級生の声が、雑踏のようなBGMになって聴こえてくる正門前で、りおの大きな丸眼鏡に映った二つのあやが、キョトーンとして、言った。
「文化祭のたこ焼き屋・・・?」
思わず質問した、あや。
りおは、説明した。
「そう!普段は小説書いたり、随筆を書いたりしているけれど、一から丁寧に教えるから心配いらないかな。文化祭のたこ焼き屋は文芸部の伝統だよ」
あやは霊感商法に洗脳された主婦のような佇まいで、何故か、微動だにせず「たこ焼き、たこ焼き」と小声で呟いた。
「・・・・たこ焼き」
「・・・・入部したいです」
りおは驚いた。
「入部してくれるの?」
あやは、
「・・・はい。・・・浦川辺あや、文芸部に入部します」
と言う。
「たこ焼き好きなの?」
「めっちゃ好きです」
さやは、
「え~♡あやちゃん♡たこ焼き屋さんをやりたいがために文芸部に入るの?じゃあ私も入る♡」
と言って、一緒に入部した。
その日から、あやとりおは次第に仲良くなっていった。ゴールデンウィークも、体育祭も、梅雨の長雨も、夏休みも距離が接近し、二人を校内で見かければ必ず仲良さそうにくっつかっていた。噂話にもなり、校内では『禁断の交わり』と畏れられるようになった。
よしとは、りおに幸せが訪れた、本当の幸せが訪れたのだと思った。
そんな秋のある日だった。あやは先輩であるよしとを教室棟1階に呼び出したのだった。
「前田先輩、突然すみません。男子バレー部の活動で忙しいのに」
「浦川辺さん、どうしたんですか?」
「りおが、何かあると前田先輩の事を話してくるんです。私達は女性同性愛者なのに、なんで男性の前田先輩の話題になるのかなと思って。もしかしたら陰で付き合っていて、私を笑っているのかなと思いました」
よしとは、このチャンスを逃す手はないと思った。事前に時の神官に念力で通信してこしらえていた鬼道のインストールの呪文がある。それは『神楽りおを愛して、しかしそのことで深く傷つき、自分の行いを後悔する』と時間が巻き戻る呪術だ。その呪文を唱える絶好のタイミングだ。
「誓って違う。俺は二人の恋路を真剣に応援しています。俺のつくった応援歌を聴いて信じてもらう訳にはいきませんか」
応援歌とは考え抜かれた飛びっきりの嘘だが、なりふり構ってなどいられない。
あやは、確かにりおの言っていた通り、突拍子もない冗談で場を和ませる素質がある人だなと思ったから、
「じゃあ一音一音逃さず聴きます。耳は良い方なので」
と言って、静寂の教室棟でインストールの呪文を聴いた。
インストールの呪文は15分間だった。
あやは、
「私達のためにこんなヘンテコな歌を考えておいてくれたんですね」
と言って笑った。
あやはスッキリして、教室棟を出ると、文化部室棟に行き、またりおと談笑したり、詩を執筆したりして過ごしたのだった。
その後は時間ループの繰り返しだった。結局交際が上手く行かないとあやが大泣きして時間が巻き戻る。あやとりおが出会わないと、りおが受験苦で自ら車に跳ねられて時間が巻き戻る。この2パターンのいずれかだった。
よしとは、自分が構築した仕組みが無限ループに近い構造になってしまった事を深く後悔したが、このまま繰り返していればいつか二人が真に結ばれて大団円を迎えると信じた。自分の恋路を犠牲に捧げて、愛する者の恋路を応援しているのだから、許されると思った。