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第29話「前田よしとの過去②」

2021年8月16日。長空北高校男子バレー部は、夏休みの最後の二週間だけ部活が休みだった。前田よしとの両親は、大変な部活に入ってしまったと心配していたが、よしとは夏休みの宿題をきちんと終わらせて、新学期にも備えていた。夕食の時間、よしとは両親の機嫌を確認してから、


「おばあちゃんが高校の合格祝いにくれた20万円の使い道がやっと決まった。九州自転車一周をしてくる」


と言った。両親は、驚いて、


「そんな危ない事を何故やりたくなったんだ?」


と尋ねた。


よしとは、両親に神楽りおの事を打ち明けた。高校に入学して1学期の間に好きになって、仲良くなって、りおとの交際を真剣に考えている事を丁寧に打ち明けた。少し大袈裟かもしれないが、自分よりか弱い人物が聡明で、周囲にも優しい事で、守ってあげたいと思う事、それでとても心が奮い立つと打ち明けた。


「バレー部で全国大会に出場するのを待っていたら、間に合わないかもしれない。男らしい事を一つ成し遂げて、いつでも『神楽の事を守る』と言えるようになりたいんだ」


まだ付き合ってもいないのに、よしとはりおを守りたいという気持ちが固かった。少年の恋とは、往々にしてそのような所があるだろう。


両親は気迫に負けて、よしとの自転車九州一周を許可した。ただし10日間の寝泊りをする場所だけ、入念に両親と話し合い計画を立てた。そして少しでも計画が狂ったら直ちに中止して電車と新幹線で帰って来る事を約束させた。


2021年8月20日。よしとは九州自転車一周に旅立って行った。新品同然のマウンテンバイクを新幹線に乗せて。問題無ければ8月30日に帰宅する。11日間の日程は順調で、博多駅からスタートし、北を12時の方角にして時計回りに九州を周回した。民宿も電話予約した通り滞りなく利用でき、快適だった。道中の飲食も良い思い出だった。青春そのものだった。会う人も、まだ高校生のよしとに惜しみなく優しかった。


2021年8月29日。疲れも見えてきた10日目。この日は佐賀県の山岳地帯を走った。無事に進むことができれば明日、博多駅で帰りの新幹線に乗る。よしとは十分に貴重な体験をしていた。老若男女を問わず様々な人と言葉を交わしていくうちに、世の中には沢山の人物がいる中で、自分とは何なのか理解が深まった。携帯電話で沢山写真を撮って、りおに見せたら喜んでくれるだろうかと期待した。その勢いで2学期こそは連絡先交換をして、そういえば9月下旬だった長空市花火大会にも誘ってしまえばいいだろうと思った。


山岳地帯を走っている時だった。自分の眼に異変が起きたのかと思った。見たこともない風景が、まるで山の中で誰かが撮影した写真のような情景が、突然、脳裏に浮かび上がってきたのだ。


「なんだ?!大きな木!?」


樹齢何千年もありそうな大きな木の一枚絵が、いま目の前で見ているかのように頭の中に映し出された。自転車で国道を走行しているはずなのに。いま通り抜けようとする山岳地帯のいずれかの地点で、この大木が本当に存在するとして、なぜ自分の脳裏に、訴えかけるように映し出されているのだろう。


「疲れがたまって身体に異変が起きているのかな?それとも心霊現象かな?」


よしとは体調面で不安になった。今日頑張り抜けば、明日の朝に福岡駅から新幹線で帰宅する。すると、自分の心に直接、何者かの声が響いたのだった。




キミハ ワタシノマツエイ アイタイ ココニキテクレナイカ




何者かに「末裔」と言われた。そして「会いたい」と声の主は言う。


よしとは、知恵を絞って、


「この大きな木のある場所に行けばよいのですか?」


と返事をしてみた。




ソウダ キミハ ワタシノマツエイ アイタイ ココニキテクレナイカ




よしとは、声に導かれながら、自転車で行ける所までは自転車で行き、途中から登山のつもりで山岳地帯を突き進んでいった。そして、国道を離れて山道を幾らか進んだ所に、全く同じ大きな樹木を見つける事が出来た。




よしとは、旅の終わりにとびっきりの超常現象を体験できた喜びから、興奮気味に、


「来ました!」


と臆面なく声の主に言った。


すると、大きな樹木にぼんやりとした人の影が、姿が、見え始めて、やがて一人の中年男性、教科書で見た古代人の装束を身にまとった男性のハッキリとした姿形になった。




ワタシハ ヤマタイコクノ トキノシンカン キミハ ワタシノマツエイ




よしとは、


「邪馬台国の『時の神官』なんですか?私は東京に住んでいる前田よしとです」


と言った。こんな超体験までできるなんて、旅をした甲斐があったと、まだそのような事を考えていた。




ワタシハ ココデ ココロヲシズメテ マツエイヤ ヒトビトヲ ミマモッテイル


ヨシトハ トキノシンカンノマツエイ ワタシノ キドウヲ デンショウシタイ


マツエイガ ツヨク ゲンセデ カツヤクデキルヨウニ デンショウシタイ




よしとは、誇らしげに、


「どうやったら鬼道を使えるんですか?」


と映画や漫画でしか見たことのなかった邪馬台国の人に聞いた。




ワタシノ レイコンヲ ワケテアゲマス ヨシトハ ワタシノマツエイ




邪馬台国の時の神官は、自分の霊魂をよしとに分け与える事で、鬼道をよしとに伝承した。時の神官の霊魂を分け与えられたよしとは、身体の疲れ、肉体疲労がたちまち癒えていくのを感じた。




ワタシノレイコンガ アレバ スコシノコトデハ ツカレナクナル


カラダモ ジョウブニナル キドウノツカイカタハ イツデモ ワタシカラ キキナサイ




よしとは、分け与えられた霊魂を頼って念じれば、いつでも時の神官と通信ができるようになった。よしとは鬼道を覚えた。そして時の神官の樹木に別れを告げ、走っていた国道へ戻った。


よしとは、


「鬼道は、神楽を守るために役立てたい。困ったときは通信させてください」


と念じた。




ヨシトハ ジュンスイナ ショウネンダ


ワタシハ ツマガ ニジュウニンイタ




2021年8月30日。この日の朝一番の新幹線で東京に戻ったよしとは、久しぶりの自宅で旅の写真を一つひとつ丁寧に両親に見せた。国道から撮った桜島の写真が好評だった。


父親は、


「よしとは本当に丈夫に育ったんだな。てっきりヘトヘトになって帰って来ると思った」


と言って無事を喜んだ。


前田家は邪馬台国の末裔だった。よしとは佐賀県の山岳地帯で邪馬台国の鬼道を覚えた。りおの『身体に大きな怪我や損傷を伴う出来事が起きたとき』に発動するようにしたいと、インストールする鬼道の内容を決めた。そこで、その場合に呪文はどのような文面になるのか念力の通信で時の神官に教えてもらった。一音一音を丁寧に教えてもらい、念のためノートに大切にメモした。


邪馬台国は卑弥呼が女王だった頃は、争いが起きなかった。鬼道は、時の神官の鬼道の他にも様々だと言う。 

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