2022年12月24日。神楽りおは浦川辺家に呼ばれた。雛菊さやと三栖じゅえりも呼ばれていた。浦川辺家は、神楽家より大きく、内装も広かった。まずガレージに車が二台あって、共にメルセデスベンツだ。父親と母親で一台ずつなのだろう。浦川辺家の家計は、浦川辺あやが子役時代に稼いだ収入と、一般人男性の父親の収入で賄われている。
りおは、
「あやのお父さんって何やっている人?」
と聞いた。
あやは、
「外科医。筑波大学を出て、ブランド病院。泌尿器科で腎臓癌の論文とか書いてる」
と答えた。
それで娘の交遊録に母・みちよがうるさいのだ。彼氏はトラブルの元。彼女は危険度が低いから許可していた。予てから同性愛には理解があった。
さやは、
「りお先輩♡あやのお父様凄いですよね♡」
と言う。
じゅえりは、
「あや様と友達になって以来、セレブのような気持ちです」
と珍しく歯が浮くようなことを言っていた。
無理もない。リビングの絨毯からして確実に高級家具である。
りおが、
「スゴイ絨毯だね」
と言うと、あやは、
「トルコ産だったかな」
と言う。
「お父さん、絨毯フェチだから」
「絨毯が沢山あるの?」
「ある。飽きたら競売だって」
「すごいね♡オークションに行ったりするの?」
「一度だけ、海外旅行で連れてってもらったけど、基本エージェントがやるね」
さやとじゅえりが声を揃えて「え~!すご~い!」と言う。
ここを粗相のできない異空間だと思ったのは、りおだけだった。さやとじゅえりは、前向きに、この豪邸の交遊録に加わっている既成事実をステータスに思うのだった。
りおは、心が、あやからきらりに移りつつあったから、完全に折れる思いだった。こんな御家の子と何をしていたんだろうなと思ってしまったのだった。「家は関係ない」という考え方を、それこそトルコ産のエキゾチックな絨毯が吸い込んでいく。惨めな思いだ。お茶をこぼしたらどうなるんだろうなと思った。
「うはっ!あぶない!」
「あぶなかったね♡」
「転ばなくてよかったね」
じゅえりが、紙コップのお茶を持ったまま、何もない所で転びそうになったのだ。
「すみません。運動神経が切れているのです。スキップとかも出来ないんですよ」
「できるようになろう!」
「スキップはこうやるんだよ♡」
さやがトルコ産絨毯の上でスキップをした。
あやが、
「いいねぇ!」
と言って喜んだ。
じゅえりも、三段跳びのようなスキップを披露した。
りおは、やっと笑顔になって、
「絨毯は丈夫なんだね」
と言った。
あやは、
「絨毯なんて気にしないで」
と、りおに顔を寄せて、
「大好き!」
と言った。
さやとじゅえりは「きゃー!」と囃し立てた。
あやは、
「マリオカートやるぞ!」
と言った。
あやは、恋愛の本に書いてあった事を真に受けていた。楽しい時間を共有するのにも工夫が必要であり、そのように工夫した痕跡は必ず相手方の心を打つものだと信じた。つまり、友達のさやとじゅえりをクリスマスの場に呼んだことを、りおにも工夫の痕跡として評価して貰えるはずだという事だ。あるいはあやには、そういう目線の考え方があった。
マリオカートは大盛り上がりだった。皆、童心に帰って、途中叫び声を上げながら白熱したレースを繰り広げた。じゅえりとりおもすっかり仲良くなって、確かに幸せな時間を共有していた。
しかし、りおは、ここに来て「選択」という考え方にいよいよ着手した。あやは文芸部で一緒だったから、時間をかけて仲良くなる事が出来ただけではないのかと思い始めていた。あやは容姿端麗で、性格も良い女の子なのだが、自分の心に自然と寄り添うような感覚で、きらりに負けていた。