2022年11月30日夜。浦川辺あやは文芸部を休んだ。神楽りおのメッセージも未読のまま。もしかしたら教室棟で遭遇するのかと思ったが、会うこともなかった。明日こそは、お互いきちんと話して分かり合いたい。
浦川辺家の夕食は、母・みちよとあやの二人。
父親は、いつも遅くに帰って来る。
あやは、
「学校で少し、トラブった」
と言った。
みちよは、
「彼氏?」
と言う。
「彼氏じゃない。入学以来の
「本当に彼氏じゃないの?」
「違う」
「彼氏じゃないならいいわよ」
「浮気の証拠を
「そうなの」
「
「そうなの。でも、あやから見て親友なんだ」
「うん。それで、今後は私にまつわるネガティブな事を
「なるほどね。でも、あやから見て親友なんだ?」
あやは、今までさやと過ごした日の事を、みちよに打ち明けた。
「雛菊さんて花火大会に一緒に行った子ね。思い出した。わかった。その雛菊さんの事を信じたほうが良いわよ。あやは、
「うん。わかった。でもどうやったらいいか全くわからない。最悪浮気相手に奪われる」
「そうなの。雛菊さんと付き合っちゃいなさいよ」
みちよは笑った。
「でも、私は
「雛菊さんを全面的に信じてあげなさい。一回くらい反道徳な真似をしたくらいで、今まで過ごした時間を全部疑わないほうが良いわよ。あれこれ話している時の、あやの表情とか、声とかで、わかるわよ。本当は凄く信頼しているんでしょ?」
「わかった。ちょっと作戦立てる」
「そうなの。でも怪我もなく、順調ね。私立の堀川学園中等部から公立の進学校に行って、あやがイジメられたり、仲間外れにされたりしていないのね」
あやは、母親に交遊録を打ち明けることができて少しホッとした。母・みちよは、あやの同性愛については一旦応援していた。父親の仕事のステータスの関係で、面倒な彼氏だけは絶対に止めて欲しかったこともある。ただ娘の精神的成長の結末として女性同性愛があるのならば、そこは父親も同じ意見で、受け入れたかった。両親とも、娘に対しては、一度しかない人生を生きる命という認識が固かった。どう転んでも、幸せにも、不幸せにもなる人生で、セクシャリティとは手術のように親がメスで切り裂いてはいけないと信じている。少し変わっているかもしれないが、それが娘を守るということだった。
あやは、自室に戻ると、明日の作戦を、さやとメッセージで相談した。直接仲直りできていて良かったなと思いながら、
「さや。泉岳きらりをどう思う?なんなんだろう?」
と送った。蓋を開ければ黒い感情しかわかない憎悪の固まりを直視する事にも精神力が要る。きらりに対しては何を勝手な事をしてくれたのかと思うのだ。さやを頼ることも幾ばくか躊躇っていたが、母親の薦めに応じて、さやを頼ったのだった。
さやは、あやから来たメッセージを読んでここぞとばかりに、
「『部外者』に違いないよ。りお先輩には今までの恩がある。全部泉岳きらりのせい」
と思ったことを送った。
あやは、やはり母親の言った通りかと思った。そして、さやと入念に翌日の作戦を立てた。さやは「あやが私を頼っている」と思った。
あやは、自分が大泣きして『神様を頼る』と時間が巻き戻る現象を意識していた。長空北高校の教室棟の階段で大泣きして時間を巻き戻した体験を微かに覚えている。この記憶が、夜中や明け方に見る夢の類ではなくて、本物の記憶だったらどうだろうか。自分は時間を巻き戻すことができる。
2022年12月1日昼休み。
あやは文芸部室に、りおをメッセージで呼び出した。
りおからは大量のメッセージが来ていた。
ごめん
あの子は友達で、悪ふざけをしてたの
受験勉強を一緒にしている仲に過ぎない
文芸部室にやって来たりおは、あやを見ると開口一番、
「ごめんね」
と言う。
あやは、
「私は真剣なの。キスしたり、抱き合ったり、真剣にそういうことをしているの。私が傷つくと思わないのは辞めて欲しい。歩み寄って欲しい」
と言った。
りおは、
「修学旅行の夜に悪ふざけをしていたら、仲良くなってしまって。あやには友達と言い張れば済むと思っていた」
と言う。
あやは、りおをジッと見て、
「私は、りおの優しくて賢いところが好きなの。でも私と交際している以上、『部外者』を甘やかさないで欲しいの。これがギリギリできる私からの歩み寄りだよ」
と言う。
りおは、
「ごめんね」
と言う。
あやは、
「『甘やかした』ってことでお願いします」
と言った。
「キスはしたのかな?」
「してない」
「じゃあ公園で仲直りしよ。これからは守ってね」
そう言うと、りおをギュッと抱きしめた。母親からは疑うよう言われていたが、自分の恋愛は自分のものだ。りおが「してない」と言えば信じたい。
同じ頃、教室棟2階では、修羅場を迎えていた。
さやに呼び出された前田よしとが、
「ごめんなさい。取り次げません。本当に申し訳ないです」
と、さやに言う。
さやが、りおときらりの教室に押しかけていた。標的はもちろん、きらりである。
さやは、
「こないだ『切り離す』って、選んだだろうが!」
と、よしとに言い、
「善人面もいい加減にしろ!」
と恫喝するのである。
よしとは、「もうダメだ。予想外過ぎる」と思い、仕方なく教室にいるきらりを呼んだ。女の子同士だから危ないことにならないだろうと、どこかで高を括っていた。
きらりは、出て来て、
「なんだお前?」
と言う。
さやは、
「あなたのセミヌードを見ました。泉岳きらり。りお先輩とあやの仲を引き裂こうと言うのでしょうか?」
と言う。
きらりは、
「奪ってまでやることじゃねーよ!」
と威嚇した。口から出まかせが半分。残り半分で確かにそう思っていた。あやの恋人をたぶらかすのも面白かったし、あやとの交際は続くと思っていた。もちろんりおの人柄が好きだから、きらりも関係を持つ。ただ、奪い取って恋人になろうという確固たる信念は無い。
バシーン!
その瞬間、さやが、きらりを平手打ちした。勢いで上がり込んだ先で威嚇されて思わず手が出た。きらりの嘘くさい言い草も気に入らなかった。そのような感覚の行いであやは傷ついて悩んだ。
驚いたよしとが「やめて!やめてよ!」と言って、なんとか間に入る。即座に、さやを制止させたため、追い打ちは無かった。
きらりは、赤く腫れた頬、涙目になって、立っていた。
きらりは、
「やってやろうじゃねぇかよ!」
と威嚇した。
よしとは、
「帰って!」
と、さやに言い、
「ごめん!泉岳!本当にごめん!」
と謝った。
教室から、園崎が出て来て、
「帰ってください!」
と、さやに言った。
さやは、
「淫売!」
と叫んで、引き上げていった。
きらりは、
「知らねえ!ぜってぇやってやっからな!」
と叫んだ。
怒り心頭のきらりは、そのまま学校を早退した。バックレである。よしとが、懇切丁寧に顛末を教員に伝えた。その後、学校側の対応で、あやとさやは不問だったが、「二人組で仲が良いのも、このような事が起きるのであれば、ほんの少しだけ介入する」という判断になった。