修学旅行から帰って来ても、神楽りおと泉岳きらりは相変わらず仲が良かった。11月中旬の実力テストまで2週間程の時間があり、成績優秀者のりおは、成績下位者のきらりに勉強を教えていた。それは、りおの優しい性格のせいもある。だがそれだけでは無かった。りおからきらりへの愛着のせいもある。きらりは、同性愛の理解者として、また性的な肉体関係に発展した者として、りおと関係を持ち続けた。
たまに放課後は教室棟の教室に残って、英文法の勉強を一緒にやる。お互いの部活動もあるが、勉強優先と身内に言って休んで二人で勉強している。
りおは、浦川辺あやには「友達と英語の勉強をする」とだけ伝えていた。あやは、
ただし、りおは、あやには内緒で、勉強が終わった後は修学旅行の夜のように、きらりの肉体を触らせて貰っていた。性欲と、
りおときらりは、夜まで教室で英文法の勉強をした。最初は20年以上前からある定番の問題集を使っていた。大学受験頻出の1000問から成る問題集を使っていたが、成績下位者のきらりには少し難しいようだった。
長空北高校のある数学教員は、高校時代に英語が苦手で、3年間をかけてなんとか『英文法・語法1000問』を1周した。そのおかげで浪人した年に何周も周回できて筑波大学に合格したという。いつか聞いた話を、りおはきらりに伝えた。
教室棟は、ほとんどの者が部活に行くか、下校するかして静寂に包まれていた。りおときらりのシャープペンシルの音がシャリシャリと微かな響きになるほどに静かだった。
「英語は繰り返しが大事なんだな」
「そう。だから私達高2が終わる前に1周すれば、高3で何周も周回して現役で合格できるはずだよね」
「そうだね。そうなるよね」
りおは、
「でも、きらりは今の学力だと『英文法・語法1000問』は難しいから、私が高1の頃に使っていた『英文法徹底マスター』をやってみて欲しい」
と言うと、鞄から使い古した『英文法徹底マスター』を取り出して、きらりに渡した。少しでもきらりには成績が良くなって欲しかった。
「ありがとう」
「よかったら貰って欲しい。私はもう読まないし」
きらりは、早速『英文法徹底マスター』を開いた。確かにレベル的に丁度良かった。りおが、これが完璧なら共通テストで平均点は採れると言うから、やる気も出た。ゴールから逆算して、やるべき教材を考えるのは大切な事だ。
「りおの志望校はどこだ。私は明治大学だ」
「私は筑波大学を目指しているよ」
「そっか大変だな。でも自分のレベルに合った勉強って良いな」
長空北高校という進学校の教室で、皆と足並み揃えて勉強をしていると、使う教材まで他者と同じ物を使うべきだという錯覚に陥る。そのプレッシャーが、きらりにとって、適した教材を選ぶ事を難しくさせていた。こうしてりおと二人きりで勉強をしているとプレッシャーも無くなり、りおが自分の学力を懇切丁寧に受け入れたうえでアドバイスをしてくれるものだから、自然と自己肯定の気持ちも湧いて来た。
きらりは、りおは優しい人物だと思った。他人なんて放っておくのが当たり前で、優しくする者もされる者も考えが甘いと思われがちな世相で、臆面なく他者に優しくする心の余裕が、何か逞しく感じられるものだった。
時刻が進むにつれて、りおは、今日もきらりは、あの豊かな胸を見せてくれるのか気になり出した。一緒に勉強した日は、人気のない女子トイレ等で、きらりは丸くて大きな乳房を、りおに見せて触らせてくれる。
きらりは、あやの事が気になった。
「浦川辺とはどういうデートをしているんだ?」
「映画館かな」
「どうしてだ?」
「あやは本当は役者に戻りたいと思うから」
りおは、あやの悩み、伸びていない階段の踊り場で立ち尽くすという考え方が少しは類推できていた。自分の受験勉強だって、たとえば東京大学には一切届かないわけだ。ここで筑波大学は嫌だ、絶対東京大学に行きたい、でなければ受験勉強をしたくないと言うのであれば、それは野心と慢心が悪い意味で合成された毒物でしかないだろうと思うのだ。あやは同じ文芸部の部員で容姿端麗の恋人、交際はあやの人間的成長に繋がらないといけない気はしていた。
その一方で、きらりの大きな乳房への興味で、きらりの屈託のない理解者としての姿勢、つまり
「きらりは同性愛を理解して、応援してくれているんだよね」
「『俺の』パイオツはりおの味方だ」
「じゃあ今日も、触らせて欲しいな」
「エッチな事をしたくなるのは仕方の無い事だ。浦川辺がそこんとこ務まるようになるまで『俺』が守ってやる」
きらりは、自分こそ肉体関係である事を気に入っているが、このような言い方をする。りおは、きらりのふざけた言葉遣いも好きだった。りおには"Take it easy."のように聞こえるのだ。もう少し気楽に、女の子同士で愛情を分け合って、本当にかけがえのない二人組が自然と生まれて、何の後腐れも疚しさもなければ、これほど幸せな事もないじゃないかと、神か、そのような超越者を問い詰めてみるのだった。要は私の自由は私の物だという事だ。やっとできた大切な理解者が二人いても、片方が恋人なら、もう片方は一切遮断すべきだろうか、と悩んだ時に、誰の指図も受けたくないと思う気持ちが最も強かった。
受験勉強の名の元、精進する、りおときらり。この受験の為という考え方も、りおときらりの関係性を正当化する大きな助けになっていた。そのような日々が続いて、11月に入り、忍び寄る冬の寒さと日の落ちる早さを体感する季節になった。
りお、あやときらりの3人の関係性は、校内で、SNSのアプリで噂になっていた。長空北高校は進学校で、皆勉強と部活に忙しい身だから、彼女達への不利益を画策するような悪意らしい悪意もなく、ただ元子役・芸能人浦川辺あやの交遊録が気になる者達を中心に熱心な話題になっていた。
「あや様は女の子が本当に好きで、男子が嫌いなんですね」
しかし、噂とは伝搬していく過程で、言葉が少し綻んでいき、想像で再構成される。
「1,2年生の間で女の子同士でデートしたり、エッチな事をしたりする集まりがあって『禁断の交わり』と呼ばれている」
一部情報通の間では、りおときらりの勉強会も知られていた。同じクラスの者であれば、りおときらりが残って勉強する様子は周知の事実だったし、りおがあやと交際しているのだから、様々な憶測も呼ぶ。
雛菊さやの耳にも噂話は流れて来る。さやを『禁断の交わり』の当事者だと思っている生徒と、『禁断の交わり』の当事者ではなく、あくまであやの友達だと思っている生徒とがいて、後者から幾ばくか情報が流れて来るのである。
さやは、自分達がエッチなサークルだと誤解されている理由は何故なのだろうかと思い、
情報通の生徒は、さやに次のように伝えた。
さや助の不安は当たっていて応援している男性生徒がいた。それは「前田よしと」というバレー部の先輩で、神楽先輩の唯一の男子の友達だ。噂の中には『禁断の交わり』は前田先輩の洗脳術で成り立っているという冗談もあった。『禁断の交わり』という噂自体、蓋を開けてみれば、神楽先輩とあや様が交際していて、同性愛の理解者として泉岳先輩がいるという構図だと思う。しかし、神楽先輩と泉岳先輩で、エッチな事も恐らくしている可能性がある。あや様と神楽先輩の交際が危ぶまれる事にならないようにしたい。
さやは、一部情報通の生徒にお礼を言い、ここで「泉岳きらり」という人物を知った。きらりは、同性愛の理解者として輪に加わっているものの、エッチな事をしている可能性だけは徹底的に洗わないといけないと判断した。
時は少し流れる。
2022年11月18日。朝のホームルームで、前田よしとはクラス担任から男子バレーボール部の健闘を称えられていた。東京都予選6回戦で惜しくも敗れてしまったが、チームの司令塔として大健闘だった、来年のインターハイ予選は今の1年生レギュラーもきっと成長して全国も夢ではないと言われた。
よしとは、
「目標です」
と凛とした声で言った。
神楽りおは、
「すごいね」
と着席するよしとに言った。
よしとは、
「勉強と引き換えだな、部活は」
と、言って渋い顔をした。
よしとは、
「りおは学年3位おめでとう」
と、りおに言った。
今週は、先々週に行われた実力テストの結果が返却されていて、成績優秀者が各教室の後ろの壁に貼り出されていた。
りおは、
「納得のいく順位だった。ありがとう」
と、微笑んだ。
りおは、唯一の男子の友達であるよしとの存在は本当に心強かった。男子が女性同性愛を応援してくれるというのは、はっきり言ってしまえば下心ではないかと不安に思う事もある。しかし、りおは真面目にバレーボールに打ち込むよしとの姿を見聞きする度に、応援されている事を心強く思うのだった。
りおが男性との恋愛を拒む理由は、至って先天的なもので、たとえば中学時代に男子同士の喧嘩を目撃した心的外傷だとか、そういう事では全くない。人類の約半数が男性というカテゴリで、女性より屈強だという認識が、まったく進歩しないのである。よしとは幸いその認識の中央値だったため、よしとの人となりに理解が及ぶのである。
昼休みに、りおとあやは、文芸部の部室でお弁当を食べる。2ヶ月程繰り返された日常は、一見綻びなく、澱みなく、順調だ。しかし水面下では、あやに相応しい人物の座を虎視眈々と狙うさやと、りおと肉体関係にあるきらりという構図で火縄を燻っていた。
「学年3位おめでとう!」
「あやのおかげだよ。心が癒されて勉強に集中できる」
「そうなんだ?ずっと10番台だったのに躍進だね!」
「りお先輩♡学年3位だなんて尊敬します!」
あやは、
「日本史1位なんだよ!」
と自分の事のように喜ぶ。
りおは、
「次は倫理と二冠を目指す」
と言ってお弁当の唐揚げを食べた。
あやは、この平穏が来年も再来年も続いて行く事を信じている。異性愛を基軸とする世界で女性同性愛者は異端ではないかと思う時はある。女の子が女の子を好きになるのは一過性の空想で、いずれ現実に引き戻されるまでの夢物語ではないのかという不安の最中に、いいや自分は女性同性愛者だと決断する事は並大抵の事ではない。いずれ自分達のセクシャリティを打ち明け合って、認め合って、本当に本気のパートナーとして将来が成立するかは、まだ先の話だが、その可能性だけでも有難いものだ。
あやは、成長と共に男性への理解が出来なくなった系統の女性同性愛者だ。りおとは異なり、あやは男性一人ひとりに個性と特長がある事自体はよくわかる。しかし、精神面で理解が全く出来ないのである。そのうえで自分は女性で、いつかはか弱い人物として、男性の筋肉体の男らしさを求める事が嫌なのだ。つまり「男性は嫌いだが筋肉体は必要だ」という考え方を拒んでいる。確かに男性でも、「女性は嫌いだが裸体は好きだ」と言って必要論に至る者もいる。ここで必要論とは、そういったものだとしよう。そう、そもそもそのような次元でしか異性愛に取り組めないのである。必要論の拒絶が一過性の空想の原点と認めて、女性同性愛を諦めて、必要論を甘んじて受け入れる道を歩む事は苦痛なのだ。
昼食を食べ終わった二人は教室棟2階廊下、2年生が行き交う通路を手を繋いで歩いた。学校中が、りおとあやの交際を認めている。元子役・浦川辺あやと、サッカー部・泉岳きらりとでは比較にならない程にあやが格上の存在に祀られている。りおの浮気に感づいている者も、この進学校・長空北高校で成績優秀者・神楽りおが、きらりを仕方なく相手しているという理解が主だった。
ドンッ
誰かがあやにぶつかった。
「いてぇ」と言う。
「すみません。先輩」
と1年生のあやは、先輩だろうと思って、謝った。
きらりだった。
きらりは、あやの顔をジーっと見ると、それ以上何も言わないあやに、
「ごめんね!」
と大きな声で言った。
プイッと、前を向いて歩きだすあやと、りお。
「面が割れてねぇらしい」
と、きらりは思った。
放課後。きらりは、学年順位を前回の360番台から280番台に巻き返していた。まだ下位層であるが勉強会は順調だ。教室で携帯電話をりおにかざして「りお、今日も一緒に勉強しよう」と言う。
きらりは、ニヤニヤしながら、
「終わったら御礼の儀式をしようじゃないか」
と言う。
りおやあやにはない、大きな丸い、きらりの胸。
りおは、
「今日は部活出る」
と、落ち着いた声で言う。
きらりは、
「あぁ、そうなんだ、うん、よし、じゃあ、私も部活に出るぞ」
と言って、女子サッカー部の練習に参加した。こういう日もある。しかし、女子サッカー部内では、修学旅行以来、きらりが半分以上休んで、活動を受験勉強にシフトしている事で、何度か部員同士が衝突していた。
「泉岳無しで練習が成り立たない。何が起きているのか」
女子サッカー部のメンバー達も、懸命に部活動に励んでいる。9月の大会が終わると現3年生が抜けて、部長も交代になり、チームを新生するセンシティブな時期にエースストライカーの欠席が目立つのは精神的にも支柱を失った状態だ。
「泉岳が今度来た時にきちんと相談しよう」
長空北高校女子サッカー部は大会ではいつも3回戦で敗退するレベルのチームだ。きらりはエースストライカーだった。9月までは現3年生の前部長とフォワードの二枚看板で、きらりも居心地が悪くなかったのだが、今ではその相方も引退して、潮時という感覚が背後に貼り付いている。
きらりは、修学旅行の少し前から、女子サッカー部の意識の低さに、幾ばくか嫌気がさしていた。一つでも多く勝とうとか、シード校には胸を借りるつもりでとか、チームを牽引する側の気持ちを考えろと思った。次期部長も辞退して別の生徒に譲った。そのひび割れたサッカー選手としての心に、肉体関係になったりおが、楔のように打ち付けられている。
確かにこの日の練習もランニングから、パス回しをして、実力は存在感のあるきらりだった。しかし、とうとう部員から、
「泉岳は勉強の息抜きで遊びに来てるんなら退部しろ」
と言われた。
きらりは、もっと成績を上げたいとか、りおと仲良くなりたいとか、そういう事で頭がいっぱいだった。そうやって練習中に別の事を考えているのだから、仕方が無いと言えば、仕方が無い。わからない周囲でもない。ただ、試合に出場すれば
「誰のおかげで勝ててると思っているんだ?」
ときらりは言い返した。その後、4対4のミニゲームで、きらりは、「お前らを鍛えてやる」と言い、ボールを持った選手に後輩だろうと容赦なく執拗にスライディングした。明後日から始まる
「ほら、ちゃんと低い位置からビルドアップしろよ!」
「これじゃ試合で出来る分けないだろ!」
「ノーファール!ノーファール!」
その後、1年生を負傷退場させ、顧問に注意された。
「危険だぞ」
業を煮やした2年生の部員が、反則スレスレでスライディングをし、きらりは転んだ。
「派手に転んだな。これがお前のした事だ」
きらりは、その後も大荒れで、やがて自分勝手に自主退場をした。
一部始終を見ていた顧問が、きらりを呼び止めて、部室に呼んだ。
顧問は、
「教員として言うが、両立できないなら勉強優先だ」
と厳しく言った。
きらりは、この際だから思った事を言おうと思い、 チームにいても自分一人で頑張っているような感覚に陥る事、周りは自分が頑張るのが当然の事だと思っている事、それでいて周りは意識が高いわけではなく、文武両道も荷が重いので、退部しようかと悩んでいる事を打ち明けた。
顧問は、
「一生懸命にやっているチームメイトを分かって欲しい。皆、声を掛け合って、信頼し合って部活動をしている。そのうえで、辞めるというのであれば、退部後の学校生活を見通して欲しい。今日の事で気持ちの整理がつかないのであれば、気持ちが整理できてから決断して欲しい」
と言い、
「教員として、こういう事は何度も経験しているが、10日程経って、ケロっと戻って来る者もいれば、最後の挨拶に来る者もいる」
と続けた。
きらりは、
「中途半端はダメって事ですか?私が一番実力があって、チームを牽引しているのに」
と、素直な気持ちを打ち明けた。
顧問は、
「チームメイトの輪の中で、毎日参加するというルールがあって、それが軸となって人間関係もあるわけだから。どのような答えになるとしても一生懸命やっているチームメイトは理解して欲しい」
と、あくまで他の部員が真剣にやっている事を強調する。
きらりは、愕然とし「いらねぇのかよ」と思った。そして「早退します」と言い、更衣室に行った。帰り支度をして、更衣室から出ると、まだ練習中の他の部員を尻目に制服姿で歩く。スカートが心地良かった。
すると件の部員が、きらりに寄って来て「何かあったのか?」と言う。
きらりは部員の顔を見て、鼻で笑って、
「お前ら、楽しいか?」
と言ってみた。
部員は頭を抱えた。
「『全然いいぜ』が泉岳だったよな。休むのは『全然いいぜ』じゃないんだ」
「そうじゃねぇ!!!」
「いや!そうじゃなくないだろう!」
「うるせぇ!」
きらりは、
「顧問から『しばらく来るな!』って言われたから」
と歪曲して伝えた。
部員は、何か察したように、道を開けたのだった。
きらりは、「大会はバックレだな」と思った。チームである以上の軋轢があって、それを払いのけたり、受け入れたりする。それとは全く別の感情として、チームメイトと勝利を分かち合いたい気持ちがあったはずなのに。
「勉強しなきゃ。受験は平等。前進だ、これは」
きらりは、自転車で帰ろうとして、裏門前の駐輪場まで行ったものの、まだ文芸部にいるであろう、りおにメッセージを送った。寂しかった。どうあれ今まで大切にしていたものが次第に壊れていき、最後は自分で叩き壊した。このうえ好きな女の
「全然いいぜ? 浦川辺が好きでも」
すぐに既読がついて、
「いまどこ?」
と返ってきた。
「まだいる」
「いるならいいよ」
「助かる。裏門の自転車置き場だから」
「帰るんだ?」
「そう」
「いいよ」
しばらくして、りおは来た。
「本屋さん行かない?きらり、成績伸びたから。新しい英語の単語帳を探そう」
きらりは、
「どうしてだ?」
と言った。
りおは、
「勉強でしょ」
と言った。
きらりは、
「そんなに優しいのはどうしてだ?」
という言葉を飲み込んで、
「女子サッカー部、クビになった。全然いいぜ。お前の恋人は浦川辺。勉強教えてくれ。そして『俺の』パイオツに浮気しろ」
と言った。
りおは、きらりのいう事を静かに聴いていた。きらりのように
きらりは、またりおの逞しい優しさに出会う事が出来て満足だった。こうやって、二人で過ごしていれば、いずれ大学にも合格するだろう。サッカーも、やりたい気持ちがあれば大学でまた同好会か何かに入れば良いだろう、フットサルという選択肢もある。
りおは、このような幸せに包まれていながら何故過去に『神様を頼って』時間を巻き戻したのか不思議だった。しかし、こう結論付けたのだった。過去にゴショガワラ交差点で大型車両に跳ねられて時間を巻き戻した時は、もしかしたら、あやは文芸部に入部せず、またきらりとも修学旅行で仲良くならなかったのかもしれない。そのうえで大学受験に失敗したから時間を巻き戻したのだろう。時間を巻き戻すと時間を巻き戻した既成事実以外は忘れてしまうから、あやと交際したり、きらりと仲良くなれたりする可能性も記憶として引き継げない。だから独り身で淡々と高校生活を送ってしまう事もあったのだろうと思った。そして、今この時間の続きを大切にしたいと思った。
「大切だからかな」
と、りおは素直な気持ちを言った。きらりも大切な理解者の友達だから、同性愛を受け入れて貰える喜びに、惜しみない優しさで返事をする事を躊躇ってはいけないと思った。
きらりは、微笑んで、嬉しそうに自転車に乗って、りおと二人で駅前の本屋に行った。サッカーからは離れてしまったが、このような日々が息災なく続けば良いのだと、思えるのだった。