戦勝パーティ。
簡単に言えば戦があった時にその功労者を発表したり労ったり犠牲者を悼んだり……なんかとにかくそういうアレだっていうのは流石のオレもわかってる。
しかし悲しいかな、オレは今までどんなに難関校に受かったとしても、いい資格をとれたとしても、褒められたり祝われたりした事はない。ので、そういう場で何をどうすればいいのか、正直に言えばさっぱり分からなかった。
「貴方はそのままでいいのよ、エリアスティール。わたくしは、貴方を立派なレディに育てたつもりだもの」
「お母様……」
「ふふ、卒業式に着る予定だったドレスがここで日の目を見るなんて、思わなかったわ」
ドレスに着替える前にはお風呂に入るだなんて作法は、当然オレは知らなかった。けれど、流石に最初の7日間にメイドたちに洗ってもらう事には慣れていたので、素直に風呂に入ってセコセコと洗われる。
けれどオレの髪にいい匂いのオイルを塗ってくれたのは、自分でもドレスに着替えないといけないはずのノクト侯爵夫人だった。
長い長い、大事に手入れされてきていたはずのエリスの髪は、たった数十日とはいえ旅の間に少しばかりいたんでいて、オレはそれには気付いていなかったけれど余程それが気になったのかノクト侯爵夫人は大事に大事に、自らの手でオイルを塗り込んでくれる。
母親に頭を洗ってもらった事のないオレは、女性はこんなにも優しく丁寧に髪を洗ってくれるのかと驚くばかりで、まるで髪の一本一本にも浸透させようとするかのように撫でてくれるノクト侯爵夫人の手を大人しく受け入れた。
それから魔術でパッと髪を乾かし、ドレスを着ていく。本来ならばここで髪を乾かすのはとても大変なのだそうだが、まぁ減らせる手間は減らしたほうがいい。何しろドレスを着るのも、アクセサリーを選ぶのもオレは初めてだ。
ほとんどをノクト侯爵夫人に任せているとはいえ、やはり時間はかかる。
しかもオレの髪はノクト侯爵夫人とは真逆の色。夫人は楽しそうに沢山のアクセサリーをひっくり返してオレの顔に当てたり胸元に当てたりと忙しく、けれど優しく笑っていた。
笑ってくれているノクト侯爵夫人を見て、素直に嬉しいと思う。
この回ではノクト侯爵が亡くなったことがついに大々的に発表されてしまうから、どうかギリギリまで笑っていて欲しいと。楽しんでいて欲しいと、心から願うのだ。
それにしても、と、足元を見る。
真っ赤なヒールを履いている足を隠しているのは、卒業式のためにと家族が仕立ててくれた新しく美しかった、赤いドレスだ。幾重にも重なるドレープは美しく、きっとアカデミーの卒業式でまとっていたなら注目の的だっただろう事は間違いのないドレス。
本来のエリアスティールの運命であれば、あの残酷な処刑で燃え尽きていたはずの、ノクト侯爵夫婦が心を込めてデザインしてくれたドレスだ。
きっと両腕があれば、長くて翻る袖も美しく見えるのだろうにと思うと、少し申し訳ない気持ちになる。
そのドレスに似合うようにアクセサリーを選ぶメイドとノクト侯爵夫人の朗らかな笑い声を聞きながら鏡の前でぼんやりとしていると、コンコンとドアがそっと叩かれた。
すぐに気づいたメイドが音を立てずにドアに寄っていき、細く開かれたドアの向こうに居る誰かとヒソヒソと話をしているかと思えば頬を真っ赤に染めて小箱を持って戻って来る。
どうしたんだろうと思って彼女の手元にある小箱を見ると、翼を持つ一角獣の背後に豪華な盾の刻まれている紋章が見えた。一瞬
多分どこかの家か国の紋章だと思うが、エグリッドのものじゃない。
「まぁ、これはユルグフェラーの……」
「はい! 騎士様がお持ち下さいましたっ」
あ、やっぱそうなんですか。
エグリッドの国章でなければ他にどこの国のものなんだ、と思いながらもうっすらと予想していた通りの国名を聞き、悔しいけれどちょっとグッと来てしまう。
中に入っていたのは、鮮やかなグリーンの宝石を使ったイヤリングと、明らかにキラキラした赤い宝石を使ったネックレスだった。
選んだのは、多分ジョンだ。だってこのグリーンはリリとフロイトの瞳を彷彿とさせるし、赤い宝石はオレとアレンシールの瞳を思い起こさせる。
この中にアイツの色がないのは、なんというか、アイツらしいとは思うもののちょっと淋しくも感じる。せめて少しくらい、アイツの目と同じ金色の何かを入れてくれてもよかったんじゃないのか?
折角アイツが珍しく国の力を使って手配してくれたってのに、そういう所はなんで遠慮がちなんだ。
「お母様」
「どうしたの、エリアスティール」
だから、オレはさっきノクト侯爵夫人たちが選んでいた中から一つの髪飾りを指定して「これをつける」と言い張った。
真っ黒な髪を飾る、細いけれど輝く糸のような髪飾り。
それを見た時にノクト侯爵夫人は、にっこりと笑ってくれた。
戦勝会は夕方からだったが、昼にちょっと軽いものを腹に入れてから準備にとりかかると時間はあっという間に過ぎてしまう。
ノクト侯爵夫人と共に衣装を整えたオレが廊下に出た時には、窓から見える空はすっかり赤くなっていた。マジかよ何時間経過していたんだ、とドン引きしてしまったが、廊下で待っていたメイドたちがニコニコしているのを見て疲れた顔を見せるのはやめる。
戦勝会のホールへは家族と共に歩き、ホール前の階段からは女性は男性にエスコートされて進むんだそうだ。そんな作法知らなかったけれど、まぁエスコートと言われるとそういう事だろうなと、思う。
アレンシールは相変わらず美しかったが、今日はその美しさに磨きがかかりすぎていていっそ眩しかった。銀色の髪にグリーンのリボンをつけ、しかし衣装は黒をベースにした大人しめのもので、ジークレインも騎士らしい格好だったがマントは黒だった。
ノクト侯爵夫人もドレスの色は濃く、黒いベールをつけていたからきっとこれは喪服なのだろうとすぐにわかる。
オレはいいのかと聞いたけれど、オレは功労者なので逆に明るいドレスを着るべきである、らしい。だから、胸元に黒いバラのブローチだけをつけて、オレは彼らと一緒に進んだ。
リリとフロイトと合流したのは、ホール前の階段に向かう途中の廊下だ。
ふたりとも白くて綺麗な服を着ていて、リリの頭には肩にとまっているキルシーとお揃いの真っ赤なリボンが巻かれている。ふたりとも手首に緑色のリボンを付けているのは、お互いの絆を表すものだろう。
驚いたのはヴォルガだ。いつもの半分くらいの身長になっているヴォルガは、不機嫌そうに「イベント中に警護をするには仕方がない」とぶつくさ言いながらも濃い緑のドレスを着ている。
多分、フロイトが彼女を少し小さくしたんだろう。生き物に使う時には長時間は使えない【縮小】だが、まぁ戦勝会の間くらいはもつだろう。
「ナオ」
なんとなく全員が正装しているのにくすぐったい気持ちになっていると、階段の下でエグリッドのものとは違う鎧を着た騎士たちに囲まれていたジョンがひょっこり顔を出した。
その服装は、一言で言えば「やべぇ」に尽きる。
元々アレンシールとは違う方向性でのイケメンだとは思っていたが、髪を整えて恐らくはユルグフェラーのものなのだろう正装を身に着けたジョンは、もう「ジョン」って感じではなかった。
いつもは長い前髪に隠れてはっきりと見えなかった金色の目も、前髪を上げて撫でつけている事でハッキリと見えるし、エグリッドのものとはどこか下手の違う正装はどこか厳粛で、あぁそういえばコイツ皇族なんだっけ、と思わせるだけの威力がある。
ていうかオレ気付かなかったけど……多分黒い手袋フェチだ。めちゃくちゃグッとくる。
「エスコートをしても?」
「あーらアタクシはお高くてよ?」
「あのアクセサリー付けてくれてるみたいだけど」
「くっそ、賄賂かよ」
「ウチの船にあったのをみんなが持ってきてくれてたんだ。みんなの目の色に似てると思って」
顔を半分眼帯で隠しながらも、にっこりと笑うその笑顔の威力はエグい。
みんなの目の色。その言葉がジョンの中でも今回の戦いが――いや、出会いが大事なものだったというのが嫌でも分かるし、けれどその中で自分を数に入れていないのがやっぱり寂しくて、悔しい。
ジョンが差し出してくる手に手を叩き落とす勢いで重ねてから、オレたちは目でみんなを確認してから最初に階段を上がった。
最初は【魔女の首魁】。その次はアレンシールとリリで、後にフロイトとヴォルガが続く。カイウス王子はすでに会場に居るだろうし、騎士たちはフロイトたちの後に続くので功労者の中で最初に会場に入るのはオレとジョンだ。
なんか、緊張する。ジョンは慣れているのかなんでもない様子だけど、それがちょっとムカついてちょっと意地悪をしてやろう、なんて気持ちになった。
「みんなの目の色って言うけど、金色がなかったよな」
「あぁそれは……うーん」
「だからさ、つけてみた」
「うん?」
オレたちが階段を上りきると、会場の中からデカいトランペットの音が鳴り響く。今回の戦勝会は、一般市民や騎士たちからも代表者が呼ばれているという。
ちょっとくらいお前も、恥をかけばいい。
「金色のチェーンの髪飾り。似合うだろ?」
「はっ……」
髪をバサッと靡かせれば、シャランと音を立てて髪に巻いた金色のチェーンが輝いて、音をたてる。
その色に気付いていなかったらしいジョンは目を見開いてオレの頭を見て、それを笑ってやりながらオレはエスコートの手をひっくり返して逆にジョンをエスコートしながら会場に足を踏み入れてやった。
ジョンが慌てて足をもつれさせているのがわかる。
カイウス王子が玉座の前で笑っている。
後ろからも、オレたちの様子に気付いたアレンシールやリリが笑っている。
ざまぁみろ、と思いながらその笑顔が嬉しくて、オレは満面の笑顔で真っ赤な絨毯の上を胸を張って歩いた。
拝啓、エリアスティール様
君の見た悪夢はもう来ない。
何度悪夢を見ても、何度だってオレが蹴散らしてあげるから大丈夫。
明日が来るなら、みんなで笑っていよう。
そのためにオレは今日も笑うから、君もどうか、そちらで笑っていて。
心より感謝と尊敬を込めて 敬具
北条直より