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第119話 それからそれから、

 ぶっちゃけた話、オレは自分が死ぬ事を覚悟していた。

 多分リリもフロイトもそうだったと思う。彼らに関して言えば、オレがなんかそういうノリで言っちゃった言葉を信じ込んじゃった所があると思うので申し訳ないなぁという気持ちもあるけれど、オレはオレでもう命を賭ける気マンマンだったので許して欲しい所だ。

 生きていたので万歳OK。

 腕は一本吹っ飛んだけどそれだけで済んでラッキー。

 そんな風に思ってもらいたい……

 と、生きている事を自覚した時には「完全勝利!」と大喜びしたものだったが、現実はそんなに生易しくはなかった。

 オレたちはまるで一度死んで生き返ったかのように身体中の筋肉が漏れなく硬直していて、ベッドの上で起き上がれるようになるまでも10日間の時間を必要とした。

 その間も油断すると身体中の体温を奪われて、フロイトなんかは一時期そのせいで命を危ぶまれたくらいだ。こんなんでは、本当に命を奪われていても仕方がなかったんだろうなと、自分たちはなんらかの奇跡が起きて無事に生きていたんだなと、思うしかない。

 きっと沢山の人が、前回戦ったという40人の魔女よりもずっと沢山の人たちが力を貸してくれたからこその奇跡。そう思う事にしている。

 そのおかげで、オレたち三人は毎日温かいオイルや風呂の中で専門の女官たちに身体のマッサージを受けてなんとか身体を動かせるようになり、体温の低下は一緒にベッドに入ってくれる人を探すことでなんとか凌いだ。

 ……勘違いしないで欲しいのだが、別に一緒にベッドに入ったからって色々やらかすわけじゃない。

 このエドーラという世界では湯たんぽみたいなものが開発されていないから、今みたいに体温が極端に低下した人間を温めるのはお湯の中にぶち込むか火の傍に連れて行くか人肌で温めるかしかの方法がないのだ。

 そうアレンシールに言われた時には死ぬほど絶望したけれど、これが意外にも目覚めた時に自分以外の体温があるというのは悪くはなかった。

 何しろオレは子供の頃から両親のどちらかと一緒に布団に入っていた記憶がない。

 物心ついた時にはすでに一人部屋だったので、本当に赤ん坊の頃から親に抱っこされて眠ったこともないのだろうと、思う。

 だから、目覚めた時にオレを包みこんでいる毛布にしがみつくように眠っている片目の男を見た時には驚きもしたけれど、それが物凄くあたたかかったものだからうっかり二度寝なんてものもかましてしまった。

 リリはリリで、「弟妹といっしょに寝ていた時を思い出しました!」なんてニコニコしていたが、お前の後ろに立っているウチの長男が言って欲しい感想はそれではないんじゃないかと思ったりなんかもしたものだ。まぁ、多分本人は気にしていないのだろうけれども。

 そうじゃないと流石に、流石にじゃあないか……?

 問題はフロイトだった。魔女とはいえまだ成人前の男の子。しかも誰かと一緒にベッドに入ったことのない彼といっしょにベッドに入りたがった女は勿論山程いた。別に異性でなくてもいいんだけど……という言葉は、流石にオレとリリからは言う事はできない。悪い前例だ。

 最終的に、フロイトはヴォルガの腹の上に乗っかって寝た。

 フロイトの身長は、正確には測っていないが170ちょっとくらい。ヴォルガは余裕で3メートルは越えているので、クッションを敷いたヴォルガの上にフロイトが乗っかればちょうどいいベッドの完成というわけだ。

 流石にヴォルガは最初「いいのかよ」なんて言ってたが、エルディが「アタシでもいいんだぜ?」なんてニヤニヤしていたのを見て受け入れる事を決めたらしい。

 何しろその時のフロイトは低体温で今日か明日かという状態だったのだ。今まで一番触れ合ってきた護衛の腕の中が一番安心するだろうと、カイウス王子始め誰もが思ってもおかしくはない。

 が、

「位置的にヴォルガの胸の間に頭が埋まるんじゃねぇのか、アレ……」

「こら……」

 ヴォルガがフロイトと寝るために鎧を外して女官たちとフロイトの部屋に消えていくのを見守りつつ思わず言った言葉は、ジョンとジークレイン兄上の左右からの肘鉄で押し留められた。

 おかしい。

 アレンシールだって「リアルぱふぱふだね」とか言いかけたというのになんでオレだけ叱られたのだろうか。

 フロイトの体調が安定してからは、共寝役としてノクト侯爵夫人が入る事もあってちょっとうらやましかったのはナイショだ。フロイトは目が見えないのでわからないだろうが、あの美しい未亡人と同衾しただなんてちょっとした自慢になるだろう。

 というか、ジョンは薄いとはいえ服を着ていたしオレは毛布でぐるぐる巻きだったが、もしかして女官たちのソワソワしている様子を見ると全裸で寝るのが普通なんじゃなかろうか?

 ハッとしてちょっとアレンシールとその辺を語らいたくはなったが、それはそれで自分に特大ブーメランを食らいそうなので話せるタイミングはなかった。これが自分が無関係だったら、アレンシールをどっかの小部屋に連れ込んででも滅茶苦茶話してやるところなのに。


 そんなこんなで、オレたち魔女が完全に動けるようになるまでは一ヶ月が必要だった。

 起きれるようになったからといって動けるようになったわけではなく、ベッドに起き上がれるようになってからは体温は安定したものの筋肉は相変わらずだったのでマッサージが続けられた。

 フロイトが魔術を使えるようになるとさらに容態は安定したものの、筋肉の強張りばかりはどうにもならない。

 それでもリリとフロイトはひと足早く動けるようになってアレンシールやヴォルガを連れて城の中を散歩したり、騎士たちの訓練を見に行ったりとしていたようだけれど、オレはなんとなくそんな気分になれなくてノロノロと部屋の中でのリハビリに励んだ。

 ジョンが、外に出たがらなかったからだ。

 主にオレの介助についていてくれていたジョンはあまり外には出たがらなくって、オレが散歩に出る時の介助は必ずカイウス王子だった。

 その割に自国の騎士たちとはバタバタ動いているのが納得いかんが、カイウス王子が付き合ってくれると言うならば付き合ってもらったほうがいいだろう。一応の立場的に。

「王子直々に……よろしいんですの?」

「お前たちはこの世界を救った功労者だ。このくらいさせてもらわねば王家の名が廃るであろうよ、エリアスティール」

「まぁわたくしはよろしいのですが……ご令嬢たちの視線がチクチクしますわ」

「そうとは思っていないくせによく言う」

 【蒼い月の男神クトルット】教の大神殿は、全てが終わった後に解体される事になった。本来はこの世界を作り出した2つの月の神の一人なのだから信仰を解体するというのもどうなのか、とは思ったのだけれど、今後は【赤き月の女神ストレガ】の布教と併せて【白き月の双子神】と呼ぶ事になるのだそうだ。

 元の世界の知識のあるオレとしては「青と赤じゃ白にはならない」と思ってしまうのだが、残りの緑は大地を意味するものとして新たな宗教画が描かれるとアレンシールが言っていた。

 それを聞いてちょっとホッとしつつも、今まで【蒼い月の男神クトルット】を信仰していた人々にとってはとてつもなく大きな時代の変動だろうな、と思わずにはいられない。

 全ての動乱を知っている者たちだけでこの世界が構築されているわけではない。

 寧ろ、オレたちの今回の戦いの事は知らない人間の方が圧倒的に多いのだ。それなのに、一般市民たちはその結果だけを押し付けられ、将来に変化が訪れる。

 しんどいだろうな、と、思う。

 信じていたものが「そいつらはクソだ」なんていきなり言われても、オレならすぐに切り替える事は難しいだろう。

 試験を受けられず家に逃げ帰り、家族から罵倒されて追い出された時ですらしばらくは何も考えられなかったのだ。生活の規範であったものが諸悪の根源だったと言われてどうしてすぐに受け入れられるだろう。

 でもそこはフロイトが居るからと、カイウス王子は言っていた。

 フロイトは魔女だが、【聖者】と名をつけられた存在でもある。最後の戦いにも白い司祭服で赴いたのだ。その存在はきっと、規範を失った【蒼い月の男神クトルット】を信じる人々のしるべとなるだろう。

 皮肉にも、バルハムが望んでいた【聖者】としての役割は、フロイトがそのまま引き継ぐ事になるのだ。

「お前は、これからどうするつもりなのだ」

「あー……どうしましょう。卒業しましたし……こちらの世界では卒業した女性は一体何をするのが普通なのですか?」

「そうだな。貴族女性は通常、アカデミーに居る間に婚約者を作り卒業と共に婚姻するな」

「おっふ……ライトノベル……」


「貴様の父は元々、お前をこの俺の婚約者に推すつもりだったと言っていたな。どうする? エリアスティールよ。父の望みを叶えてみる気はあるか?」

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