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第74話 魔女は語る・2

 エグリッド王国の王城は案外地味だ、なんて他国から言われていると、リリは教科書で読んだことがあった。

 赤茶色を基調にした壁はシックと言えばいいかもしれないがどこか土っぽくて地味で、差し色の黒や赤なんかも全体的な暗さを助長させているとかなんとか。

 そんな事を授業で生徒たちに話している教師は胸からこの国の国教のペンダントを下げていて、今にして思えばあえて王城を下げていたのかな、なんて思ったりもする。

 後から知ったことだが、国王陛下は何年か臥せっていて王太子殿下が国王としての仕事を代行しており、それもあったのかもしれない。国政を握れぬ国王をいつまでも玉座に座らせておけないと文句が出ていてもおかしくはなかった、のだろうか。

 リリはあまり政治については明るくないのでそこは想像でしかないが、王宮と【蒼い月の男神】教があまり仲良くないというのは庶民の彼女だって何となく察していたことではあった。

 いつの頃からかアカデミーでは【蒼い月の男神】の勧誘が多くなり、リリの後輩の世代には宗教論の授業が必須科目として追加されたとも聞いている。

 アカデミーは王家が作ったものであり、追加される授業であったり重要な授業であったりは必ず王家の承認が必要だったはずだが、アレはちゃんと王家を通したものだったのだろうか。

 幸いリリは宗教論の授業は取っていなかったし最終学年でも取る予定はなかったけれど、このままだともしかしたら最終学年でも必須寡黙になっていたかもしれないと思うと、なんだかとても嫌な心地がした。

 リリは今まで宗教というものにあまり興味を持ってこなかった。

 国教だけあって毎週の休養日に行われるミサであるとか、それを示す教会の鐘の音なんかはとても身近なものだったけれど、リリの家の人は出れもミサには行かなかったしリリだって教会に足を運んだことはない。

 休養日とは、休養を取る日という名はついているが商売をやっている家にとっては客が多く来てくれる大事な日だ。

 リリだって「報酬は出すから手伝ってほしい」と近所の知り合いの店に願われて手伝いに行ったことは沢山あるし、何もなければこれからもそういう日になるだろうと、そう思ってもいて。

「綺麗なお城ですねぇ」

「地味な城とも呼ばれているようだがな」

「でも、街と馴染んでいて、わたしはとても好きです」

 王城までの道はやけに静かで、誰も居ないのが不気味なくらいだった。

 まるで世界中に自分たちだけしかいないような違和感にジークムンド辺境伯が剣を抜いたまま歩いていて、キルシーが警戒しながら空をくるくるとま飛び回っているほど。

 フロイトは元々の王都をあまり知らないのかこちらの様子を見て不思議そうな顔をしているが、リリにだってこの状況がなんだかおかしいのだけはわかる。

 自分たちが居ない間に王都から人が消滅してしまったんだろうか。リリは、そこそこ真剣にそんな事を考えていた。

 しかし王城が近付けばきちんと衛兵が居るのもまた違和感でしかない。

 ジークムンド辺境伯は無言で剣をおさめると、リリたちを手で制してから小走りに衛兵の所に近付いていった。彼に反応をしているということは、あの衛兵たちはどうやらちゃんと生きている人たちのようだ。

 ちょっとだけホッとして、リリは空を飛んでいるキルシーに身振りで指示を出す。

 指示は先に王城へ行くようにという、簡単なものだ。出来れば王太子か、国王陛下やノクト侯爵たちが休んでいる部屋を見つけることが出来ればもっといい。

 ノクト侯爵たちがこの城に居るかどうかはわからないが、王太子殿下が正常な思考の持ち主であれば彼らはきっとここに匿われているだろうと言ったのは、アレンシールだった。

 もしかしたら家族が害されているかもしれないのにとても冷静に現状を分析したアレンシールと彼に寄り添うエリアスティールを思い出して、リリは少しだけ強く拳を握る。

 リリの家族は、この王都で殺された。

 どこに墓を作ったのか、そもそもきちんと埋葬されているかもわからないが、アレンシールはきちんと弔うと言ってくれたのでそれを信じて預けることが出来た、家族。

 その家族というものが、リリの中では時折ぐらりと、揺れる。

 だってリリは、自分の母が魔女であるという事を知らなかった。フロイトという兄弟がいた事だって知らなかった。

 フロイトが何故神殿に居たのか、そもそも両親が何故フロイトを手放したまま取り戻そうとしなかったのか、リリは知らない。家族はもうフロイト以外生きていないのだから、聞くことだって出来ない。

 知っていたらなんだ、教えられていたら何か出来たのか、という話しでもあるかもしれないけれど、リリにとっては重要なことだ。

 だってまだ、リリはフロイトの事を正面から見ることが出来ない。

 兄弟が居た、生きていた、自分は一人ではなかった。

 その事実が嬉しかったのは、彼と出会ってから数時間程度のもの。兄か弟であるところのフロイトは自分と同じ金色の髪と緑の瞳をしていたから血縁関係は間違いないのだろうが、なんで母はフロイトのことを教えてくれなかったのか、ということばかり気になってしまってフロイトを正面から見ることが出来ない。

 だって、フロイトは神殿で酷い目にあっていたっぽいことを言っていた。彼は言葉を濁したりしていたが、神殿での生活はきっとリリの生活とはまるで違うしんどいものだったに違いない。

 彼の暮らしてきた日々を想像すると、もしかしたら彼の位置に居たのは自分だったのではないか、という気持ちも湧き出てくるからとても、不安な気持ちになるのだ。

 母は、父は、「それでいい」と思っていたんだろうか。火事の焼け跡から探そうとかは、しなかったのだろうか。

 フロイトを取り戻すとか、そういうことをしようとはしなかったんだろうか。知らないままだったのだろうか。

 なんで自分たちは、引き離されていたのだろうか――


「リリ」


 悶々と考え込んでいると、フロイトがツンツンとリリの腕を指先でつついた。

 何事かとフロイトを見ると、フロイトは目の上の布のせいでリリとは少しばかりズレたところを見ながら

「辺境伯が呼んでるんじゃないか?」

「え、あっ……」

「行こう」

 フロイトはリリの手を取ると、足元を守るためにとヴォルガに持たされた長い杖で地面を叩きながら前に進んだ。

 門の方を見れば、ジークムンド辺境伯が今まさに開かれようとしている門の前でコチラに向けて手を振っている。彼が呼んでいたことに、リリはまるで気付いていなかった。

 それほどまでにどっぷりと思考に沈み込んでしまっていたのかと、ちょっとだけ恥ずかしくなる。

 たまに、エリアスティールが今のリリのように思考の海に入っているのを見たことがあった。エリアスティールは素晴らしい才女で、美しくて、優しくて、頼もしい人だ。

 だからリリは彼女の事が大好きで、尊敬していて、彼女がじっくり考え込んでいる時には邪魔をしないでおこうともじもじしながら見守っていたりして。

 恥ずかしい、と、思った。

 エリアスティールは自分たちを導いてくれる人だ。だから、彼女が思考にふけっている時はイコールで自分たちを守り導こうとしている時であるとも言える。

 なのに自分はこんな情けないことしか考えていられないのかと、リリはなんだかすごく恥ずかしくって、なんだかすごく、情けない気持ちになった。

 王城に来る時にはビシッとフロイトとジークムンド辺境伯を守ってやろうという気持ちでいっぱいだったが、これでは先が不安になってしまう。キルシーが近くに居てくれないということだけでもこんなに不安になるだなんて、思わなかった。

 リリは、フローラで戦った時に手にほんの少しだけ残った火傷の跡を拳の中に握りしめながら小さく小さく、フロイトに聞こえないくらいに小さく、ため息を吐いた。

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