「……聞いたよ」
少しの間を置いて、オレはそうとだけ言った。ジョンはちらりとコチラを見たが、すぐに「そっか」とだけ言って黙り込む。
こういう状況で何をどう言えばいいのか、オレには良く分からなかった。
ジョンの身分がアレで、戦争の火種にもなり得ない状況になってしまって、どういう理由かは知らないがここで生贄の儀式に巻き込まれかけていた。
それが偶然なのかどうかはオレにはわからないけれど、少なくともピースリッジでの出会いは偶然だったと思う。
誰かがオレたちの出会いを操作していたとして、キルシーを怪我をさせる所までは出来るだろうがコイツがあんなをボロボロの状態にしておくのは難しいだろう。
でも、フローラの神殿での戦いにしても今回のこの神殿での戦いにしても、ジョンが発端になっている事は間違いない、ところはある。
もしかしたら避けられていたかもしれない戦いを、オレはジョンのために飛び込んだのだ。
まぁ、一応、アレだ。フローラにおいても一般市民は巻き添えになっていたし、今回だって元々神殿を調べる気があったのだから全部が全部ジョンのためではない。そこは、本人にもきちんと言い含めておきたい所だ。
オレたちの出会いは偶然で、その先にあった戦いもまたオレたちが選んだだけ。
だから、ジョンの身分とかそういうのは、関係ない話なんだ。
「……お前の国では、魔女って居るの」
ぽつんと聞けば、ジョンは目元を隠していた腕を持ち上げてオレをチラリを見た。
アレンシールの消えていった小部屋の方を見ていたオレには、彼がどんな表情をしているかとかは見る事は出来ないけれど、そのくらいはわかる。
それからジョンは腹の上で手を組んで、天井を見つめながら数回口を動かしてから「ふー」とめちゃくちゃ長い溜息を吐き出した。
「……魔女っていう存在は、居ない。失われた過去の遺物として、魔術の伝承とアイテムが少しあるだけだ」
「マジかよ。魔術ちょー貴重じゃん」
「貴重だよ。王族とか、そういう血筋の人間に似たような力が生まれるか生まれないかってくらいの確率だ。それでも、お前やリリちゃんみたいな凄いのは居ない」
「そういえば一人追加されたんだよ。女じゃないから魔女じゃないけど」
「何人居るんだよこの国には」
「さぁなぁ」
そうだ、オレたちはまだフロイトをジョンに紹介していない。
リリとそっくりで男の子にしては可愛い顔をしているから、きっとジョンも驚くに違いない。ジョンはオレには絶対言わないくせにリリには「可愛い」という言葉を惜しまなかったから、もしかしたらフロイトのことも気に入るかも。
それはそれで色々アウトっぽい気もするけど、なんかコイツなら許されそうな気がするからやっぱりイケメン補正はずるい。
実際オレはアレンシールがフロイトやリリに「可愛い」と言っていてもあんまり気にならないもんな。やっぱリリ可愛いよなわかる、とか、そんな風に思うだけで。
「黙ってて悪かった」
少し間を置いて、ジョンが小さくて消えてしまいそうな声で、そんな事を言った。
黙ってたのは、間違いなく身分とか、そういう事の話だろう。
言わせてもらうなら、オレもアレンシールもリリも、ジョンが名前や素性を隠していることには気付いていたし、なんなら貴族かなんかだろうってこともなんとなく分かっていた。
でもジョンは、それを今まで気にしていたんだろうか。
出会ってすぐから? 祭りの最中にも……もしかしたらここまで運ばれている最中にも、気にかけていたんだろうか。
だとしたら馬鹿だ。
あの時ジョンは誰かに襲われた、みたいな話をしていたし身分が身分だ。そんな経験をしていたら自分の身分を隠すのは当たり前のことだし、この国の人間を警戒しても不思議じゃないだろう。
「……よく、あの時儀式を許したよな。怖くなかったの」
もっと言えば、キルシーを救うためとはいえ突然行われた儀式にだって拒否感を抱いてもよかったはず。
いくら年下の女の子だろうと、オレやリリの事をもっと警戒していてもおかしくはなかったのに。
オレたちがジョンを受け入れたのが不思議なら、そもそもコイツがオレたちを受け入れたのだって不思議だ。あんなに大事なキルシーをオレに預けたのも、何か確信があってのことだったのだろうか。
「わかったからな」
「なにが?」
「……これは結構マジな話で国家機密なんだが」
「おいやめろ。何言うつもりだよ」
「オレは、人の感情が読めるんだ」
両手を天井に向けて真っ直ぐ伸ばして、ジョンは一つしか無い目でその指先を見ているようだった。
オレは一瞬「は?」とか言いそうだったけれどそれを飲み込んで、同じようにじっとその指先を見る。
あんなに正確無比にナイフを投げるというのに、ジョンの指先はアレンシールやヴォルガのものとは違ってスルッとしていて、あまり戦い慣れていなさそうな指だった。
「オレたちの国では、王族にだけ出る可能性のある特技みたいのがあってさ。オレのはくっそ弱くて、お前たちの魔力みたいなものでもないから役立たずでしかなかったんだけど、キルシーを預ける時お前の手にちょっと触って……その時に、あぁコイツはマジで心配してんだって、わかったから」
「……それって、心がわかるってこと?」
「ンなわけない。くっそ弱いつったろ。魔女みたいな力じゃないし、本当に限定的な――催眠術みたいなもんかもしれない。でもオレはこれのお陰でキルシーの気持ちがわかって……あの時も、お前たちを信じても大丈夫だってわかった」
なるほど、と、ストンと納得がいった。
普通の人間が動物と心を通わせるなんてことは無理な話で、【魔女】たちみたいに使い魔にしてやっと会話が出来るようなものだ。
それくらいに人間と動物が共通して持っているものは「感情」くらいのもので、会話なんて成立するはずがない。
それでもキルシーとジョンが心を通わせていたのは、ジョンが持っているほんの些細な、けれどとても彼らしい力のお陰だったということだったんだ。
「……あぁ、だからさっきお前、オレに大丈夫だ、って」
「あぁ、まぁ、そうだな。感情が読めればある程度、落ち着かせたりすることは出来るから……」
「くっそ弱くないじゃん。めちゃくちゃ凄い力だよ、それ」
ちょっと興奮気味に言えば、ジョンは不思議そうな目でオレを見た。
あ、これ嘘ついてると思ってるな? って顔だけど、オレとしては冗談とか慰めとかそんな気持ちで吐き出した言葉なんかじゃない。
あの時にジョンがオレを落ち着かせてくれなかったら【雷槍】はそもそも発動失敗していたかもしれないし、そうなればあの異形にもっとダメージを食らっていてもおかしくなかった。
そもそも魔術ってものは発動を失敗すると自分に思いっきりダメージを食らうものだから、発動成功させられただけでも大きいものだ。
ジョンはきっと、ソレを理解していない。
「凄く落ち着いたんだよ、あの時」
ジョンを助けられたこと、そのジョンが「大丈夫だ」と断言してくれたこと。それらも重要だったけれど、何よりもオレのやることに確信を持っていてくれたというのが、あの瞬間のオレにはとても大事なことだったのだ。
不安で不安でしょうがない時や、自分のやっていることが正しいか不安になっている時。そんな時に「お前は間違っていない」と確信を持って言ってもらえることがどれだけ頼もしいことか。
どれだけ、安心させてくれることか。
「お前はくっそ弱いとか、役立たずとか言うけど、使い所によっては凄い強い力だろ、ソレ。勿論使い方や場面によるかもしれないけど、オレみたいな考え込みやすいタイプにはめっちゃ心強い力だわ」
「……心強い?」
「そうだよ。だって、多少パニクってても気付いてもらえるかもしれないって思ったら、最後の切り札が一枚増えたような気持ちになるじゃん」
それってめちゃくちゃでかいことだ。
オレがパニックを起こしたり魔術の発動を躊躇するような場面があっても、ジョンならきっとまた気付いてくれるんじゃないかって思えるから、そうなっても大丈夫だっていうことまでセットで考えられる。
精神的に落ち着けるのは強い。
マジで、日常生活においてもそれってなんていうか、焦るとか怖がるとかそういうのをおさえられるかもっていうだけで、本当に強いんじゃないかと思う。
もしかしたらオレもアレンシールもどきになれるんじゃないかって思ったら、余計だ。
そう言ってやると、ジョンはぶはっと吐き出して笑った。
なんだそりゃ、とあまりにも笑うのでなんかムカついて、笑うなと起こればコイツは余計に笑う。
それに腹が立って床に転がっていたあの不気味な本を持って立ち上がってもう一度腹の上に本を落としてやると、流石に痛かったのかジョンからカエルを潰したような声が、上がった。