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第69話 魔女の首魁と後ろ盾

「アルヴォル! お兄様をお願い。聞こえていないのだわっ」

「はっ!」

 オレには、いや、エリスにはリリのような大きな破壊力のある魔術はない。攻撃呪文ならば無数に思い浮かぶけれど、リリと同じだけの破壊力のある呪文なんていうものは、流石に思い浮かばなかった。

 だがそれでも、エリスは【魔女の首魁】だ。

 【火】であれだけの火力を出す事が出来なくても、もっと大きな魔術を叩きつけてやればいい。

「大きく……大きく……!!」

 アルヴォルがアレンシールの腕を掴んで警戒を指示する。

 鼓膜を損傷してそこでようやくオレが大きな魔術を使おうとしている事に気付いたらしいアレンシールは即座に後方へ飛び退いて異形から距離をとった。

 その後を追うように、【魔女の異形】が動く。

 太い腕を振り上げて床に叩きつけ、へし折れる女の細腕などまるで気にしない様子で床を這ってアレンシールの方へ向かっていった。

「下がりなさい!」

 遮るように、【雷鳴】の魔術を展開する。

 文字通り雷の音の如き速度で落雷を直撃させる単純な魔術だが、単純でありながらもその破壊力はエリスの覚えている魔術の中でも特段に強い。

 ただ、集中時間が足りていないのはどうしようもなかった。

 一瞬だけ視界を紫にも黄色にも感じる雷の輝きが支配し、エリスの魔力によって収束した雷撃が【魔女の異形】を貫く。

 音もなく悲鳴をあげのたうつ【魔女の異形】からは黒焦げになった何人かの死体が煙をあげて転げ落ち、しかしその範囲は思ったほどでもなくて舌打ちをしてしまう。

 エリスの記憶の中では、この【雷鳴】は一撃でも十分な威力を持っているが長く長く集中すればするだけその威力も増していくと書かれていた。

 集中し、魔力を練り上げていけばいくだけ輝きが増しその範囲も威力も強大になっていくものなのだ、と。

 だからこそダミアンには、ただ強く練り上げただけの【雷】を撃った。速度にも威力にも自信がある、エリスが得意としていた呪文。

 しかしダミアンは周囲に液体を撒き散らしていてそれが酸であったから【雷】の威力が十分であっただけで、血液すらもろくに流れていない生身の【魔女の異形】には【雷鳴】ですら思ったほどの威力が出ていなかった。

 神殿にはリリが来るべきだったのかもしれない。

 頭にそんな考えが過って、次に練り上げようとしていた【雷鳴】の魔術の集中が揺らぐ。

 オレが魔術を放った後にアレンシールは再び剣を振り上げて【魔女の異形】を牽制しているが、オレは攻めあぐねてしまった。

 時間をかけてデカい魔術で一撃で仕留めるべきなのか? でも、一撃で倒せなかったらどうする?

 アレンシールと共に少しずつあのツギハギを解体していくべきなのか? でも本当にアレは「無くなる」のか?

 ぐるぐると考えが頭の中を巡っていって、いつまでたっても【雷鳴】に力がこもっていかない。


「エリス……」

「ひぇっ!!」


 アレンシールの安全をとるべきか、それとも一撃で倒すべきか。ぐるぐるぐるぐる考え込んでいたオレは、突然肩を掴まれてそれこそ飛び上がってしまうほどに驚いた。

 背後はまったくもって完全に無警戒で、よくよく考えれば本当によく背後から奇襲されずに済んだなと思ってしまうような、そんなタイミングだ。

「ジ、ジョンッ! 目覚めたのっ!?」

「うっ……デカい声出すなって……吐く……」

「ここで吐くなっ!」

 肩に食い込む指先の主は、身体に力が入らないせいか完全にオレに体重を預けようとしている救出対象、だった。

 真っ青な顔でカッサカサの声をしているジョンは、明らかに調子がよくなさそうだ。しかもアレンシールと同じように耳から血も流しているし、彼も鼓膜を損傷しているのは間違いがない。

 オレは出来るだけ【雷鳴】の魔術を維持しながらグッと押し黙った。

 呼吸が荒いジョンは今にもしゃがみこんでしまいそうで、彼の言葉通り今にも吐いてしまいそうなのかたまに呼吸に嗚咽が交じる。

 こんな様子でよくもまぁ起き上がってこれたものだ。

 感心すると同時に、一先ずジョンが生きている事を確認してホッとする。

 ……コレで一先ずは、ユルグフェラーとの戦争は回避出来たからだ。ソレ意外には、特に理由はない。

「エリス……デカい魔術……今、持ってる?」

「デカい魔術……? え、えぇまぁ……」

「そのままじっと続けて……アイツ、見てて」

 ここまで水分を得ていなかったのかジョンの唇はカサカサで、声にもまったく力がない。

 会話をするのもしんどそうな彼の言う「デカい魔術をもってる」という言葉の意味が一瞬理解出来なかったが、「今チャージしてる?」と言いたいのだと勝手に解釈をする事にして頷いておく。

 なんでコイツ、オレが今デカい攻撃魔術をチャージしている事に気がついたんだろう? って事は今は一先ず置いておくべきだ。

 ジョンくらいに戦闘に長けていれば、こういう状況で攻撃魔術で敵をふっとばすのが正しい、と判断出来ていてもおかしくはない。まぁ、ユルグフェラーに【魔女】とか、ソレに類する存在が居るのかどうかは定かではないが。

「落ち着け……大丈夫だから……」

「……?」

 はー、とため息を吐くジョンの呼気は、ほんの少し血の匂いが混じっている。

 それがこの場の空気のせいなのか、それとも本当に彼の口内から血の匂いがしているのかはオレには判断出来ないけれど、何となく嫌な感じがして――でも、ジョンの言葉はやけに落ち着いた。

 掴まれている肩は痛いのに、ジョンの無事を確認した途端にストンと喉の奥に焦りが滑り落ちて消火されたような、なんかそんなちょっとよくわからない感覚になる。

 思っていたよりもコイツの救出に焦っていたのだろうかとか、そんなちょっとズレたことを考えていても【雷鳴】のチャージが外れないくらいには落ち着いて、一呼吸置くことが出来た。

「良く見ろ……見えるか? 多分、同じ【魔女】なら見えるんじゃないかな……」

「はぁ? 何が……」

ろ」

 思わぬきっぱりとしたジョンの声に、オレはちょっとビクッとなりつつも視線を【魔女の異形】に戻す。

 こちらの様子を伺いながら【魔女の異形】を牽制しているアレンシールの足元にはいつの間に片付けたのか異形から脱落した死体が沢山転がっていて、アレンシールを庇うように立っているメイドさんは拳に何か装備しているのか無言で【魔女の異形】をボコボコにしている。

 ――……メイドさん!? メイドさん何!? どこから来た!?

 ジョンも今まで気付いていなかったのかメイドさんの出現にちょっとビクッとしていたが、しかし彼女の足元にさっき一瞬だけ見た真っ黒なマントが落ちている事に気付いて、びっくりしつつも納得する。

 嘘じゃん、とは思うが、一つ納得をするとさらに胸が落ち着いていくようで、オレは長く細く、息を吐き出した。

 ふーー、と長い息を吐き出すと、さっきまでのパニックが嘘のように【雷鳴】がスルスルと練り上がっていく。

 ジョンの言う「ろ」は、コレじゃないのはわかっている。きっと彼は何かを教えようとしていて、何かを見せようとしているんだ。

 わかっている。わかっているけれど、一度だけ目を閉じてから――ゆっくりと、開いた。

「いいぞ……今のお前なら見えるはずだ……アイツの、弱点」

「弱点……?」

 同じように長く息を吐いたジョンがオレの肩にだらんと両腕を乗せて垂らして、呻きながら体重をかけてくる。

 重い。重いが、これが生命の重みなのだと思うと、不思議と落ち着いた。

 まるで何か外から力が働いて強制的に精神がフラットにされているような違和感はあったが、何となくそれも嫌な感じではない。

 誰かに導かれる事で今まで出来なかった事が出来るようになっていくのは、オレにとって決して嫌なものではないのだ。

 もう一度目を閉じて、ゆっくりと開く。

 そうやって数回瞬いていくと、【魔女の異形】が地面にこすりつけていた足を大きく振るってアレンシールとアルヴォルを薙ぎ払おうとした。

 そこは歴戦の戦士である二人だ。咄嗟に大きく後方へ跳んで回避するが、一体何の作用かアレンシールの胸部とアルヴォルの両腕を大きく切り裂く。

 アレも音波だ。【消音】が残っていて聞こえないだけで、音波の鎌が二人を切り裂いたのだ。

 怒りと焦りに、一瞬だけ集中が乱れる。


「落ち着け。大丈夫だ」


 もう一度、背後で落ち着いたジョンの声が聞こえた。

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