「聖堂には誰も居ないようだね……」
オレが思考に沈んでいる間にホール部分の索敵を行っていたらしいアレンシールが、小さな声で言う。といっても、大聖堂のすぐ外には誰か居るはずだから大きな声で話すわけにも大きな音をたてるわけにもいかないので、オレたちは互いの顔を見て頷き合うという古典的なコミュニケーションでもって大聖堂へ入った。
地下への階段は、勿論エリスの記憶にはない。
でも、場所が神殿で地下への階段、となると、オレに思い浮かぶのは一箇所しかない。日本人ならわかる、古典的な隠し階段の場所。
「「あの教卓の下」」
同じことを考えていたのか、アレンシールも同じ場所を見ながらぼそっと呟く。
教卓、なんて、これも日本人にしか通じないだろう言葉で揃って笑ってしまいそうになるのを必死でこらえる。
あの教卓、というのは、大聖堂の中で一段高い所にある聖職者が信者に教えを説くあの机のある場所だ。大体は机には聖書を置いて話をするらしいが、ここの机は大きくてレースだとか宝石で装飾がされててゴテゴテで、とにかく重そうだ。
日本のゲームでは、結構な確率でこの机の下に隠し階段がある。イングリッド夫人とヴォルガが居たら通じなかっただろうが、同じ日本人だったアレンシールには言葉に出さなくても通じていたようでやはりちょっと面白い。
そして、オレたちは迷うことなく壇上へと歩を進めた。
「いかにもって感じだね……」
「ですわね。となると、どこかにボタンがある気がしますわ」
「いかにもだね」
「ふふっ」
こんな状況だというのに、ボタンを探している間に笑いが漏れてしまう。
そのボタンだって大体にして机の裏とか、引き出しがあればその内側とか……装飾品に隠されているとか、そういうパターンだろう。
そう思いながら二人で机を探ると、すぐに机の側面を見ていたアレンシールが笑いながら「あった」と言う。見れば、ゴテゴテに装飾されている宝石の中の一つが明らかにおかしな色をしていた。
おかしな、と言っても遠くから見れば何の問題もなさそうな色で、何の問題もなさそうな外見をしている。
おかしいのは、その宝石が明らかに固定されているという所だ。オレはアレンシールにつられて笑いそうになりながら、無言で【消音】の呪文を机に展開させるとその宝石を押した。
果たして、机はまるで自走するかのようにジワジワと動いていく。
もしも【消音】をかけていなければゴゴゴゴゴとかギギギギギギとか音をたてて動いていたかもしれないが、あいにくと魔術で音を消していると机が動いている音はまったくしない。
それがまたちょっとゲームっぽくて面白くって、二人でちょっと笑ってしまう。
そんな場合じゃないと分かっていても、あまりにもお約束な事が続くと笑ってしまうものなのだ。
机の移動は、3分ほどかかった。あまりにも動きが遅かったので何となく数えだしたものなので確実な数字ではないが、つまりはそれだけ時間がかかったという事だ。
机はでっかくて重そうだったし、この世界にはまだ車というものはない。となるとそのくらい時間がかかっても仕方がないが、案外暇な時間なんだなと、ゲームでは一瞬のことだけに無為な時間を過ごした気持ちになってしまった。
『お二方、お気をつけ下さい』
しかしそんな気持ちは、どこからともなく聞こえてきたアルヴォルの声と共に切り離された。
血の匂いがする。即座にアレンシールが剣を抜き放ち、シャリン、と鞘と剣が擦れる音がした。
「階段に血が……」
「……ラムス」
机の下から出現した階段は、この壇上から直接降りていく、やっぱりゲームみたいな作りの階段だった。そりゃあこの机くらいの大きさがなかったら降り始めた途端に天井という名の床に頭ぶつけてしまいそうだよな、なんて納得をしつつも真っ暗なその先に少し不安がよぎる。
しかも視える範囲ギリギリの所に、血なのだろう赤い液体が付着しているのが、見えた。
誰の血かなんていうのは流石に分からないし、そこに誰が居るのかも見えないけれど、アレンシールが呟いた名前が影の誰かの名前なのだとしたらきっとそれが正解なんだろう。
出口ギリギリで散った命。
だがこの移動方法からしてきっとその影は覚悟をして中に入ったはずだ。そう思わないと、要らない感傷に胸がやられそうになってしまう。
「参りましょう、お兄様」
「あぁ」
オレはアレンシールと自分に【暗視】をかけると、階段を降り始めた。
少し階段を降りても、そこに人影はない。もしかしたら発見されて片付けられてしまったんだろうかと思うとなんだか複雑な気持ちで、しかし影がここに降りたという事はこの先にジョンが居るのだという確信を持てた。
無駄にはしない、その生命は。
今度はオレが先に立って階段を降りて、周囲を見回しながらぎゅっと拳を握り込む。
オレたちの戦いにはたくさんの人の命がかかっていて、たくさんの人の命が散っている。今更殺してきた敵に思う所はないが、味方をしてくれた人たちが無事であって欲しいという気持ちは当然あるべきものだろう。
これから先、出来る限り、一人でも多くの人を救う。
そう誓うのに、あの血痕は十分な威力を持っていた。
地下のフロアは、結構な広さをもっているようで降りていけば徐々に灯りが見え始めた。【暗視】のお陰で向かう先に扉があるのまでは確認ができたが、どうやら扉の前にランタンでもつけられているようだ。
そうなると【暗視】は邪魔になるので、ある程度灯りが近付いてきたら呪文を解除し、代わりに眼の前の扉に向けて【探知】を投げる。
【探知】は、簡単に言えばその物質に罠や鍵があるかどうかを確認するためのものだ。冒険者の初歩の初歩。でも冒険者ではないオレたちには今までは不要であった呪文。
だがこうして使ってみるとかなり便利で、アラームと鍵があるのを確認したオレは即座に【解除】をかけて全てを無効化した。
アレンシールが言っていた、エリスの呪文の便利さを今更に感じる。溜めがなく種類が豊富なエリスの魔術は、こういう時に威力を発揮するものだろう。
リリのような火力も、フロイトのような治癒力もないが、その分汎用性が高く使いやすい。
オレにはこっちの方が合ってるな、なんて思いながら、オレはそっと扉を開いた。
「アルヴォル、探ってきてくれ」
『はっ』
「広い……ですわね」
「広いね……私も地下に入るのは初めてなんだ」
「地下への階段はバレバレでしたけど」
「ふっ」
また、アレンシールが笑う。案外笑い上戸なんですのね、なんて兄をからかいつつ周囲に何もないか視線を巡らせたオレは、この広い地下が思っていたよりずっと天井が高い事にまずびっくりしてしまった。
これは、地下の高さを確認せずに空間を切り離していたら確実に下半分だけ残してしまった、と言えるくらいに天井が高く広く、オレたちが降りてきた階段がそこそこの長さだったのにも納得をしてしまう。
しかしそこにあるのは、ほとんどは扉だ。
その扉の奥に何があるのかは分からないが、人の気配はないように思えるからなにかの保管庫なのかもしれない。少なくとも、聞こえる範囲からは人の話し声はない。
思わず、押し黙ってしまう。
が、我慢出来ない。
「「生贄の儀式……」」
また、アレンシールと言葉がかぶった。
こういうパターンで、こういう場面で、あぁいう階段を降りた先にある場所。そこで行われているものがなにかと聞かれると、ゲームの中では結構な確率で「儀式」だろう。
その知識から、今のジョンの状況を鑑みてつい「生贄の」なんていう言葉が先についてしまう。
笑うな。笑っている状況じゃない。
そうは思うのに、アレンシールも同じ事を考えていたという事と、アレンシールと声がハモってしまったという事と、案外この世界って古典的な世界なんじゃないか? という疑念で笑いが漏れそうになってしまう。
地下フロアは広い。ここで笑っていまえば絶対にこだましてアルヴォルの調査が無駄になってしまうだろう。
そうは思うのに滲み出る笑いを止める事が出来なくて、オレとアレンシールはニヤニヤと笑いながら必死で頬の裏を噛んでいた。