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第52話 魔女の首魁と、抱けない憐れみ

 何も言えなくなっていたフロイトを特等席とも言える2階席から降ろしたオレたちは、改めてフロイトの容貌を見て驚いていた。

 あまりにも、リリに似ている。

 金色の髪に、顔に巻かれている乱れた包帯から覗く瞳は新緑の色。彼本人は見えていないのかリリに対しても何の反応もする事はなかったけれど、フロイトを見ているリリの表情からはハッキリと戸惑いの色が見て取れた。

「フロイト。包帯を直して差し上げますわ。一度外しても?」

「あぁ、うん、ありがとう」

 もしかしてこれ、オレたちはそこそこ凄いシーンに立ち合っているんじゃないだろうか。

 ちょっとドキドキしながらフロイトの包帯を全て外すと、フロイトは一瞬だけビクッと身体を震わせたけれど目をぎゅっと閉じた顔も、睫毛も綺麗な金色をしているところも、リリに本当によく似ている。

「魔女の子供は魔女になる……双子ならより強い魔力を持つ……」

「え?」

「さっき、ダミアンがそう言っていたような気がして……もしかして、なんですけど」

「リリさん……貴方はお母様からそういうお話を聞いたことがあるの?」

「……いいえ、ないです。私は長女で下の弟妹とは少し年齢があいて、いました」

 オレとリリの言葉の意味を理解していないのか、フロイトは首を傾げながらオレたちの居る方向よりも少しだけズレたところを見ている。

 そんな彼の様子はオレたちの会話の内容を理解していないような、不思議そうな表情だ。

 オレは持っていた包帯をフロイトの背後に控えているヴォルガに渡すと、彼女は思っていたよりもずっと器用にフロイトの目に包帯を当ててクルクルと巻き始めた。

 その慣れた手つきに、彼女は今までもこんなことを続けていたのだろうなと理解をする。

 フロイトの目には傷もついていない感じだったが、病気か何かで視力を失ったのだろうか。そんなデリケートな事を直球で聞く程の度胸はないけれど、この包帯があるのと無いのとでは印象がまったく違う。

 勿論、リリともだ。

 でも赤の他人と言ってしまうには、ちょっと明らかに……という、感じが…


「フロイトくん。赤いリボンのようなものは持っていますか?」


 悶々としたオレの思考に気付いたのか、アレンシールが会話に入り込んできた。

 同時に、「赤いリボン」と聞いてリリも顔を上げる。

「赤いリボン……赤かはわからないが、母の形見だというスカーフなら」

「それを見せて頂くことは?」

「……養父上ちちうえが、僕には不要なものだからと持っていってしまって……」

「あ、あの! あの、それってこんな感じの手触りですかっ」

 しょんぼりとしかけたフロイトに、リリが慌てて己の髪をまとめていたリボンを解いて差し出す。

 あんな戦闘の後でも血のシミひとつないリボンはふわっとリリの髪を踊らせてからフロイトの眼の前に突き出され、フロイトは少しだけ躊躇しながらそのリボンに触れた。

 位置がハッキリしないから少し手を泳がせていたが、ヴォルガがフロイトの手をリリの手まで持っていってやるとようやくリボンを指先でつまむ。

 その表情の変化は、フロイトの目元が包帯で包まれていてもハッキリとわかった。

「似てる……この、綿だけじゃないような、不思議な手触り……」

「……そう、なの」

 ずっと、疑問だった。

 なんでダミアンをけしかけてまでリリを狙ったのか。そして、口封じをするだけならどうとでもなりそうな平民であるリリの家族を何故皆殺しにしたのか……

 もしあの時ダミアンの中に居た「何か」が言った通りに「魔女の子供は魔女からしか産まれない」のなら、リリの母もまた【魔女】だった可能性が高い。

 それならば、ダミアンが……いや、ダミアンをけしかけた連中がエリスにだけ殺人者の汚名を着せた理由も、リリの家族全員を殺した理由も何となく分かるというものだ。

 【魔女】の血筋の断絶。

 もしリリの母が【魔女】であったのならばリリの弟妹たちもまたその素質を持っていた可能性も高い。そして本来の予定であればリリは卒業式に――リリの家族が殺されているのとほぼ同時刻に、エリスと一緒に【魔女】として断罪されていたはずで。

 あぁ、あぁほんとに、マジで、胸糞悪い話だ。

「フロイト……貴方、魔術は使えるの?」

「……君たちみたいなのは使えない。でも、傷を治すくらいなら」

「そういえば、神殿には何でも治す聖者が居るって聞いたことがあります……」

「あぁ。だから、セレニアにバレないように君の足にだけはずっと治癒をかけていたよ。バレないように、弱いのを、だけど」

「! あぁ、だから!」

 なるほど、と手を叩くと、フロイトは苦笑するように肩を竦めてみせた。

 戦闘に必死で深くは考えなかったけれど疑問は疑問だったんだ。あの酸の中灼けてしまった靴で、灼けていく足であんなに動き回れたのはなんでだろう、とか。

 よくあるのは戦闘によるアドレナリンがどうのってアレだけど、それだけじゃ説明出来ないくらいにはオレの足は少しも痛くはなかったんだ。

 今だってよく見れば灼けていたはずの足は綺麗になっていて、酸の痕跡が残っているのは溶けてしまったワンピースの裾くらい。

 これだけの【治癒】をセレニアにバレないようにずっとかけていてくれたということはフロイトはオレたちを敵ではないと思っていてくれたということだけど、セレニアに連れられていたなら相当気を使って魔術を使っていたはずだ。

 きっと、【治癒】ならオレやリリよりもフロイトの方が優れているんだろう。そしてそれはきっと、親に【魔女】を持っているからこそ、だ。

「気付きませんでしたわ。ありがとうございます、フロイト」

「いや……うん」

 それにしても、さっきからフロイトの言葉はどうにもモゴモゴしていて、「対魔女の最終兵器として導入された聖者」という前情報とはイマイチ重ならない。

 リリとの関係が間違っていなければ彼もまた17歳。なのにその手足はリリと同じくらいほっそりしていて、けれど肌の色は不自然に青白くて日焼け止めのないこの世界で太陽の下に出たこともなさそうな様子に見える。

 何より、酷く怯えているような、自信がなさそうな……祭りの中で出会った時とはまるで違う姿に、なんだか強い違和感を抱いた。

 アレンシールもそれは同じだったのか無意識にも兄を見ていたオレと自然と目が合って、困ったような顔をしてからヴォルガの背を叩いた。

「一先ず場所を移動しよう。市民はもう全員解放したし、残存兵がいないのも確認してる。いつまでも血なまぐさい所に居たら気が滅入ってしまうよ」

「お、おぅそうだな! 坊っちゃん、ヴォルガはここだぞ。ちゃんと側に居るからなっ」

 それは、そうだ。

 今この場所に居る生者はオレたちだけ。他にあるのといえば死体ばかりで、その死体もまた無惨な有り様だ。

 オレは、フロイトに触れさせたリボンをぎゅっと握りしめながら何かを考えているリリの肩をポンと叩くと、大聖堂の入口に向けて歩き出した。

 オレたちが動けばキルシーもアレンシールもついてくるし、ヴォルガもフロイトを当たり前のように抱え上げてオレたちについてきた。

 全員、言葉はない。

 死者を弔うつもりは今更無いけれど、これだけ沢山殺した後だ。いつまでもここに残っているのは、不快という他ない。

 何より、アレンシールが「誰も居ない」とあれだけ強調したのだから、きっとジョンもいなかったということなんだろう。

 あと一歩、間に合わなかった。

 その悔しさと共に、なんでそんなにも急いでジョンをここから出す必要があったのかという疑問も湧いてくる。

 セレニアのあの馴れ馴れしい様子と、真っ先に喧嘩に参加しただけのジョンを連れて行った理由。

 フロイトに話を聞けば何かわかるのだろうか。

 それとも、何か色々と知っている風なアレンシールを問い詰めれば何か出てくるのか……

 オレは、全員が神殿から出たのを確認すると無言で神殿のあった空間を【破棄】する。

 この切り離された空間にある神殿を無かったことにして、外の世界にある神殿が現実であるように入れ替えるのだ。

 こんなこと、普通じゃあ出来ない。神殿という物質を別の軸の空間にコピーしてしまうということなのだから、その原理を想像するととんでもなく恐ろしい気分にすらなる。

 しかしエリスの日記には確かにその方法が載っていて、エリスの書いたメモの通りにやってみればオレにも出来てしまったのだから、恐ろしいなんて言ってはいられない。

 今日この神殿で死んだ人間は、行方不明ということになるだろう。異世界に捨てられるのだから、一度閉じればオレにだって回収は不可能だ。

 それでも不思議と憐憫も後悔もわいてこなくって、オレはやはり無言のまま異世界の神殿を【破棄】すると、少し離れて待っていたアレンシールたちに合流した。


 馬鹿な奴らだ。オレたちに喧嘩を売らなければ死ぬなんてこともなかったのに。

 そう思いながら【転移】の魔術を発動させて、オレたちは神殿を去った。

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