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第51話 関係者は語る・1

「終わったみてぇだな」

「そのようだね」

 神殿の入口で状況を見守っていたアレンシールとヴォルガは、真っ白な輝きを放ちながらダミアンに向けられるエリスの怒りの権限とも言える【雷】を驚くこともなく見守っていた。

 お互いもう武器も手にしておらず、足元に積み上がっているのは別の扉から飛び出して来た神殿騎士たちの死体の山だ。

 彼女たちの邪魔をしようとしていた騎士たちは、即座に2人の刃に食らいつかれて死んでいった。恐らくは、自分が死んだことにも気付かない間に。

 2人が大聖堂に駆け込んだのはダミアンの叫びを聞いての事だった。人間のものとも思えない叫びに「これはただ事ではない」と気付いた2人はどちらが言うでもなく即座に戦闘を中断し大聖堂に駆け込み、最初はその有り様に呆然としたりもした。

 しかしセレニアが現れ彼女の部下なのだろう神殿騎士たちがゾロゾロと現れると、2人の目的意識は即座に同じものへと切り替わっていた。

「いいのかい? 君も神殿騎士なのでは?」

「ちげーって。アタシはあくまでも傭兵。神殿騎士なんてガラじゃねぇ」

「白い鎧も似合うと思うのだけどね」

 サラッとそういう事を言ってくる貴族男に、ヴォルガは肩を竦めて応えた。

 恥ずかしい事を言ってくださりやがる割に彼女の腕や肩には、アレンシールによってつけられた傷がいくつもある。反して、アレンシールの方には彼女は一撃も与える事が出来なかった。

 アレンシールが言うには「武器の相性が良かったんだろうね」との事だが、戦闘種族であるオーガのヴォルガからは圧倒的な実力差を見せつけられたようにしか思えなかった。

 こんなひょろひょろのちびっこい弱そうな人間男が一体どうやって自分をあんなに翻弄したのだろうか。

 困惑しながらも、聖堂を黙って見つめるアレンシールから目が離せない。聖堂の中の戦闘なんてヴォルガにはもうどうでも良いものとなっていて、興味の先はただアレンシールだけだ。

 だってもう神殿の中の戦闘は、セレニアが殺された段階で決している。

 あの金髪のリリとかいう【魔女】が気付いたようだったが、セレニアの力は【能力の弱体化】だ。人数や範囲の制限はあるらしいが、それが魔力だろうが神聖力だろうが腕力だろうが思考力だろうが、彼女の手にかかれば何でも弱体化させられてしまう。

 以前ヴォルガも雇い主をあの女から取り返そうと攻撃を仕掛けたことがあったが、あの女の神聖力でもって力を奪われてどうにもならなかった。

 その結果雇い主を助け出す事も出来ずにこんな場所に連れてきてしまって、本当に可哀想なことをした。あの瞬間ほど強く己への怒りを覚えたことはなかった、と言えるくらいに今でも己の弱さに腹が立つ。

 恐らくはあのダミアンとかいう男もセレニアの能力で何かしら弱体化させられた上で好き勝手されたのだろうと思うと哀れでしかないが、少なくともあの【魔女】2人を相手に善戦出来たのはセレニアのお陰なのだからどっこいどっこいだ。

「マスター。市民の救助完了いたしました」

「ん、ご苦労さま」

「な、なんだぁ? お前の影かなんかかよ?」

「有能な部下だよ。でも、彼女たちには内緒にしておいてね」

 いつの間にかアレンシールの背後にスッと出現していたメイド服の女は、ペコリとヴォルガに一礼してからまたスッと消滅するように消える。

 音もなく消えたその速度に驚きながらも、アレンシールが唇に指を当てて「シー」と言うものだから黙って言葉を飲み込んだ。

 この男、只者ではないと思っていたがやはり【魔女】の連れだけあって普通ではないようだ。あまりにも様になっているその姿に内心ドキドキしながら、ヴォルガはサッとアレンシールから視線を外す。

 ただの人間男にドキドキさせられるとは、ヴォルガもまだまだ未熟らしい。

「おや」

 凄まじい轟音と、揺れる地面と、水の中に沈んでいくような絶叫。

 パリパリと帯電するような頬を灼く【雷】の残滓がヴォルガの頬を叩き、尾を引く絶叫が、ゴポゴポと音を立てて消滅していくその有り様が、ヴォルガの胸中にダミアンへのなんとも言えない憐れみを感じさせた。

 しかし、同じように見ていたはずのそれらを無視して、アレンシールはスタスタと大聖堂の中に入っていくと床に転がっているセレニア・エルデの死体に近付いていった。

 【魔女】たちはまだ気付いていないようだが、柵に止まっていたカラスはアレンシールの存在に気付いたのか大きく翼を広げて出迎えるような格好になる。

 ヴォルガもなんとなしにアレンシールの後を追うと、アレンシールはおもむろに持っていた剣をセレニアの胸の間に音もなく突き立てた。

「な、何してんだ、お前!」

「いやね、まだ何かやらかそうとしていたから」

 にっこりと笑顔を浮かべながらアレンシールが剣を手にしていた手首をひねると刃が僅かに捻られて――セレニアが両手足をジタバタとさせて、声にならない声を上げた。

 その声に流石の【魔女】たちも気付いたのかこちらを振り向き、アレンシールがセレニアの死体に更に攻撃を加えている事に驚いている。

「お兄様! 何をなさっているのですっ!」

「静かに、エリス」

「え、え??」

 混乱する【魔女】たちの前でも、アレンシールは冷静だった。

 ジタバタと暴れるセレニアはやがてアレンシールの剣を掴むが、悲鳴をあげようにも顔面を失い、残っている下顎は喉に食い込んでしまって声は出せないよう。

 だからこそ、ゴボゴボと気道だったのだろう場所から吐き出される粘液と血液と泡が、酷く不快だった。

「神聖力、だってね? それは、魔力と同じものだよ、エルデ嬢」

 アレンシールの剣がより深く、セレニアの胸の間に埋まっていく。

 場所で言えば、心臓。

 セレニアの気管からばしゃりと更に激しく血液が溢れ出した。

 顔の半分がないのに暴れ、もがき、苦痛に呻くその様はあまりにも不気味で、ヴォルガは急いで【魔女】たちの所に行くと彼女たちをサッとセレニアから目を背けさせた。


「うちの眼帯くんがどこに行ったか、知っているかい?」


 しかしその言葉に、黒髪の魔女の方の肩がぴくっと揺れる。セレニアの身体もビクリと跳ねて動きを止め、うめき声を上げようとでもしているかのようにシューシューと気管から咳のような息を何度か細切れに吐き出した。

 それだけで何かの返事と受け取ったのかアレンシールが更に剣を胸に押し込むと、セレニアの足がピーンと張ってビクリビクリと痙攣を始める。

 それは最早、死を目前にした最後の足掻きのようだった。

「彼は我々の仲間なんだ。何か酷いことをしたら、それ以上の報復を君たちに与える。いいね?」

 何故そんな事をあの死体に言うのだろうか。

 ヴォルガが囲い込んだ【魔女】たちもヴォルガ自身も不思議でならなかったが、セレニアの首が数回ガクガクと前後に震え、首に食い込んでいた歯がぽろぽろと抜けて落ちた。

 それを見て満足したのかアレンシールの剣がついにセレニアの身体を貫通し、床に突き立てられる。

 バキン、と音がしたのは、何かが壊れた音だろうか。しかしセレニアは胸部には何もなかったはずなのにとヴォルガが不思議に思っていると、セレニアの身体はビクリビクリと数回激しい痙攣をしてからついに、動かなくなった。

 どろりとした血液が気管から吐き出され、何らかの粘液がそれに混じって床に散る。

 その色は、最早血液の色ではなかった。

「お、お兄様……?」

「嫌なものを見せたね、3人共。でも、侵食された者はリリさんがしたみたいに全部消し飛ばすか、心臓を壊さないと本当には死なないそうなんだ」

「侵食……された者?」

「そうだね、説明をしたほうがいいんだけど……とりあえず上に居る聖者様もお助けしてから、落ち着ける場所に行こう」

 相変わらずのにっこり笑顔で上を指差すアレンシールに釣られて、ヴォルガとエリアスティールとリリが2階席を見る。

 そこには、アレンシールの暴挙に完全にビビりながらカラスに慰められている少年の姿があった。

「坊っちゃん! 無事か!」

「……………………」 

 少年はもう言葉を出す事も出来ないようでカクカクと首を前後に振るしか出来なくなっていて、取れかかった包帯の隙間から見える緑色の目は涙でいっぱいになっている。

 そりゃあ、まぁ、そうだろうな。

 キルシーを抱きしめながら半泣きで震えている少年の姿を見て、自分たちの姿を見て、3人の女たちは言葉に出さずに全員同時に同じことを考えていた。

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