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第41話 魔女の首魁、激怒する

 あの時もう少し考えればよかった。

 ジョンがなんであんな勢いでオレに荷物を押し付けて走っていったのかなんて、多分オレたちにとっては選択肢はそう多くはなかったはずなのに、オレは「ジョンのことだから」と思って大丈夫だと思い込んでしまったんだと思う。

 これだけ人が沢山居るんだからきっとただの喧嘩かもしれないって、そう思いたかった所もあるのかもしれない。

 だって日本ではこんな人混みの中で喧嘩が起きるとしても警察とかが来ればなんとかなるようなほんの些細な喧嘩ばっかりで、大人数がひとまとめになって喧嘩になっている所なんてスポーツとかの乱闘でしか見たことがない。

 日本では。

 オレは、地球にある国の中で治安が比較的良い日本で産まれて育った人間だったから、そう思ってしまったんだ。

 追おうとした時にはもう人混みにおされてしまって、そのまま人混みを突っ切ればよかったのに手に肉を持っているからって迂回して、見つけたフロイトに意識が行ってしまって……

 誰かにフロイトを任せて自分はすぐにジョンの所に行くべきだったんだ。

 仲間だから。

 彼を仲間に引き込んだのはオレなんだから、ちゃんと責任をとらなくちゃいけなかった。

 日本とこの世界は違うんだってこと、いい加減ちゃんと考えなきゃいけなかったのに何をしているんだ!

「お、お嬢ちゃんっ! 無事だったのかいっ」

「さっきの屋台の……」

「アンタと一緒に居た眼帯の男の子が……ウチの人と一緒に神殿に連れて行かれちまったんだよっ」

「酷い話さっ、お布施を待ってくれって言っただけなのにっ」

「ウチの人も連れて行かれちまったよ。どうすんだいこれからが祭りなのにっ」

 何故かさっきよりも人口密集度が高いように思える広場をなんとかすり抜けて先ほどの肉串の屋台の所まで戻ると、オレの姿を見つけたのか肉串屋台の女将さんが半泣きでオレを手招いた。

 見れば、肉串屋台は無事だが少し離れた位置――さっきジョンが助けに入った場所あたりはひどい有り様で、泣きじゃくる子供を宥める女性や、その女性を宥める人が居てまさにカオスだ。

 泣いているのは、子供だけじゃない。よく見れば女性は腕に剣で斬りつけられたような傷があるし、壊された屋台で使われていたのだろう火が段々と強くなっているようでみんなでなんとか踏んで消そうと頑張っているようだった。

 だからこんなに人が多かったのかなんて、納得したくない。

「これは……神殿騎士がやったんですか」

「そうだよぉ、最近神殿がお布施をとりはじめて……払えないと商売を邪魔されちまうようになってね」

「でも祭りの間は取り立てないって話だったじゃないか! 酷い話だっ」

「なんでも都からお貴族様がいらっしゃるとかで神殿も金が必要になったんだろうよ」

「だからってこれはねぇよ! 大丈夫かいアンナ、酷い傷だ」

「でも神殿には行けないわ。お医者様を呼ばないとっ」

「そんなお金はないわ。全部持っていかれてしまったもの」

 人々が話している言葉が耳から脳に入ってはすり抜けて消えていく。

 さっきフロイトは「神殿はお布施はとってない」と言っていた。でも街の人々は「神殿がお布施を取り始めた」と言っている。

 それはつまり最近になってお布施の制度が始まったということであり、神殿がそこまで金を求めるようになったのも何か理由があるということだ。

 そんなのは、つまり、よく話に出ていた【対魔女専門部隊】というものが現実にあるもので、その部隊のために金が必要なんじゃないかってこと。

 そしてその部隊を使って何をしたいかと言われたら、オレを殺したいという、ことだ。

 つまりこの騒動の原因はオレであると言っても過言ではないと思う。ジョンが連れて行かれてしまったのも、肉串屋台の旦那さんが連れて行かれたのも、あの女性が怪我をしたのも全部全部オレのせいなんじゃないのか。

 それを考えると即座にジョンを追わなかったのは正解だった。もしオレの正体がバレでもしたら、もっと大変な騒ぎになっていたかもしれないからだ。

 でも、それはただの保身だと、オレは思う。

 この街の人も、ジョンも、オレの犠牲者だ。

「お医者様ではないですが……傷によく効く薬を持っています。これを塗って下さい。すぐに血が止まるはずです」

「薬なんて効果なもの……」

「いいんです。ウチのジョンも居たのに怪我をさせてごめんなさい……どうか使って下さい。綺麗な布はありますか?」

「布ならウチのを使いな! ほらっ!」

「ありがとう……ありがとうございます」

 アンナと呼ばれていた怪我をした女性の腕を誰かが持ってきてくれた水で洗って、軽く綺麗な布で拭ってから軟膏を塗っていく。

 これもエリスの知識で作った魔女の薬だが、【魔女の指先】ほどの効果はないから怪しまれることもない程度の時間をかけて傷は塞がるだろう。傷は残らないはずだ。

 残らないでほしい。そう願いながら軟膏を塗って、先程使ったのとは別の綺麗な布を巻いて応急処置をする。

 出来れば医者にかかってほしいが、お金がないのなら仕方がない。この世界では勿論保険なんかないし、まだ安価で人を診てくれる医者の数だって少ないはずだ。

 だから庶民は医者に行く前に神殿に行き治療を受け、その対価としてお布施を渡すのが普通だとアレンシールは言っていた。

 それなのにその神殿に行けないなら、彼らは誰を頼れというんだろうか。

「お大事になさって……」

「ありがとう。あの、貴方は……彼は、どうするの?」

「大丈夫。取り戻しに行きます。あの屋台の旦那さんや、今居ない方々もちゃんと」

「神殿は今ゴタゴタしてて危ないって話だぞお嬢ちゃん」

「あの眼帯の兄さん、神殿騎士を殴っちまったからなぁ」

「どんな報復を受けるか……」


「報復、ですか」


 アンナの傷を撫でてほんの少しだけ治癒の力を流し込んでいると、聞き慣れた声が雑踏の中から聞こえてきて思わず顔を上げる。

 いつの間にか燃えていた天幕のあたりにいたアレンシールは、手をパッパッと払う仕草をしてからオレを見てにっこりと微笑む。

 彼の足元では多分どこかしらの花壇から持ってきたのだろう土が山のように天幕に積まれていて、その下から煙が出ているのが見える。

 砂で消火したのかと目を瞬かせて、流石アレンシールだとそんな場合でもないのに感動してしまう。

 この世界の文化的レベルで、よくそんな消火方法を知っていたものだ。

「報復とはどんなことをされるのか、伺っても?」

「え? あ、あぁ……」

 いつの間にかやってきていたアレンシールの笑顔に気圧されてか、街の人達がざわざわと顔を見合わせてささやきあう。

 流石に大声で話すのは憚られたのかヒソヒソ声で共有される内容は、おおよそ「神殿」と呼ばれる組織がするべきではない、噂すら出されるべきではない話ばかりだ。

 でも、少なくとも今この街を、【魔女】が最初に切り開いた花の都を、神殿が支配しているということだけはハッキリとわかった。

 自分たちに反抗する者は、お布施を求められて即座に渡せなかった者は――なんなら神殿騎士の前を横切っただけの者でも、その「報復」の対象になってしまうのだということも。

 アンナはまだ運がよかったと言えるレベルなのだ、こんな怪我をさせられても。おそらくは娘なのだろう女の子は無事だし、彼女もまだ命がある。

 でも、おそらく彼女の旦那さんは連れて行かれたのだろうし、屋台は再起不能になってしまっている。お金も、お布施として持っていかれたのだろう。

「こんなこと……許していていいというの?」

「しょうがないんだよ、神殿に睨まれちゃあこの国じゃ生きていけないからねぇ」

「酷い……」

 アレンシールの影に隠れていたリリが、キルシーを抱きしめながら震えている。

 彼女の目にはきっと、旅立ちの日に見た自分の家の惨状が見えていることだろう。神殿に逆らった者はこうなる、という事例をある意味彼女は一番最初に受けたのだから。


「神殿に来たお貴族さま……ね」


 それが誰のことなのか、きっとオレは知っている。

 もしかしたらソイツが、その馬鹿がこの街に来なければ少なくとも今こんな騒ぎになってはいなかったのかもしれないし、オレたちが来た段階でもう騒ぎになることは確定されていたのかもしれない。

 わからない。

 わからないけれど、今この暴虐を許してはいけないということだけはハッキリとしていた。

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