目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報
第39話 魔女、と、少年

「ジョンッ!」

 きゃあっと女性の甲高い悲鳴があがり、またガシャンっと音がする。

 慌ててジョンの後を追おうとしたが、両手いっぱいに肉を持っている上に瓶も2本持っているとなると上手く身動きが取れない。こんなもの全部バッグにしまってしまえばいいだけの話なのだが、人混みの中では一体誰に見られているかもわからないからそれも難しい。

 かといってこのまま肉を持ってワラワラと集まってくる人垣を抜けてジョンの走っていった方向へ向かうとなるとやはり無理がある。

 ガシャンとか、何かを言い合う声がして不安になるがここでオレが下手を打って【魔女】であることがバレる方がジョンにとっても負担になるのは間違いない。

 仕方なくオレは、屋台の脇のほんの狭い隙間を抜けてメイン通りの裏に出ることにした。

 屋台の裏に出た途端、ムワッとした熱気が顔を撫でる。この世界での屋台料理って一体どうするんだって思ってたけど、なるほどテントっぽい垂れ幕の裏でずっと焼き石だの火だのを焚いて火力を維持していたのか。

 いや今はそれどころじゃない。

 いきなり現れたオレにびっくりしている火力担当の人たちに謝罪をしつつ、オレは屋台裏を駆け抜けた。

 一度建物の影に入ればバッグに物をしまっても目立ちやしないだろう。どうせこの身体には魔術がかかっているんだから、多少違和感があっても大丈夫なはずだ。

 ジョンなら大丈夫。何かと隙のない男だ、自分が居なくても大丈夫なはずだ。

 何度もそう自分に言い聞かせながら、必死に走って屋台裏を駆け抜ける。

 何度も、本当に何度も「大丈夫だ」と言い聞かせているのに、どうしてか不安で、苛立って、こんな肉の串なんかを押し付けたジョンに腹がたった。


「わっ」


 テント裏を出てどこか人目の少なそうな建物の影を探していると、丁度同じような場所を歩いていたのだろう人影が盛大にすっ転んだ音が聞こえてつい足を止めてしまう。

 花祭りの最中は街中のあちこちにフローリンの花をモチーフにした飾りだとか花飾りが置いてあるからソレに引っかかって転ぶ人が多いのは仕方がないことだと、エリスの記憶が言っている。

 ジョンは気になる。気になるが、転んでしまって慌ててぶちまけてしまった花を拾おうとしている人影を見るとそれを放置も出来なくて、オレは舌打ちしそうになるのを隠しながら転んだ人影の方に走った。

 ラッキーなのは、人影が建物の方に居るからそっちへ向かえば自動的に人混みに背中を向けることになることだ。騒ぎを止めようとする声も聞こえてくるし、ジョンならあの人混みに紛れて逃げることだって出来る、かもしれない。

 自分のペットのために号泣するような男だから多少の不安はあるが、それよりもここに来るまでに見た信頼感が「今の優先順位はこちらだ」と思わせた。

 それに、あからさまに人混みを避ければ違和感もあろうが、人助けのために移動するなら何の違和感もない。はず。

 これは人助けだ、人助け。

 そう思いながら、一番邪魔だった瓶と肉の紙包みをササッとバッグに押し込む。串焼きを入れなかったのは、長さがあってしまう動作が大きくちょっと目立ってしまいそうだったからだ。

 神殿騎士さえ近くにいなければ適当に押し込んでしまえるのに、本の少しでも違和感を作りたくないから、仕方がない。

「大丈夫ですか?」

「え、あ、ごめんなさい」

「大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」

「だい、大丈夫」

 地面に散らばっていた花を一本一本丁寧に拾っていた人影に声をかけると、こちらを見たその姿に思わず「あ」と言いそうになってグッと息を飲み込む。

 多分少年だろうが、年齢はエリスやリリと同じくらいだろうこの子の目の上には包帯が巻かれていて――多分目が見えないんだろうと、思う。

 なるほどだから花を拾うのもぎこちなかったのかと納得をして、一緒に座り込んでぶちまけた花を拾う。

 幸い転がした花瓶は陶器のものではなかったらしく凹んだり割れたりもなさそうだし、水だけどこかで貰ってくれば元に戻せそうだ。

「申し訳ない。ちょっと、人が多くて」

「お祭りの最中ですものね」

「人と一緒だったんだけど……人混みではぐれてしまって」

「あら、私と一緒だわ」

「君もなのか。やっぱり、大きなお祭りなんだね」

 貧相、と言えば貧相な少年だった。

 鮮やかな金色の髪に白い肌。肌の白さはエリスと同じくらいだろうか、あまり健康的とは言えない肌の白さだ。リリくらいなら日に焼けていて健康的だと思えるのだが、この少年は白い服と細っこい身体も相俟って余計に不健康に見えてしまう。

 まぁ人のことは言えないわけだが。

「お連れの方、よろしければ一緒に探しましょうか?」

「えぇ、申し訳ないよ」

「ふふ、私も連れとはぐれたんです。2人で探せば一石二鳥でしょう?」

「なるほど……」

 それじゃあお願いしようかな、と指先をもじもじさせる少年は視線を少しだけ彷徨かせて、多分オレの気配は感じているんだろうがどこに居るのかはわかっていないような感じだ。

 だからオレはそっと肉の串を少年に一本持たせると、ちょっとびっくりしている少年の逆の手をサッと取る。

 繋いだ手の反対の手には肉の串、なんていうおかしな格好だが、祭りの最中だきっとみんなも同じ程度だろう。

「……肉、かな?」

「えぇ。よろしければどうぞ。連れ用に買ったんですけど、居なくなってしまったから」

「いいの? ありがとう、お腹へってたんだぁ」

 不思議と、少年の目元は包帯で隠れているのにちょっとへにょっと顔から力が抜けたのが何となくわかった。

 緊張が抜けたというか、笑おうとして変な風になったというか。それがなんだかおかしくてちょっと笑ってしまった声も祭りのざわめきに溶けて行って、オレと少年は一先ず肉を食ってしまおうかと手を繋いだまま肉の串に挑み始めた。

 肉の串はついさっき焼かれたばかりだというだけあってめちゃめちゃに旨い。

 先ほどの肉まんの中の肉よりかは薄いが、豚バラを厚めに切ったって感じがして、でも味自体は牛っぽいというか見た目と味が頭の中ですぐに結びつかない。

 それでも、表面の焦げ目に引っかかった塩がカリカリで美味しくて、オレと少年はほとんど同じタイミングで「んんー!」と感動の声をあげていた。

「あはは、美味しい! こういう肉を食べたのは初めてだっ」

「本当、とっても美味しいわっ。焦げ目がカリカリでっ」

「うん。美味しい――……あ、ごめん。僕名前を言ってないや」

「今の流れで思いついたんですか?」

 なんで美味しい美味しいと話している時にそんなことを思い出したんだろうとちょっと笑ってしまって、今度は人混みに負けはしなかったのか少年も一緒になって笑った。

 肉をもう一口食べて、一緒にモグモグ。

 腹がいっぱいになってくると心も落ち着いてくるから、先に肉を食べることにして正解だったかもしれない。

「僕の名前はフロイト。探しているのは、ヴォルガっていう女性なんだ」

「わたしはエリ……です。探しているのはジョンっていう男性なの」

「恋人?」

「うふふ、冗談がお上手ね」

「あ、違うんだ。僕の連れはね、僕の世話役っていうか、護衛? みたいな。僕は目がコレだから」

「自分で言うんですのね」

「しょうがないことだからね」

 2人とも肉を食べ終えると、オレはバッグの中から違和感のないように使い捨てのタオルを取り出してフロイトと名乗った少年の手と自分の手をふいた。

 【洗浄】の魔術の付与されたタオルだから、ちょっと手についていた脂とか炭とかは綺麗になっただろう。彼の目が見えないからちょっとしたサービスだ。

 それにしても、この子は目が見えていないというのにあんまり気にしていないように見える。

 ジョンも片目を失っているようだが、案外この世界では視界っていうのは重要なものじゃないんだろうか。ンなわけない、と思いつつ、明るく笑っているフロイトを見てちょっと不思議になってしまう。

「そのヴォルガさんという方の特徴を聞いてもよろしくて?」

「えーとね……大きな斧? を持ってるって言ってたかも」

「護衛ですものね」

「それからね、とっても大きい人なんだ。僕なんかヒョイッと抱えられちゃうくらい」

「……貴方を、ヒョイッと?」

「うん。ヴォルガは、オーガの女の人なんだって」

 オーガ。

 ファンタジー作品でしか聞いたことのない種族がいきなり飛び出したことにちょっとびっくりしつつ、それでもオレは出来るだけ平常を保ちながら笑顔を浮かべ続けた。

 え? この世界にもそういうの居るんだ? ていうかオーガってなんか凄い凶暴な敵種族なんじゃなかったっけ? いや知らないけど、ファンタジーではそういうのはお約束のはず。

 それが、護衛?

 この世界のオーガって、知恵があるのか?

「エリはあんまり異人って見たことない?」

「えぇ……ちょっとびっくりしました」

「そうだよね。ヴォルガは自分の里が狭すぎて出てきたんだって。身体が大きいから家も窮屈になったんだって言ってたよ」

「そ、そんなに大きい女性なのですか」

「そうだね。きっと見ればすぐに分かるんだろうなぁ」

 あぁ、そうか。

 そんなに大きい女性が居ればパッと見でわかるだろうけど、彼はその「パッと見」が出来ないのか。

 納得をして、もう一度フロイトと手を繋ぎ直す。フロイトは一瞬指先をピクリとさせたけれど、すぐに手を握り返してきて、なんだかくすぐったそうに「ふふふ」と笑った。

 その笑顔を見て、目元なんかは見えないのにオレもなんだかくすぐったくなって、同じようにちょっとだけ「ふふふ」と笑った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?