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第38話 魔女、羽目を外す

 一先ず泊まれる宿を確保して全員に【魔女の指先】を渡してからは、自由時間が設けられることとなった。

 言い出しっぺはジョンだ。

 今でこそアレンシールの服とヘアメイクのお陰で整った身なりをしているが、出会ったばかりの時には明らかに金のない風貌だった彼は一体何を買うつもりなんだろうか。

 一応アレンシールの見立てで作ってもらった「程々のお値段のフローリンのワンピース」を身にまとったオレとリリは、この日のためにお洒落をした町娘程度に見えている、と思う。

 アレンシールは自分用に誂えてもらったフローリンの刺繍のハンカチを胸ポケットにおさめ、ジョンだけはめちゃくちゃ面倒くさそうにバンダナで髪を括っていたのでもういいやコイツ、という気持ちになった。

「へぇ、綺麗じゃん。その服」

 なんて言葉からはありありと「服の話です」と言いたげな雰囲気が出ているのが腹立たしいし、リリに対しては「可愛いねー」と褒めているのもムカつく。

 だが、こんな男に神経を使っている場合じゃない。

 宿の窓から見下ろしてみると、一番盛り上がる祭りの中央日でもないのに広場はもうすごい人混みだ。

 これはきっと、屋台も沢山出ている事だろう。

 リリが言うには、こういう祭りは始まりの日と終わりの日の丁度真ん中の日――つまりは中央日に一番盛り上がる何かが用意されているのでそこが盛り上がるのだと言う。

 この世界には奇数と偶数という言葉は無いようだが、中央日が出来るように祭りの日程も調整されているのだそうだ。

 そういえば奇数と偶数っていつの時代にどういう風に設定されたんだろう、なんて今更考えたりもするけれど、それは地球の話だからまぁ今考えても仕方がない。

「わたし、キルシーのリボンを買いに行きたいです!」

「いいね。じゃあ私がリリちゃんをエスコートしようかな」

「え……えぇ?! いいんですかっ!?」

「女の子が一人で買い物に行くのは危ないからね」

「……一人? あの、お兄様」

「じゃあボブくんはエリスをお願いするね。4人で行動するのはちょっと目立つから」

「は?」

「はぁ?!」

「ボブくんにもお小遣いをあげようと思うんだけど」

「お任せ下さいアレンシール様妹様をきちんとエスコートして差し上げますぜ」

 こ、コイツ! 心にも無いことをめちゃくちゃ真顔で言いやがる!!

 アレンシールの言う「4人だと目立つ」は正論だが、なんでオレがコイツ担当なんだっていうかいつまでアレンシールはジョンをボブ呼びなんだ統一してくれっ。

 い、いやでも冷静に考えてこの祭りの雰囲気からして女子2人で行動するのはともかく男2人で行動するのはとても目立ちそうな気がする。

 ならばとジョン(ボブ)とリリを一緒に行動させるにもなんか心配だし……となると結論はこのメンツでの行動しかないんだろう。

 ああああこの眼帯男「お前はキルシーの代わりだから」とでも言いたそうな目でこっち見ていやがる! なんだコイツ! このエリスの美貌はカラス以下か! よく見ろ!

「エリス、迷子にならないようにね?」

「……はぁい」

 色々言いたいことはあっても、アレンシールのキラキラエフェクトでも撒き散らしてるんじゃねぇかっていうくらいの爽やかな笑顔を向けられれば返事はひとつしかない。

 なんか、なんか……元々のエリスとアレンシールの関係性も垣間見える気がするぞ。エリスも絶対この兄には弱かったに違いない。

 多分。絶対。

「お嬢様はどっか行きたいとことかねーの?」

「えぇー……うーん……」

「年頃の女の子が花祭りで行きたいとこねーとか問題だと思うんだけど」

「うるっっさいな……じゃあご飯! お肉っ!」

「お、いいねー。ここは高地麦の麦酒が有名らしいぜ」

「麦酒!」

 そういえば、そういえばこの身体になってから酒なんかさっぱりご無沙汰だった。

 疲れた時の麦酒ってめっちゃくちゃ旨いんだよなぁ……今日はそういやあんまり水分とってないし、肉と一緒にガバ―っと流し込むのも悪くないかもしれない。

 あぁそれなら髪をポニーテールみたいに後頭部で結ぶのもいいかもしれない。その方が酒を飲みやす


「ボブくん  エリス」


 ――いけどお貴族のお嬢様が酒酒酒なんて言ってられませんわよね大丈夫ですわお兄様エリスはわかっていますえぇハメ外しなんかしませんわ弁えています大丈夫です。

 ニッコリ笑顔でこちらを牽制するアレンシールの笑顔に気圧されて土下座みたいなのをしながらもきっちり金だけは頂く体勢のジョンはなんか「流石だな」と思いつつ、オレは無意識にリリの手を握っていた。


・・・。


「お布施」

「は?」

「いや、あそこでもお布施とってんなー、と思って」

 にっこり笑顔のアレンシールをリリに回収してもらってなんとか街へ繰り出したオレとジョンは、ジョンがどこからか買ってきた「潰し肉のパン包み」というらしいどう見ても肉まんのソレをモグモグやりながら何となく屋台を見て回っていた。

 リリとアレンシールはアクセサリー屋さんとかのある商店街の方に行くと言っていたのでこの祭り会場の方に来たが、本当にすごい人だ。

 それでも肉まんを食べるくらいの余裕はあるから日本の一部の祭りよりはまだいいんだろうか。これが中央日に近づいたらもっとすごい人が来るのかもしれないけど。

 結局髪はリリに頼んでポニーテールにしてもらったが、正解だったかもしれない。

 長い髪は、人混みでは他の人の迷惑になるだけだ。

「お布施って……神殿?」

「そう。あそこ、ホレ」

「あー……?」

 ジョンが指さしたのは、祭りのハズレで商店から何かを徴収している神殿騎士の姿だった。

 いやこんな所でやるなよと呆れつつ、肉まんの旨さに思考がいっぱいになってくる。

 潰し肉というのはただの潰しただけの肉だと思ったら塊肉を目一杯叩いて柔らかくしたものをぎゅっと丸めて中に入れているようで肉汁が半端ない。勿論噛み応えも半端ないが潰しているお陰で筋が切れていてホロホロと前歯で崩れてきてしまうような柔らかさだ。しかも塊肉だったようだから元々の分厚さがそこそこあるみたいで、噛んだ時の肉汁を白いパンが吸ってひき肉で餡を作って食べる肉まんとはまるで違う味わいがある。味付けはなんか独特のタレなんだろうけどなんだろうこの味甘からで凄い美味しい。

 旅を始めて何かを美味しいと思ったのは初めてかもしれない。それくらい美味しい。

「なに、気に入ったのか? もいっこ買う?」

「いや、次は別のやつ! 麦酒も!」

「兄さんに怒られても知らんぞー」

「ハメ外さなきゃ大丈夫だって。これは絶対麦酒が旨いやつだ!」

「アンタ本当にお嬢さんっぽくねぇなぁ」

 呆れ顔をしつつも、ジョンはすでにまた財布を持って次の屋台を物色している所だ。

 市政に詳しい人が居るといい……初めてジョンの使い方がわかった気がする。なるほど、こう使えばよかったのか。

「声に出てる」

「便利デスワー」

「感情が乗ってない」

「お嬢ちゃん美人だねぇ! 肉かい? 果物かい?」

「お肉でお願いします!」

「俺も肉頼むわ。この串のと、紙包みのやつ2個ずつ。あと麦酒! 瓶のやつな」

「瓶で行くか! こりゃ豪勢だねぇ!」

「お祭りはハメを外すものですから!!」

「あれ? さっきと言ってる事違わねぇ?」

 うるさいうるさい。

 こんなに、日本の串焼きみたいに2個の石で作られた釜みたいなのでじっくり焼かれた肉を串に刺したものなんて絶対美味しいのが決まってるじゃないか。しかも味付けは塩とタレが選べるらしい。高地産の岩塩らしいが、山で採れる塩も岩塩って言うんだっけ? まぁいいか。この世界ではそういうものなんだきっと!

 肉の串を2つ受け取って、お肉を紙で包んだのと瓶麦酒はジョンに持ってもらう。代わりにお金はオレが出した。アレンシールの財布からだけど。

 この世界では紙は比較的普及しているみたいで、こんな風に多めの脂で揚げ焼きっぽくした肉をポンと入れるのにも使われているのかと感心する。まぁそれだって多分なんかのチラシか新聞みたいなのの再利用っぽいけど、インクがつかなきゃいいのだ。

 作りたては正義なのだからなんだっていい!


「貴様! 神殿に逆らうつもりか!」


 お金を払ってホクホクと屋台を去ろうとした時、ガシャンと何かが倒れる音とかすかな悲鳴と、怒り狂った男の怒声が耳に入ってきた。

 神殿。逆らう。

 その単語に反射的にそちらを見たオレは、しかし次の瞬間には肉の紙包みと麦酒を持たされて屋台の方に押し返されていた。

「ジョンッ!」

 いつ手渡されたかなんて分からないくらいの速度でオレに荷物を全部預けたジョンの姿が、人混みに消える。

 オレは、ジョンの背中を見送ることも出来ずに屋台のおじさんがこちらを心配する声を呆然と聞きながら騒ぎの方を見つめていた。

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