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第37話 魔女、お洒落をする

 花の都フローラ。

 比較的高地に存在する街で、高地でのみ美しく花開くフローリンという花を特産物にして文字通り花開いた場所。

 年に一回開催される花祭りではそのフローリンをモチーフとした物を男性は主にハンカチや身の回りのグッズで、女性はスカートやワンピースといった衣服にあしらって参加するのが習わしとなっている。

 また、フローリンはこの街だけでなくこの高地周辺の開祖とも言える女領主フローラリアから名前を貰ったもので、一説によるとこのフローラリアは花を咲かせる魔術に長けた【魔女】であったとも噂されているという。

 以上、エリスの日記より抜粋。

 勿論、フローラリアが【魔女】であったという話はエリスの日記にしか記載されておらず、アレンシールやジョンに聞いてみてもそんな話は聞いたことはないとびっくりされてしまった。

 だがエリスの記憶をひっくり返してみると、この高地に花が咲くように大地を整えたのも、こんな高地に人々が住みやすい街を作ったのも、何より山と平原に交通しやすい道を作ったのもフローラリアの手腕だと言うのだから何も知らない人でも薄っすらと気付いていてもおかしくないんじゃないかと思う。

 転移魔法が解けた瞬間に肌を刺した高地の寒さに身震いしながら、周囲の眺めを見てみると本当にすごい。

 オレは山登りなんかは学校行事でしかしたことがないタイプの男だが、それでもカレンダーだとか写真集でも見たことがあるような「山岳風景」がそこにあるのだ。

 しかもフローラの建築物の大体は白と黒が基準で、緑と茶色の多い山岳地の景観を更に引き立たせている。

 オレはこの世界の建築基準なんかは知らないが、多分外観は石材が多いんじゃないかと思われる建物たちはなんというか異国情緒に満ちていて凄くカッコいい。

 ピースリッジも白を基調にした建物が多かったが、あっちは水辺の町である影響か濃い色よりも青や黄色といったカラフルな色合いが強かったから、こっちはちょっとシックな感じがする。

 けれど「花祭り」の最中らしい今はその白黒の街の中に様々な色のフラッグだのタペストリーだの、なんならただの布だのが下げられていて実にカラフルだ。

 それだってパステル風なので目に痛くはないのだけど、もしかしてこの祭りのために街がモノクロなんじゃないかと一瞬思ってしまう。

「花祭りの最中は街に入るのに税金もかからないそうだ」

「すごいですねっ。太っ腹ですっ」

「つまり、通行税を取らなくても観光業だけでお釣りが来るくらい儲けが出るって事さ……」

「大丈夫? ジョン。カッコつけてるけど顔色が真っ青だけど」

「うるせーお前の転移魔術のせいだろうが……っ」

 街をぐるっと囲っている外壁から遠く、かつてフローラに来たことのあるエリスの記憶を頼りに高地の麓の人気のない森の中に転移をしたオレたちは、当然と言うべきか二度目の転移なので風景の変化だって「そんなもの」と受け取る事が出来ていた。

 一回目だって「こんなもん」だったから少しも気にしていなかったというのが正しい所だが、しかしジョンは一体何が悪かったのか転移した直後に激しくゲロった。

 彼が居たのが御者台だったから外に吐いてもらえてよかったが、流石にこの時は心配よりも先に「なにごと!?」という気持ちが先に出てしまって、未だに荷台で青い顔をしたまま横になっているジョンの背中を擦ってやる事しか出来ない。

 アレンシールだと目立つから街に入る時にはジョンに御者をやってほしかったんだが、これじゃあ本当に駄目そうだ。

 魔力が駄目だったのか転移が駄目だったのか。

 それはさっぱり分からないが、少なくとも彼は【魔女】の知識はあるくせに魔術はてんで駄目だという事がよくわかった。

 これからも転移は必要になる場面もあるだろうからそういう時は容赦なく使うつもりだけれど、これは出来るだけ転移は控えめにしていったほうがいいかもしれない。

 簡単な酔い止めの魔術も本人からノーが出ているので回復も本人頼りだし、まさかこんな事になるとは思わなかった。

 魔術とは、不思議なものだ。

 でも今回のことでわかったのは、【転移】の魔術であっても多少なり人間の身体には影響を与えるという事。

 【治癒】は大丈夫だったが、そういった【魔術】に対しても意図しない影響が他の人間に出るかもしれないという事、だ。

 まぁそれは少なからず感じていた事ではある。

 【治癒】の魔術だっていちばん簡単なものを使うと何故か治療した部分が痒くなっていたようだったし、オレは「そういう魔術」として知っているものでも、受けた側の肉体反応を自分のものとして感じる事は出来ないわけで。

 これは、ジョンの身体を実験体として色々調べておくべきだろうか?

 キルシーのためだと言えばなんか許しそうな気がする、この男。今度話してみようか……

「これは先に宿を探さないといけないね」

「そうですねっ。でも、お祭りの最中に宿なんかあるでしょうか……」

「あるさ。お金に物を言わせればね」

 アレン兄様。ニッコリ笑顔で指で円形を作らないでください。

 知らなくても良かったし知りたくもなかったけど、どうやら「お金」のジェスチャーは日本とエドーラでは共通らしいという本当にどうでもいい知識を、オレは手に入れた。

 ほんまにどうでもいい。

 だがアレンシールの見識は相変わらず正しいもので、この街で一番高級な宿を当たればバッチリと一番高い部屋だけが残っていた。

 宿の主の言う「いや~他の宿はもう満員なんですよ~~お客様は運がよろしい!!」という言葉はどこまで信じていいのだか。

 とりあえずカモフラージュ用の荷物をアレンシールに運び込んでもらったオレたちは、扉で繋がっているフロアぶち抜きの一番高い部屋の一室にジョンを転がしてから街を観察する。

 一番高い部屋というか、地球で言うスウィートルームみたいに一つのでかい部屋の中にいくつか小さな部屋が作られているこのフロアは、当然のことながら一番上の階に作られていた。

 お陰様で眺めもいいし、どこからか鐘の音も聞こえてきてなんだか凄く豪華に感じる。

 地球にいる時には勉強勉強で旅行にも殆ど行かなかったしスウィートルームなんかテレビで見るくらいの知識しかなかったが、実際に利用してみるとなんか、すごい。

 専用のスタッフまでついていて、彼に頼めばオレとリリに合うワンピースと、アレンシールとジョン用のスカーフも簡単に手配してもらえた。

 お金様々だ。逃げてくる時にたっぷりお金を用意しておいてよかった。

「ジョンは大丈夫だと思いますけど、お兄様とリリさんには認識阻害のマジックアイテムでも作るべきですかしらね」

「マジックアイテム?」

「指先の事ですわ。今回は人も多いでしょうし、ちょっと用意しますわね」

「えっ、そんな簡単に作れるんですかっ?」

 【魔女の指先】はまぁ、それ1個でどんな効果だろうと家一件が建つほどの価格がすると言われるアイテムだ。

 そんなものをホイホイ売り払えば価格破壊どころじゃないと思うので勿論そんな事はしないが、【認識阻害】や【変身】を宝石に込めておくくらいは結構簡単なんだなこれが。

 特に宝石は魔術の浸透率がいいらしく、エリスの日記でも【魔女の指先】に使うのは純度の高い宝石がいいと推奨されていた。

 ここでも物を言うのは結局金なのだ。お金バンザイ!!

 まぁ勿論そんな事を声に出して言いはしないが、一先ずオレはアレンシールには青い宝石のブローチ、リリには元々はエリスのものである髪飾りの宝石にそれぞれ呪文を込めて渡した。

 これで少なくともこの宝石が壊れでもしない限り2人は本来の姿とは違う姿で認識されるようになるし、別れて数分もすれば記憶から消えていく事だろう。

「ありがとうございます! エリス様!」

「ふふ、どういたしまして。そうね……キルシーのリボンと使うと違和感がないはずですわ」

「そうですよね! ごめんねキルシー、借りていいかな? キルシーにはお祭りで新しいリボンを探してあげる!」

「カァーッ!」

 キルシーに巻いていたリボンを見てふとそう提案すれば、リリは目を輝かせて改めて自分の頭にちょこんとリボンを結ぶ。

 キルシーも羽根をバサバサさせていたく喜んでいるし、他の人間には魔術で誤魔化されてしまうとはいえリリの金髪に赤いリボンは実際とてもよく似合った。

 旅に出る時からずっと持っていた赤いリボンはまるでリリのために誂えたかのようにも見えて、それにエリスのものとはいえ自分があげた髪飾りがとてもよく映えている事がなんだか嬉しかった。

 可愛い子は笑っているべきだ。いつだって。うん。

 これは絶対。間違いない。


 ……ジョンには、酔い止めと防御の術でも込めた何かを用意しておこうかな。流石に一人だけ何もなしっていうのもアレだし。うん。それだけの意味でしかないんだけども。

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