「逃がしちゃって良かったんですかぁ?」
ギリ瀕死の神殿騎士をつつき回した挙げ句に情報を引っ張り出した男衆に、馬車の中でオレとお茶をしていたリリが心配そうに声を掛ける。
神殿騎士はヨロヨロしながら逃げていき、その合間に仲間たちの死体を見て「ヒィ」とか「ヒャア」とか言っている。
あの速度では次の村に行くのには結構かかるかもしれないが、治癒をかけてやるような相手でもないし、途中で野垂れ死んでいてもまぁそれはそれで運命ってやつだろう。
馬車に戻ってきてヒラリと御者席に座ったジョンはいつの間にか死体から回収したらしいナイフをヒラヒラとさせながら、
「いいんだよ。こっちの情報を全部隠したままだとそれこそ別の場所で魔女狩りが起きる」
「……どういうことだい?」
「昨日アレンにどのルートを通って来たかって聞いたろ? その道行きを見てな、ちょっと知ってる事があったからよ」
「何ですの、勿体振らないで教えくださいまし」
「お前らが最初に立ち寄った村はもう無いって事さ、お嬢様」
「……は?」
アレンシールも荷台に戻ってきた事を確認して死体を埋めるために【土制御】を使おうとしたオレは、ジョンの思わぬ言葉にピタリと手を止めた。
リリもキルシーをぎゅっと抱きしめて無言で居るし、アレンシールも四つん這いのまま固まっている。
最初に立ち寄った村、というのは、この馬車と服を買わせてもらった村のことだろうか。
オレが最初に……人を殺した、あの、場所。
「ソレらしい人間が立ち寄ったかもしれない。隠しているのかもしれない。もしかしたら関係しているのかもしれない。そういう”かもしれない”は神殿の旨い餌って事さ」
呆然と、してしまう。
そういえばピースリッジでの夜にジョンが「魔女が国家転覆を狙っていると言われている」とか言っていた。
神殿は、そうやってどんどんと【魔女】を悪者にして【魔女狩り】を正当化していこうとしているとか、そういうことなのか?
情けない話だがオレはそんなこと、少しも考えていなかった。
オレたちが立ち寄っただけで、そのルート上にあるというだけで、そんな酷い事になるなんてそんな事、少しも考えて、いなかった。
勿論リリも、アレンシールもそこまでは考えていなかったんだろう。
オレたちは【魔女】をよく知っているから……言ってしまえば当事者だから、そこまで考えが回らなかったのだ。
神殿がそこまでやるはずがないと、そう思っている部分もあったのかもしれない。
こんなふうに神殿騎士に襲われてもオレは「普通の人には何もするはずがない」と思っていて、さっきまではそう、考えていて……なのに、まさか、まさか、と。
「神殿がそこまでするのだろうか……」
「出来ちまうんだよ、アレン様。だって神殿は、魔女に襲撃された村に偶然かち合ったとか、魔女に襲撃されたが神殿のおかげでなんとか生き延びたとか言っちまえばいい。いい宣伝になるだろ?」
「神殿の、ね……」
「そういう事さ。アンタらは強いが、そういう裏工作はまだまだだな」
ぐ、とアレンシールが黙り込み、リリがキルシーを解放して床に両手をつく。
あの時「神殿に行きたい」と言ったのはリリだ。家族を失ったばかりだから当然だろうとも思うが、もしかしたら彼女が神殿に足を運んだことで何かしらの痕跡を残してしまったのかもしれない。
では行かせなければよかったのか?
いやそれは選択肢にはない。
少なくともオレたちは、あの時に自分たちの身柄が分かるようなものを残してはいないはずだ。
最後に村人たちにも魔術をかけておいたし……なのに、なんで?
「そういうの全部……エリス様のせいになったりしているんですか……?」
「だろうな。噂に聞くのはあくまでも魔女はノクト家の魔女姫だけだ。だが、侯爵家の姫が魔女なら庶民にも魔女がいるかもしれないってのが神殿の考えだろうさ」
「エリス様は……そんな事するような人じゃありません!」
「そういう事をする魔女でいてもらわねぇと都合が悪いヤツが向こうには居るのさ」
あぁそう、そういう事だろう。
神殿と魔女の対立なんてありふれていて、当たり前すぎる対立の構図だ。
そういう場合、その国で信仰を集めている神殿側に軍配が上がるのもまた当たり前の話。
今エドーラでは、どんどんと【魔女姫エリアスティール】の噂が広まっている事だろう。
本人がどうとかそういうのは一切関係なく、オレが目の前に居ないからと好き勝手噂されているはずだ。
両親は……次兄のジークレインは無事だろうか。
どんどんとオレの汚名が増えていけば国の宰相という立場であれど危なくなってしまうだろうし、もっと言えばノクト家の存亡の危機ともとれる事態だ。
この問題の背後にダミアンが居るのであれば、もしかしたらノクト家を没落させたいのかもしれないと思うのだが、神殿が主に関わっているとなるとよく分からない。
神殿はノクト家を消したいのか、それともエリアスティールだけを消したいのか。
そのどちらも、なのか?
「そういえば面白い名前も聞いたな」
「面白い名前、と言うと?」
「ダヴィド・デ・バルハムって名前を知っているか?」
なんとか気を取り直して死体を土の中に埋めながら、ジョンの告げた名前を知っているか記憶の引き出しを引っ掻き回して探してみる。
しかしエリスの記憶の中にはそんな名前の人間は居なくって、恐らくは王都の貴族ではないのじゃないかと判断出来た。
一応アレンシールの方を見てみると、彼も顎に手を当ててじっくりと考え込んでからふと気付いたように顔を上げる。
「蒼い月の男神教の枢機卿の名前……?」
「正解。お嬢様たちは知らなかったか」
「蒼い月の男神様の凄く偉い人、って事ですか?」
「存じ上げませんわ。その方が関係してるってことですの?」
「いや、もっと面倒くさい話さ」
オレが神殿騎士たちの死体を土に埋めたのを確認してから、ジョンが馬をゆっくりと歩かせる。
本来向かっていた場所に真っ直ぐ向かって大丈夫なのだろうかという懸念はあったが、ジョンだってそこは考えているだろう。
と言っても、行く先があるかと聞かれると特に考えもないので他に行ける場所はほぼ無いと言ってもいいのだけども。
「お嬢様には言ったかな。聖者の話さ」
「あぁ……魔女と対抗するためにとか」
「そうそれ。その聖者様がな、バルハム枢機卿の息子なんだと。そんで、今回の派兵にも深く関わってんだそうだ」
「げぇっ!」
思わず変な悲鳴をあげて仰け反ってしまう。
ただでさえ聖者とかいう厄介そうな存在が【魔女】を狙っているって話は聞いていたけれどすでにこんな風に動いていて、しかもピンポイントで移動ルートを狙ってこれる程の人間だったとは。
対立している赤と蒼の信仰問題も面倒だが、その聖者と正面からドンパチやるような状況になったらどうすればいいのだか……
こちらには剣の達人のアレンシールと一撃必殺のリリが居るが、もしも今回みたいな少人数じゃなくて大人数で、しかも市街地で襲ってこられたら上手く抵抗も出来なくなりそうで、それが怖い。
とにかく人里は避けて進むのが、これからの第一目標になる、かも。
「そのバルハム枢機卿……確かレンバス家とも関係深い人だった、様な気が、するよ。エリス」
「えっ」
「そもそもレンバス家自体が蒼い月の男神信仰が強い家でね。寄付額も多かったと聞いたことがあるよ」
「ってことは、レンバス卿と神殿は繋がってて、その神殿がエリス様をどうにかしたくて、ってことですか?」
「もしそうだとしたら少なからず目的も見えてくるってもんだな」
ジョンは楽しそうに笑っているが当事者たるオレにとっては笑っている場合じゃない。
話が広がりすぎている気がする……というか、オレは結構マジで「リリとアレンシールを助けるために」行動していただけで、噂されている国家転覆だとかそういうのには一切興味も関心も無いんだ。
なんなら2人を守れるならこの国を出てもいいんじゃないかって思ったりもしている。金もあるし。
これから向かう予定のジークムンド辺境伯領は山と森を背にしてそこから来る魔物から国境を守っているというが地図を見てみればその山と森を抜ければ隣国だ。
流石に魔物の跋扈する森と山を抜けて隣国との国境を侵犯してまで追いかけては来ないと思うし、ジークムンド辺境伯に挨拶をしたら隣国へ逃亡するのもマジでありなんじゃないだろうか。
というか本当に、ダミアンの狙いがわからない。
そんなに【魔女】を憎んでいるのか?
【魔女】であるエリスを殺すことでダミアンには何かメリットがあるということなんだろうか?
神殿が「滅茶苦茶悪いことをしている悪の魔女」を退治することで得るメリットってなんなのだろう。
オレは本気で分からなくなってしまって、グッと唇を引き結んで押し黙った。