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第34話 魔女、発見される

 銀色の光が翻って、剣の先がまるで布でも裂くかのように二本あった腕が落とされた。

 たった一太刀。それも相手は鎧をつけているのに的確にその隙間に剣先が滑り込み、筋肉も骨も両断して落としたのだ。

 肩から腕を失った男は絶叫を上げながら地面にひっくり返り、傷口を手で抑えながら地面をゴロゴロと転げ回っている。

 血管から切断された腕は数回痙攣をしてから一切動かなくなり、腕からも僅かな血が溢れただけでほとんどは転がっている男の肩から飛び散っている血ばかりだ。

 地面が土でよかった。そんな事を考えながら、オレも【強化】した扇子を横薙ぎに振るう。

 オレの一撃は槍を手に飛び込んできていた男の横っ面を叩き、兜の頬当と共に陥没した圧力で顔面から目玉がとぶのを最早どうでも良いことのように見守ってしまった。

 ピースリッジで一夜を過ごし翌朝の早いうちに街を出たオレたちは、しかし昼になってこんな所で足止めを食らっているのだから夜までに次の村につけるか心配だ。

 真っ白な鎧に金色の装飾。金は流石に本物ではないだろうが、十分ご立派に見える鎧は神殿騎士のものだろう。

 まさか街道のど真ん中で襲撃されると思っていなかったオレは当然全員に【認識阻害】をかけてはいなかったし、馬車の荷台で夜の睡眠不足を解消しようとうとうととしていた、そんな時に攻撃を受けた。

 幸いにして攻撃を受ける直前に気付いたキルシーが素早く警告してくれたお陰で神殿騎士の投げた槍も弓も、馬車に届く事なく【障壁】にぶつかって落ちていく。

 それからは、馬車から飛び降りたアレンシールとオレがただただ神殿騎士をボコボコにするだけの楽しい時間がスタートした。

 リリの魔術は極力使わせないでおこう、と決まったのは出発してすぐの事。

 出来るだけ小さな火力から使えるように馬車の中で練習し、キルシーと共に魔術の加減が効くようになったら次の段階へ……と思っていた矢先の事だ。

 どうやってオレたちがこのルートを行っているのかを知ったのかはわからないが、流石に王都を出て何日も経てばある程度の予測もつけられるようになる、ということだろうか。

 人数としては20人程。

 一個小隊くらいだろうかと予測をつけて、この程度の人数ならばまだリリの攻撃魔術に頼らなくてもいいと判断して次の男の腹を下から掬うように扇子で叩き上げる。

 腹には鎧があるから、この程度であれば生きている可能性は高いだろう。どっかの臓器が破裂でもしたら分からないが、攻撃してきたのは向こうが先なのだからそこはオレが関与すべき所ではない。

 オレもアレンシールも、相手が攻撃をしてきてから反撃という形で倒すのがセオリーになっている。

 別に裁判のときに有利になるかどうかという話でもないけれど、こうして頭の中で「しょうがないなーもー」と思いながら一人一人相手をしているのだった。

 この世界には【魔女】くらいしか魔術を使える者は居ない。

 そして爆薬はあるが非常に高価で、銃も存在しているものの戦国時代程度の手で火薬を詰めてギュッギュと圧して撃つ物凄く時間のかかるタイプのものだ。

 だから当然、戦いは一対一。

 ごくたまに巨大な武器を持っているヤツが一度に2人を相手にしたりするようだけれど、オレはまだ見たことはなかった。

 何しろ、オレとアレンシールを一撃で両断出来そうな巨大な戦斧を持っていた神殿騎士は、さっきアレンシールに一撃で腕を持っていかれていたし。


「ぼーっとしてんな」

「おっと」


 背後に居る騎士を殴ろうと振り返ろうとしたのとほぼ同時に、剣を振り上げていた騎士の左眼球にストンとナイフが突き刺さった。

 眼球だけならばともかくその奥まで突き刺しているだろう長さのナイフは、きっと一撃で騎士の脳まで破壊したのだろう。ストンと突き刺さった軽さに反して重々しい音を立てて騎士が剣を振り上げた格好のまま倒れていく。

「アレンにチクるぞ」

「ぼーっとしてたわけじゃないって。考え事してただけ」

「どーだかな」

 ジョンがヒョイッと投げるナイフは、本当に軽く投げられているようでいて的確に騎士たちの急所に突き刺さって一人、また一人と死体を増産していく。

 馬車の中からそんな事をされちゃあこちらも「出来るだけ生かしておこう」と考えるのもアホ臭くなる。

 目撃者も出来るだけ居ない方がいいしオレは周囲を警戒しておくから、なんて言いながら馬車から降りてこなかった男の目的が愛鳥を護るためだって事くらい、オレもアレンシールも気付いているのに。

 流石に十人ばかり一気に倒し切ると向こうも不利を悟ったのか、逃げ腰になっているのが分かる。

 武器を持つ手が覚束なくなるし腰が引けて姿勢が悪くなるのだからこちらが気付かないわけがない。

 何より、逃がすワケもない。

「リリさん、中くらいで出来ますかっ。逃亡阻害する程度でよろしいのでっ」

「や、やってみますー! キルシー、お願い手伝って!」

 リリのお願いに、首に赤いリボンをつけてもらったカラスが高らかに鳴く。

 ここに来るまでリリが大事に持ち歩いていたリボンは立派にキルシーの胸元を飾り、リリとの絆がハッキリと赤い帯として見えるようだ。

 使い魔と魔女のメリットは会話が出来るというだけではなく、魔女と使い魔が双方で魔力を共有出来るという事にある。

 つまりリリとキルシーの場合は強くなりがちなリリの魔力をキルシーが制御することも出来るという事で、そういう面でも他の動物よりも頭が良い、しかも長年人間と暮らしてきて人間に対する理解の深いカラスを使い魔に出来たのは僥倖だっただろう。

「いきます!」

「ケ、ケェーッ!」

 ……まぁ、その制御はイマイチ上手くいっていないみたいだけども。


・・・


「すげぇな。上半身吹っ飛んでるじゃねぇか」

「す、すみませんんん。ちゃんと中くらいのつもりだったんですけど……!」

「中くらいでこれ、とか……?」

「怖いことおっしゃらないでくださいまし、お兄様」

 及び腰になっていた騎士たちは「よし逃げよう」と判断をつけるよりも前に上半身を消し飛ばされて死んだ。

 しかも、前線に参加していなかった10人くらいを一撃で、だ。

 いやぁ見事見事……リリの言う「中くらい」はつまりはそのくらいの威力って事なのでキルシーにちょっと注意しておいてもらうか、リリに「もうちょっと小さい中くらい」を覚えてもらうしかないだろう。

 いやもう、なんだ「もうちょっと小さい中くらい」って。

 いっそのこと【火】の魔術だけでもいくらか細分化させて教えるのが早いだろうか。ただの小さい【火】はマッチくらいで、その次がちょっと大きい小さいの、みたいな。

 これは……メモするためのノートが必要になりそうな気がしてきたぞ。エリスが日記に記録していた理由が分かった。

「お前も、あっち側になりてぇ?」

 オレがちょっとばかり遠くを眺めながらそんな事を考えていると、その場に座り込んだジョンが地面に寝転がっている騎士に向かってそんな事を言った。

 よく見れば騎士の身体が震えているので、アレはまだギリギリ生きている方なのだろう。

 運がいいのか悪いのか、こうなるとなんかもうよくわからないな。

「お前らはどうやってコイツらを見つけたんだ?」

「し、知らない……! 我々は指示を受けて、このルートを辿っていただけで……!」

「その指示したってのは誰だ?」

「ぐっ……!」

 神殿騎士はこの状況になっても忠誠だかプライドだか分からないけれどなんかそういうもののために口を閉ざしているようだ。

 起き上がる事は出来そうにないのに、その状態でも信仰とか忠誠とかを抱えていられるのは正直凄いと思う。

 そういうものと無縁のオレには、命よりも大事なものなんてなさそうに思えるのだけれども。

「素直に言えばお前は生かしておいてやってもいいぞ」

「なっ……」

「おっと。あくまでもそう考えてるのは俺だけだ。他の三人は俺とは違うからな。意見も変わっちまうかもしれないぜ?」

 目玉にナイフを食らって死んだ男の眼窩から、ジョンがナイフを引き抜いて騎士が見えるようにゆらゆらと動かす。

 眼窩の奥まで突き刺さったナイフなわけだから引き抜けば潰れた眼球がそこに残っているわけで、流石にアレンシールがマントを広げて馬車の中にいるリリからは見えないように庇った。

 ジョンは結局ついてきてくれたのだが、明確に「一緒に行く」とは言わなかった。

 朝起きたらごく自然にアレンシールと話していて、ごく自然に馬車に乗り込んで、ごく自然にキルシーとリリと戯れていてオレの睡眠を阻害してくださりやがったのだ。

 彼がどういうつもりでついてきたのかは分からないが、こういう交渉事ってのはやっぱり男の人の方が迫力があるものだなとしみじみしてしまう。

 しかもジョンは隻眼だ。

 眼帯の下からもチラ見えする色の変わっている肌に明らかに「何かあった」のは明らかで、神殿騎士も口元をプルプルさせながら葛藤しているのが分かる。

 こうなればもう、勝敗は決したと言ってもいいだろう。

 生かしてくれると言っているうちに言わなければ、自分も同僚たちと同じように脳を潰されるか上半身をふっとばされるかして死ぬしかないのだ。

 オレは、神殿騎士が寝転がっているというのにガックリと肩を落とした幻覚を見た、ような気がした。

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