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第33話 魔女、責任をとる

 儀式から半日ほど、我々一行はなんだかぼんやりと過ごしていた。

 宿の床に刻んだ魔法陣はオレが【修復】し、リリはキルシーとの絆を深めるために常にキルシーといっしょに居る。

 【使い魔】と【魔女】は絆が深ければ深いだけ出来る事が違ってくるし、リリとキルシーが一緒に居るのはとてもいい事だから、引き離さないでただそれを見守っておいた。

 ふたりにとっては【魔女】と【使い魔】の関係はこれからがスタートなのだ。

 儀式を終えたらそこで終わり、というわけじゃない。

 その上でジョンは結局、今日は同じ宿に泊ってもらう事にした。

 流石に「使い魔を貰ったからもういいですさようなら」なんて出来るはずもなく、リリもキルシーとジョンの絆は失って欲しくないというのでアレンシールと同じ部屋に泊まってもらう事になったのだ。

 本来は荷物置き用にしようとしていたアレンシールの部屋には元々ベッドが2つあったから、今更一人増えた所でどうという事もない。

 ジョンは戸惑っていたようだったが、キルシーがねだるように肩に止まると断ることも出来ずに「今度は髪を整えましょう」というアレンシールに引き摺って行かれた。

 まぁ、ジョンという偽名はともかく多分彼は貴族かどうかは分からないもののそこそこいい家の出身だろうことはあのビジュアルから分かっている。

 別に庶民に美形が居ないというわけではなくて、その所作というかなんというか……説明しにくいのだけどただ汚れていても「違う」と分かる何かがあったから多分そうなのだろうと思う。

 アレンシールが用意した服はこの間村で買ったものではないアレンシール本人のもだったのだけど、それがまた似合っていたというのも大きい。

 アレンシール本人の服、イコールで貴族の服。それがバチバチに似合うという事は、本人もバチバチの貴族なんじゃないかと、元々貴族という世界からは遠い場所で生きていたオレは思うわけで。

 そんなジョンが「一緒に居てくれたのはお前だけだった」と言ったキルシー。

 これがキルシーが元々使い魔だったとか特別な絶滅危惧種だとか魔物だったとかだったならその絆も分からないでもないが、キルシーはただのカラスだ。

 一体彼は、どういう人生を送ってきたんだろう。

 あんな汚い路地裏で、傷ついたキルシーに何をしてやる事も出来ずに膝を抱えるしかなかった彼の正体は一体?

 そして……今更ながら「彼とキルシーを引き離す事」は正しい事だったのかと、考えてしまう。

 宿屋のバルコニー。そこそこいいお値段のする宿なので勿論眺めは良好なのだけど、その分外から見られている可能性も高いので2つの部屋のどっちのバルコニーにも強い【認識阻害】の呪文をかけた上でオレは夜空を見上げていた。

 相変わらず、女性もののネグリジェ? みたいなパジャマは慣れないけど、普段から丈の長いスカートを着ていると段々と慣れてきた、気がする。

 リリはキルシーと部屋で眠っているし、アレンシールとジョンも隣の部屋で眠っている事だろう。

 さっきまで男部屋の方では何か会話しているような気配があったけれど、今は静かになって明かりも消えている。

 ようやく冷静になれた今は考える事も多くって、宿のバーで買った炭酸水とオレンジ果汁のジュースを飲みながら何度も「あ~」なんて言いながら夜空を見上げる。

 信じられるか? この世界では炭酸水は湧き水なんだ。

 日本では結構珍しいはずの天然炭酸水が豊富に湧くらしいこの世界では炭酸水と果汁を合わせたジュースはありふれた飲み物らしく、リリは「パチパチが苦手で」と言っていたがオレは大喜びをしたものだ。

 流石にスパイスやなんかを混ぜまくった人工甘味料的な炭酸ジュースは存在しなかったが、果汁炭酸ジュースが存在するというだけで嬉しい。


「おい魔女」


 そういえばこの世界では夜にも明かりがついていたりするが電気とかなんだろうか、なんてぼんやり思いながら薄ぼんやりとしている町並みを見下ろしていたオレは、乱暴に扉が開く音と【魔女】と呼ばれたことに飛び上がるほど驚いていた。

 驚いて振り返れば、男部屋の方のバルコニーに立つジョンの姿がある。

 ジョンはぎょっとした顔でオレを見て一度部屋に引っ込んでからまたすぐに戻ってくると、部屋の中から持ってきたのだろう多分アレンシールのだろうマントをオレの顔面に叩きつけてきた。

「女がそんな格好で外に出るな!」

「その女の顔に分厚い布を叩きつけるのもどうかと思うんだけど……」

 そうか。やっぱこの格好で外に出てるのはパジャマでウロウロしているようなもんなのか。

 そんな事を思いつつ顔を擦って、ありがたくマントを羽織る事にする。

 マントを羽織るとアレンシールの匂いがするな、と思って、イケメンは香水をつけていなくても何か香るもんなのかとちょっとビビる。

 多分髪につけている香油とかだろうとは思うけど、アレンシールはマジでなんか、正しい意味でファンタジーの住人なんだなって思ってしまう。

「こんな時間にどうした? てっきりもう寝てるのかと……」

「……魔女と言われて否定しないんだな、お前」

「あー……まぁ、色々見せた後、だし……」

 呆れ顔で腕を組んでいるジョンの質問にちょっとギクッとして、返答がしどろもどろになってしまう。

 そういえばそうだ。

 キルシーを助ける方法があるとは言ったが、明確に魔女だとかそういう話しはしなかった。

 しないままに宿に引っ張ってきて、ジョンの願うままにキルシーを使い魔にしたのだ。

 もうちょっとこう……色々説明するべきだったんじゃなかろうか? と今思い返しても遅い。半日も前の事だ。

 あの時オレが考えていたのはキルシーの魂が身体から離れる前に使い魔にする事と、まずキルシーを死なせない事だったので説明はほとんどしなかった気がする。

 気がするんじゃなくて、しなかったんだ。

 他のことなんかまるで、目に入ってなかった。

 成長していないじゃないか、これじゃあ。

 王都を出た時に見たリリの家族の遺体を思い出して思わず頭をガシガシとかき回してしまう。

 あの時もとにかくリリとアレンシールの命を助ける事だけを考えていて、他のことなんかまるで考えていなかった。

 今王都で何が起きているのかも知らないし、ダミアンの事なんかは出来るだけ考えたくないとも思っている。

 もしかしたら、もしかしたらオレがもっと上手にやっていたらリリの家族も死ななかったんじゃないかとか、考える事はたくさんあるのだけど、どうしようもない事ばっかりだ。

 エリスは凄い【魔女】だ。

 その魔力をオレがもっと上手に使えていればもっと、もっと出来る事だってあったかもしれないのに。オレはまだ何も出来ないままだ。

「……キルシーの事は、本当によかったの」

「今更だ。キルシーが生き残る事を望んだのは俺だろう」

「そうだけど……ちゃんと説明をしていなかったな、と思って」

「お前が変な女なのは見た瞬間に分かった。魔女だろうとなんだろうと、結論はそこで違いはない」

「そ、それはそれで腹立つ……」

「フッ」

 鼻で笑うジョンに無意識に拳を作って固める。

 バルコニーにちょっとした距離がなければパンチが届く距離なのに、この微妙な距離が忌々しい。

 いや、飛び越える事は難しい事じゃない。【脚力強化】程度なら【認識阻害】と同時にかけておく事は可能だ。

 軽くビンタをするくらいなら……

「変にお嬢様然としてるより、今の方がいいじゃねぇか」

「へぁ?」

「エリアスティール・ノクト。どんなお嬢様かと思ったら、そうでもなさそうだな」

 隣同士のバルコニーの間の角に背中を預けるようにして町並みに背を向けたジョンの手には、最初から持っていたのかビールの瓶がある。

 この世界ではまだ色付きガラスの技術はないのか透明の瓶で、中の液体はシュワシュワと泡をたてていた。

「……お兄様から聞いた?」

「いや。有名だぞ、ノクト家の魔女姫が長男を殺し同じ魔女と結託して国家転覆を狙ってるとかなんとか」

「魔女姫……いや、っていうか長男を殺して? お兄様は生きていますが?」

「そういう事にしておきたいんだろう。血縁殺しは重罪だし、お前に協力している兄も殺すつもりでいるんだろうしな」

「知らない間に罪状が増えてるわけだ……それじゃあもうやっぱり明日にはここを出たほうがいいのかも」

「ちなみにお前の兄君はこれで自由に動ける! とか言って死人になったのを喜んでたぞ」

「察し」

 ビールを煽っているジョンからは酔いの空気はないから、彼が言っている事は嘘でもからかいでも何でもなく本当の事なんだろう。

 恐らくはダミアン主導でそうなっているんだろうが、王都の事から目をそらしている間に色々と凄い事になっているものだ。

 人里を避けてきたのが今になって情報という面で苦しくなってきたのかも。

 かと言って【認識阻害】の呪文程度だとちょっと違和感を持たれるとバレる可能性があるし、これからはもっと強い誤魔化しの呪文を使わないといけないかもしれない。

 カラスを連れた女の子というのも目立ちそう、だし。

 頭痛がしてくる。こっちはエドーラという世界に慣れるのにも手一杯だってのに、ダミアンは着々と手を回しているわけだ。

「神殿については何か知ってる?」

「魔女狩りに必死らしい、って事くらいは」

「あぁ、もう……めんっどくさ」

「神殿には魔女狩り専門の連中が居るらしくてな。ソイツらが聖者を連れて本格的に魔女狩りを始めているそうだぞ」

「聖者?」

「よく知らんが、魔女とは違って聖なる術でもって病気や怪我を癒す聖職者だそうだ」

 【魔女】に対して【聖者】ってか。

 それなら多分男だな、とぼやくと、ジョンもビールを持ったまま「違いない」と笑う。

 あぁ、あぁそうか……さっきジョンが言ってた「今の方がいい」の言葉の意味がやっと分かった。

 いつの間にかオレ、「エリスのふり」をしてなかった。

 エリスのふりをするのは凄く簡単なことだった。普通に話そうとすると丁寧な言葉が出てきたし、所作だってなんだって、「こうしよう」と思うとエリスがそうするだろう動きをする事が出来ていた、はずだ。

 少なくともアレンシールには何も言われなかったし、アカデミーでも誰もオレを疑う人は居なかった。

 なのに、なんでだろう。全然気付かなかった。

「……ジョン。これから貴方はどうするつもりなんだ?」

「あぁ……どうすっかな。何も考えてなかった」

「さっき考えてたんだけど、別にキルシーを生かす事と貴方と離れる事は、一緒に考えちゃいけなかったんじゃないかなって」

「どういう事だ?」


「一緒についてくる気はないかって聞いてんの」


 ほんとに、なんでだろう。

 同じようにバルコニーの角に身体を預けて炭酸オレンジジュースのグラスを煽ると、氷なんかは入っていないのにシュワシュワとした水が冷たく感じて喉がひんやりした気持ちになった。

 ほんとにほんとに、なんでこんな事聞いてんだろうか。

 キルシーとジョンを引き離すのは可哀想だと思ったし。

 キルシーはジョンの味方で居て欲しいってお願いしてきた、し。

 ただそれだけ。それだけなんだけど。

 結局よく考えずに思いついた事を口に出していた事がバレたのか、ジョンがビール瓶を柵に置いて笑い出したから、オレはそのビールを奪い取って一気に煽って飲んでやった。

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