目次
ブックマーク
応援する
8
コメント
シェア
通報
第27話 魔女、歴史を識る

「魔女とはいっても、使える魔術なんかほんの小さなものだった。それでも、薬草を調合して村の人に薬を作ったりしてそれなりに上手くやってたんだ。流れ者のアタシらを、受け入れてくれてた。だってのに……3年前さ。3年前に、母は殺され村は焼き払われた。魔女の悪い魔力が残るといけないからって、家も、家畜も、畑も全部全部、焼かれちまった」

 淡々と語るエルディは、やはり淡々と階段を上がっていく。

 途中でリリが床であり天井でもある箇所を破壊した部屋の横を通ったけれど、エルディは何も言わなかった。

「アタシは……村のじーさんたちに助けられたんだ。若い衆を集めてね、アタシと一緒に逃げるようにってさ。馬鹿だぜまったく。アタシを差し出せば何人かは命を救われたのかもしれないってのに、バカ正直にアタシを連れて何人かの若いのが村から逃げ出したんだ……でも、逃げている最中でほとんどが殺されちまった。そうして逃げ延びたのがここさ。母がここの扉の鍵を持ってて、裏口から入って隠れてやり過ごしたんだ。魔女狩りはなんでかここには近づかなかったし、生き残ったやつは、今も一緒に居るよ」

「お母様が……魔女……」

「あぁ、母親つってもアタシは孤児でね。腹が減って腹の病気になった所を拾って治してくれたんだよ。でも今でも、アタシの母親はあの人だけさ」

 笑うエルディの声が反響して、この神殿のほとんどは石造りのものなんだなぁとぼんやりと思う。

 孤児拾い育てた魔女はきっと優しい人だったのだろうなと、エルディを見ているとすぐに分かる。

 でも、彼女もまた殺されたのだと思うと本当に、イライラする。

 彼女を殺したのはきっと神殿の連中なんだろう。

 ここではない、もう一つの方の神殿の【魔女狩り】。

 3年前の惨劇を、エリスは知っていたのだろうか。

 3年前というとエリスは15歳で、アカデミーに入ったか入る前かくらいの話になるのだろうとは思うが、そんな年齢じゃ出来ることも限られていただろう。

 それでもきっとエリスなら、怒ったはずだ。

 【魔女の首魁】ならば、悲しんだはずだ。一人の【魔女】の死を。

 残念ながら今のオレは悲しむよりも怒りの方が先に立ってしまっているけれど。

「そら、これだよ。これがここの宝さ」

「えっ?」

 3階分ほど階段を上がった頃だろうか。

 エルディはドアもない部屋にするりと入ると、山側の壁を手で示した。

 そこにはいわゆる「宝物」っぽいものなんかは何もなく、あるのは壁一面を隠すことが出来るだろう大きなカーテンと、それらが隠していたのだろう大きな……本当に大きな壁画だった。

 驚いたリリがぽかーんとするのも無理はない。

 その壁画に描かれているのは【赤い月の女神】でも【蒼い月の男神】でもない、【魔女】だったからだ。

 壁画の【魔女】は黒い衣装を纏い、綺麗なアクセサリーをたくさんつけて光り輝く杖を手にして肩にはカラスを乗せていた。

 彼女の周囲にも同じような衣装の【魔女】が何人もいて、けれど服の色と杖が放つ光の色はどれも違う。

 それでも同じなのは、彼女たちが沢山の人々に施しを与えているのだろう事だった。

 一人は傷を癒やし、一人は死者を墓から起き上がらせ、一人は手のひらから落ちてくる稲穂を人々に与え、一人は輝く杖で世界を照らし……

 それらは、間違いなく【魔女】を信仰している者が描いたのであろう【魔女】たちが今まで人間たちにしてきた善行を絵にしたものだったのだ。

 驚いた、なんてもんじゃない。

 エリスは日記の中で「魔女は【疫病】【死】【戦争】【飢餓】から人々を守っていた」と書いていたけれど、あれは本当の事だったのかと今更に実感する。

 エリスを信じていなかったわけじゃない。

 けれど、当の【魔女】本人以外から叩き込まれる情報というのはあまりにも衝撃的で、何かがズドンと胸の中に押し付けられるような、そんな感じがした。

 彼女たちは、【魔女】は実在していたのだと。

 それが、【魔女狩り】によってどんどんと数を減らしてしまっているのだと。

 直近ではリリの家族が……そして3年前にも村一つが、その【魔女狩り】によって命を奪われていたのだと、実感してしまった。

「驚いたよ。最初はただの物見遊山の貴族様が盗賊退治に来たんだと思ったんだがね。まさか魔女様御一行で、しかも2人も魔女が居るたぁ思わなくてね。知ってたらこっちだって違う態度で挑んださ」

「……ごめんなさい。わたくし、貴方達が通行人を襲う野盗だと聞いていたの」

「ご、ごめんなさい……」

「いいんだよ。実際野盗まがいなのは違ってねぇさ。そうじゃなきゃ生きてなんかいられないからね。手段なんか選んでらんないのさ、こっちにはね」

 エルディは、この神殿の地下には戦うことを担当している男たち以外にも子を育てる女たちが居るのだと教えてくれた。

 今はきっとびっくりして怯えているんじゃないかと笑いながら言うエルディに、オレたちはもう何も言えない。

 なんだか、申し訳なくって仕方がなかった。

 エルディたちは野盗だ。

 手段を選んでいられないと本人たちが言っている通り、人から物を盗んで生きてきているのだから「悪」の方で間違いはないんだろう。

 でも彼女たちをそういう生活に追い込んだのは誰だ、となると、正義ぶっている連中じゃないかと、とも思う。

 頭痛がしてきた。

 これじゃあどっちが正義でどっちが悪だか即断出来なくなってしまうじゃないか。

「あれ……エリス様、あれは何でしょうか」

「あれ?」

「あの壁画の端の……あれは海、ですかね」

 眉間を揉みながらこれからのエルディたちの対処をどうしようかと考えていたオレは、リリに服をツンツンと引っ張られてやっと顔を壁画に戻した。

 壁画はめちゃくちゃ大きくて、複数人の魔女たちの功績を記録してもまだ余りあるくらいには横にも広いものだ。

 それだけの大きさがあれば当然死角が出来てしまうものだから気付かなかったが、リリが言った通り壁画の端に真っ黒い部分がある。

 【魔女】たちが杖を振りかざし真っ黒い何かに向けて光を放っている、ような、そんな感じの絵だ。

 恐らくは水中なのだろうと思われる色使いの空間の中に不可思議な形をした建物らしきものがいくつも、いくつも建っている風景を描かれているレリーフがある。

 それから、何だろうか、恐らく【魔女】なのだろう女たちが何かの真っ黒いものを囲んでいる絵だ。その真っ黒い部分には人間の顔のような、目のようなものがへばりついていて酷く不気味で、だからだろうか、【魔女】たちはそれを封印しようとしている、ようで。

 リリの言う通り、黒い部分は波打っている部分と白い部分があるので海なんだろうとは思うけれど、その海の中からこちらを覗き込んでいる目も、あるような。

「なんでしょう、これ……なんか、不気味ですね」

「えぇ……」

 なんだかわからないけれどゾッとした。

 元々海が嫌いというのもあるけれど、黒い波の間から【魔女】たちを睨みつけているのだろう「何か」に酷く、背筋が寒くなったような気がして。

 リリはなんでもないように壁画を眺めているが、オレはその部分からソロソロと距離を取って視線も外してしまう。

 なんでだろうか。

 こんなもの、ただの絵だ。

 大事に守られている壁画とはいえ、古臭い所もある抽象的な絵。

 それなのに、そんな絵の一角に小さく描かれたそのシーンが酷く恐ろしくって、オレはエルディがこちらを見ているのにも気付かずに壁画から距離をとっていた。

 無意識に、オレの腕を掴むリリの手に手を重ねる。

 何かに縋っていないと不安な気持ちは一体どこから来るのだろうか。

 それでも、リリと手を繋ぎ合ってしまうくらいには嫌な気持ちになっているのに壁画から目が離せなくって、オレは初めて感じるこの感覚がまるで海の中に放り込まれているような、そんな錯覚まで覚えていた。




「いいのかい? アタシらを捕まえなくて」

「今からでも人を殺していた事を自白でもしたら捕まえるつもりはありますけれど?」

「ハッ……それなら無理だな。残念ながらここに来てから一度も人を殺した事はねぇよ」

「ならば、聞いたお話とわたくしたちのした事で相殺ですわ」

 翌朝になって、一晩神殿で屋根を借りたオレたちは今度は街に戻るために馬を呼び寄せていた。

 神殿は夜のうちにオレの【修復】である程度直してあるので、今まで通り生活をするには問題がないはずだ。

 流石にリリの魔術で粉砕されてしまった粉までは修復出来なかったけれど、代わりにその辺の石を使って穴を塞いでいるし、多少の穴程度なら自分たちでどうとでもすると言うのでその辺は任せる事にした。

 彼女たちはオレたちにとっては害ではなかったけれど、今まで通行人たちには立派に盗賊行為をしていたのだからそこまで何とかしてやる義理もないだろう。

 今回神殿を修復してあげたのもここが【魔女】の神殿だったというだけで他に理由なんかはない。

 と言うとアレンシールあたりにはニヤニヤされそうなので言わないが、本当に、気持ち的にはそんな気持ちなのだ。

「エルディさん、だったかな。君たちは、本当にここから出て街で仕事を見つける気はないのかな」

「ね、ねぇよ! こ、ここがアタシらの墓だと思ってるからな」

「……そうですか。では、これを貴方に預けましょう」

 道中に残していた馬を魔術で呼び寄せながらエルディの部下のバンダナ付きに街までの道を聞いていると、少し距離をおいてオレたちを見ていたアレンシールが馬をリリに預けてバッグをゴソゴソとやっている。

 そこから取り出されたのは、アレンシールの手のひらほどの小袋……が、いつつほど。

 ジャラ、という音に「まさか」と思ったのはオレだけではなかったらしく、エルディの目も見開かれて丸くなる。

「これを置いていきますね」

「これを……って、全部金貨じゃねぇか!!」

「大金貨の方がよかったですか?」

「そういう意味じゃねぇ! こりゃ施しか!?」

 ポイポイと腕に乗せられていく袋の重さにぽかんとしていたエルディは、次の瞬間には沸騰したように叫びだした。

 まぁそれもそうだろう。

 本来であれば捕まっているはずの盗賊がいきなりこんな大金を渡されて施しじゃないと思うな、なんて無理がある。

 あの小袋には一袋には100枚くらい金貨が入っているだろうか。

 大金貨じゃないだけマシ……と言うような量じゃない。

 頭の天辺から煙を噴き出しそうなエルディに、しかしアレンシールはフッと笑うと

「まさか。神殿の維持費と修繕費さ」

「い、いじひ……?」

「昨日見せてもらった限りだと、この神殿は歴史的価値がとても高いもののようだからね。あの壁画もきちんと保存しておいてもらいたいし、ただの穴になっている窓にガラスか、せめて木窓くらいは入れて欲しいな」

「ア、アタシたちは隠れて……」

「君たちが盗賊行為をしていた事は今回は逆にラッキーだったよ。盗賊が寂れた神殿に根城を構えたって事にすればいいんだ。村の生き残りだなんて言わずに居れば、消えたことになっている村の生き残りだなんて思わないはず。藪をつついて余計な真実を飛び出させるのは、神殿も望まないだろうからね」

「……!」

「ここを拠点に新しい村を作ってもいいだろうね。これはそのための投資と思ってくれてもいいよ。恩は最大限売っていくタイプなんだ」

 なるほど確かに……神殿側としても【魔女】の居た村の生き残りが【魔女信仰】の神殿に隠れ住んでいる、というよりも偶然やってきた盗賊が廃神殿に住み着いたという事にしたほうが都合がいいだろう。

 そこに村が出来たとして、懲らしめられた盗賊が足を洗ったって事にしたほうが、余計な噂はたちにくいはず。

「ただし、村を作るのは1年以上空けてからの方がいいだろうね。これからきっと、この国は騒がしくなるだろうからね」

「ここに魔女様が居るからかい?」

「ふふ、どうだろうね。君はここに魔女が居るとして、神殿とどちらにつく?」

 アレンシールの問いかけは、ある意味では「次にあったら容赦しないぞ」という宣告のようにも聞こえてちょっと、ゾッとする。

 オレは無言で馬に乗り、それを見たアレンシールもリリをひょいと馬に乗せて自分もヒラリと……ほんとになんか、少女漫画みたいにかっこよく馬に飛び乗った。


「聞かれるまでもねぇ! アタシは魔女の子供だからな!」


 【魔女】に拾われた子でも、【魔女】に育てられた子、でもない。

 【魔女】の子供。

 そのほんの些細な違いは、それでもエルディの中にある母への気持ちを示しているような気がして、オレはつい声をあげて笑ってしまった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?