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第26話 魔女、頭目に会う

 さてこれからどうしたものか。

 オレは引き攣り笑いを浮かべながら最早地獄の様相を呈している周囲の様子を見回した。

「ちょっと発掘してこようかな……」

「お手伝いしますわ……」

「エ、エリス様~……」

「リリさんはわたくしたちが発掘した人の応急手当をお願いいたします」

「わかりましたぁ~!」

 発掘て、と足元で転がっているバンダナ付きが言っているがオレは間違った事を言っているとは思わない。

 だってこのホールひどい有り様だし、天井は抜けてるし上に居たんだろう盗賊まで完全に失神して転がってるし、なんかもう、なんかもう、だ。

 いや、やれって言ったのはオレなんだからリリは悪くない。

 悪くないんだ。

 ただ彼女の才能がオレの予想の10段階くらい上を行っていただけの話だ。

 とりあえずアレンシールと自分の上半身に【筋力強化】をかけたオレは、もりもりと瓦礫をどかしてバンダナ付きたちを救出していった。

 今更「上の階に誰か人質とか居たらどうする?」とか思っちゃったけどその時はもうごめんなさいをするしかない。

 それにしても、冷静になって見るとオレがへし折った足たちは結構生々しく酷い有り様だ。

 大体は開放骨折になっているし、これ普通に治療してもあとに何か残るんじゃないだろうかと思えるその有り様に、思わず口をへの字にしてしまう。

 盗賊というのは生活苦からなるものだと聞いているから、これじゃあ折角生かして捕まえてもマトモな職にもつけずに結局悪いことに戻ってきちゃうんじゃないだろうか。

 オレは黙々と盗賊たちを救出しながらも「うぅむ」と考えて、一段落をしてからエリスの日記をバッグから引っ張り出してページをめくった。

 エリスの日記には当然だが【治癒】の呪文も存在している。

 エリスも相当試行錯誤したのか、色々と書いては消されているそのページには、最終的に「わたくしはあまり治癒が得意ではないの」という可愛らしい告白で〆られていた。

 いやその告白は可愛いけれども、今それが出来ないのは少々困ってしまう。

 エリスの日記によると、【魔女】にも得意分野というものがあるらしく【治癒】を得意とする【魔女】は他に居たのだそうだ。

 アレンシールの病気を治す事が出来たのは、能力が発現するその瞬間だったからなのかもしれないと本人の考察が書かれていて「ふぅん」なんて思いながら何度も読んだページをめくる。

 【治癒】【強化】【攻撃】に【防御】と【調合】。

 種類は様々だけれど、大体にしてよくある「種別」と呼ばれる魔術の区分で得意分野が変わっているのかもしれない。

 調合というのはよくわからないけれど、多分薬とかそういうやつなんだろう。

 そしてエリスはそれらの中で言うならば【強化】型で、もっと言うなら全てを均等に使う事の出来る【万能】型という事だ。

 流石【魔女の首魁】とは思うが、エリスにとってしてみれば「得意な事がない」と思っていたのかもしれなくて、そんなニュアンスの言葉が魔術のメモの端々から感じられる。

 その気持ちはオレにもよく分かる。

 オレはどちらかというと文系で、でも理数だって苦手じゃなくて満遍なく勉強が出来るタイプだった。

 でも、じゃあ問題を解く速度はどうかと言われれば当然得意分野である現国や外国語やんかの言語系の方が速いし正答率だってそっちの方が上だ。

 そういう風に考えると、エリスが「治癒は得意じゃない」と言う言葉の真意もなんとなくわかる。

 それでも、得意じゃなくても出来るのだから、しない理由もない、し。

「じっとしてください。治療をする間に、質問をします」

「ち、治療……?」

「リリさん、ちゃんと抑えておいてくださいね」

「はい! エリス様!」

「ちょ、ちょ、ちょ、なにすんだ!?」

「ですから、治療ですわ。ただちょっと、痛いかもしれませんけれど」

 【治癒】の魔術のページを開いたまま、オレがへし折った足に手をかざす。

 元の足を想像して、皮膚を破って飛び出している骨が元の場所に戻り元々あった骨とくっつく所を、想像する。

 関節が繋がり、血管が繋がり、筋繊維が足を覆う所を……想像する。

「い……いでででででででで!!」

「大丈夫大丈夫。徐々に戻りますからねー質問に答えて下さればもう少し手加減もして差し上げますからねー」

「なんでも言う! 何でも言うからぁ!!」

「では、人々から奪ったお宝はどこにありますの?」

「いででええええええかゆい! 今度はかゆい!!」

「なんだか忙しい人ですねっ」

「治癒呪文ってそういうものらしいのよ」

 【治癒】とは、損傷したものを元に戻していく呪文、らしい。

 つまりはオレのイメージした通りに傷口は塞がっていくから、ほんの切り傷程度ならばともかく骨折はとにかく痛いんじゃないだろうか。

 オレだったら、骨がくっつく感覚なんかよくわからない。

 痛いと叫ぶだけでリリを傷付けずジタバタするだけのこの男はもしかして結構我慢強かったのかな、なんて思うくらいだ。

 今は傷口だった所が再生している所なのか「かゆい」と必死に足を掻いているが、この感じなら多分逃げ出す事はないだろう。

 まぁ逃げても、追いかけて潰せるけど。

「これから他の方の治療もしてきますが、逃げたら今度は……おわかりですわよね?」

「ひっ! はい!」

 素直でよろしい事ですわ。

 リリさんもにっこりしているし、まぁなんか色々あったような気もするけど良い結果なんじゃないだろうか。

 ていうかこの【治癒】、【広範囲化】とかなんかそういう魔術で強化して一度に沢山の人に使えないものだろうか。

 まぁ今はそんな事を考えている場合ではないから、指先でちょいちょいと傷口に触れて【治癒】を流し込んでいく。

 エリスでさえ触れないと治療出来ないこの魔術、もしかして【治癒】が得意な魔女であればもっと効率よく出来るんだろうか。

 ちょいちょい触れるだけとはいえ、怪我人たちが怪我した瞬間よりも悶え苦しんでいるのはなんというか……うるさい。

「エリス。頭目だっていう人が居たから引っ張り出してきたよ」

「あら……埋まっていたんですのね」

「ぐっ、なんなんだいアンタ……」

「通りすがりの者ですわ」

「嘘つけよ。通りすがりの者がこんな事出来るわけねぇだろうが」

 反論のしようもございません。

 意外にも女性だった頭目を前に、ちょっと口を閉じて遠い目をする。

 それにしても、盗賊たちがバンダナをトレードマークにしていたのはこの女性頭目が首にバンダナを実にお洒落に装備しているからっていう理由だった、っぽい。

 頭目は焼けた肌に濃い色の髪の、まぁ素直に美人さんだ。

 筋肉系ではあるけれど、良い筋肉の付き方をしている美人さん。

 この女性であれば、きっとまぁ、この情けない男たちもメロメロだった事だろう。

 男とはげにちょろいものである。

「偶然出会った商隊の方を襲ってらっしゃるのを見て、今後の交通にも影響しそうでしたので排除をしようと思ったのですわ」

「あぁ? じゃあ、この神殿が目的じゃねぇって事か?」

「……どういう事だい?」

 神殿……というのはさっきリリがボッコボコにしてしまったこの神殿の事だろうか。

 思わずサッと視線を外したオレの代わりに問いを投げたアレンシールに、頭目は少し考えてから「付いてこい」とエリスに向けて軽く顎を引いた。

 多分、エリスだけじゃなくってその背後でバンダナ付きたちを抑えつけていたリリに向けても、だと思う。

 頭目が逃げないように彼女の少し背後に居るアレンシールには見向きもしないっていう事は、オレとリリに見せたいものでもあるんだろうか。

 まぁどうせ盗賊たちの治療も終わっている事だし、とリリを促して立ち上がると、頭目は二歩ほどアレンシールと距離を取ってぐるっと回転するように方向転換するとちょっとぎこちない動きで神殿に戻り始めた。

 なんだ……アレンシールの顔面に負けただけか。

 思わず吹き出しそうになりつつ、アレンシールにはここで必死に足を掻き毟っているバンダナ付きの男たちを任せる事にして、オレとリリは頭目の後を追った。

 神殿の中は相変わらず瓦礫だらけだし、ほんのちょっとの運の違いで瓦礫を頭部に受けて後頭部ごと顔面がひしゃげてしまった盗賊の死体なんかもあるが、それらを避ければまだ上への階段は使えそうだ。

 殺すつもりはなかったのだけど、扉をホームランした時にもしかしたら扉のすぐ内側に居たとか、デカい破片を頭部に受けてしまったんだろうなぁと思うと「運のない人だな」と思ってしまう。

 現代日本でもたまにあった事だが、投身自殺しようとした人の下敷きになって、だとか、前を走っていたトラックから落ちた荷物が直撃して、だとか、そういう本当に運のない死に方をする人は本当に居るものだ。

 かすり傷で済んだ人とここで死んだ人の運の差ってどのくらいのものだったのだろう、なんて思う。

 運を数値化なんかは出来ないだろうが、もし数値化出来たのなら結構違いがあったのかもしれない、とか。

 まぁ、意味のない思考だ。

「アタシの名前はエルディってんだ。あんたらの疑問は、この階段を上がればわかると思うぜ」

「上の階にあるんですかぁ?」

「そうだね。まぁ、そこにあるのは宝なんて呼べるモンじゃないかもしれないけどな」

 階段を上がりながら、エルディと名乗った盗賊はぽつぽつと語る。

 我々は彼女たちを野盗だと思ってここに来たが、実際には村に住む事の出来なくなった人間がここに逃げてきて徒党を組んだだけであるという事。

 盗賊行為をしているのは、生きるためにしている事で相手はちゃんと選んでいるという事。

 相手を選んでいればいいのか? って話ではあるけれど、まぁ本人たちにとっては大事なポリシーってやつなのだろう。

「なんで村に住めなくなったんですかぁ?」

「……お嬢ちゃん、魔女狩りって知ってるかい?」

 一歩一歩階段を踏みしめていた足を留めて、エルディが振り返る。

 魔女狩りという言葉を聞いて言葉を止めたリリもまた、次の段に足をかけたまま動く事が出来なくなっているようだった。

 エルディの表情は穏やかで、ちょっと笑みなんか浮かべていて、リリを見守っているような、そんな表情だ。

 それでもその目は真剣で、けれど凪いだ海のように静かだった。


「アタシらの村は、魔女狩りで燃やされたのさ。魔女は、アタシの母親だった」

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