見張りを無力化してから、オレたちは急いで神殿の中に踏み込んだ。
一般的には両開きの扉のすぐ先は礼拝堂で広いホールになっているというので、オレは経年劣化のせいか少し隙間の空いている扉の隙間から覗き込んだ時の中が真っ黒でよく見えなくって、もうこうなったら突撃あるのみという結論が出た結果だ。
普通こういう時には剣の達人が……オレたちの中ではアレンシールがこういう扉をシュバシュバシュバッって斬って落としてくれそうなものだけれど、アレンシールが「この木は無理だね」とアッサリと言ったのでその作戦は一瞬で終了した。
いや、確かにめちゃくちゃ分厚くて重そうな扉なのでこれをシュバシュバ出来そうなのはそれこそマジでファンタジーの住人だからね、という事で素直に諦める。
なんとなくアレンシールの言葉には含みがあったような気もしたけれどそこはあえて気にせずに、リリとアレンシールを少し下げて自分の肩幅に足を広げて丹田に力を貯めるように息を吐き出した。
イメージです。
あくまでもイメージ。
丹田とかオレ知らないし、実際に使う力は腕力ではなく魔力様だ。
片手に持っていた扇子に【強化】と、扇子を持つ腕に【筋力増加】をグングンにかける。
段々
エリスの日記にもエリスが実際に試した呪文行使は2つが限界であると書かれていたけれど、別々にかけた呪文をそれぞれ増幅させてはいけないなんて書かれてはいなかった。
【強化】とか【増幅】という呪文はそれぞれ別にあるみたいだけれど、別にそれを呪文として使わなくてもいいんじゃない?ってやつだ。
より強く魔力を意識して、より強く、腕がぶっとくなるようなイメージをする。
「参りますっ!」
そして、オレの頭の中では鋼鉄の塊となった扇子を、オレのイメージの中では大リーガークラスのスイングで思い切り扉に叩きつけ……オレの想像の中ではエリスの身体よりもぶっとくなった腕でそのまま扇子を振り抜いた。
腕にのしかかる重く強固な扉の感触と、それが簡単に砕けていくあっけない感覚。
最早隠しても仕方がないので【静寂】の音は使わずに凄まじい音を立てて崩れ落ちていく扉をなんとなくスイングし終わったままのポーズで見守る。
今の服装は、あの村でありがたく買わせてもらった村娘っぽい平民の服だ。
胸元がちょっとキツいけれどワンピースっぽい丈の長いものだったのであんまり問題もなく、合わせて長いスカートを履けばちょっとしたドレス風でリリも絶賛してくれたもの。
そんな、彼女が絶賛してくれた服装でホームラン級のスイングをするなんて思ってなかったな。
多分エリスも想像してなかったんじゃないだろうか。
まぁ、アレンシールが目を丸くしているので誰もしないか……リリはおおはしゃぎだけど。
「な、なんだ今の音は!」
「うぉ!なんだこりゃぁ!」
「お、おい大丈夫かお前ら!」
「出てきましたわね」
「エリス。一先ず優先は捕縛だからね」
「嫌ですわお兄様。わたくしだって手加減というものの文字くらいは知っております」
「文字、だけ、ですかぁ……?」
「善処します、というやつですわ。リリさん」
音に気付いたのかバタバタと奥からやってきたバンダナ付きの男たちが酷い有り様のホールを見てギョッとした顔をしている。
大丈夫か、と聞いているという事はもしかしてこの瓦礫の下にはコイツらの仲間も居たんだろうか。
まぁそんなものは関係ない。
足に【脚力強化】と【速度強化】をかけたオレは、スカートを翻しながら瓦礫を踏み付け潰しながらホールに入ってきた男たちに肉迫する。
アレンシールが居るとはいえこちら明らかに非力そうな女だ。
男たちは油断したのかオレが眼前に来た頃には驚いて仰け反るくらいしか出来ていなくって、素早く2人ほどを足払いしてやった瞬間にも無様な声で転がるだけだった。
ミシッ、と音がしたのは多分、骨が折れたからだろう。
盗賊の足が曲がってはいけない方向に曲がって、扇子があたった部分の反対側から白くて尖った何かが皮膚を巻き込みながら飛び出してくる。
その一瞬あとに、出血。
だが大事な血管は損傷していないようでその出血量は大したことはなかったから、オレはすぐさま次のターゲットの足を狙った。
アレンシールが捕縛優先と言っていたから足を狙ってやったんだからここは感謝して欲しいなと思う。
オレが何も考えずに攻撃をしていたら、容赦なく頭を狙っていただろうから。
「あぁもう……こちらは僕がやるよエリスっ」
「お任せいたしますわ」
捕縛優先。
アレンシールの言葉の裏には、入口でまだ動けずに居るリリを守る事も入っているんだろう。
リリは怯えているのか、扉で立ち尽くしたまま呆然と今の状況を見守っている。
オレに次々と足をへし折られて悲鳴を上げて倒れていく者や、鞘のついたままの剣を振るうアレンシールによって武器を落とされ頭部を殴打されて声もなく倒れていくバンダナ付きたちのその姿は確かに不気味だったり恐ろしかったりはするだろう。
オレだって実際こうして戦闘をするターンになったら躊躇したりするとは思ってたのに……のに、いざとなるとちっともなんとも思わない。
ぶっ壊れてるのかなぁ、なんて思いつつ、逃げようとしてすっ転んだ男の足をスネからへし折って無力化する。
膝が反対側を向いて、膝の皿が見えるのに「おっ」なんて思う余裕があるくらいに簡単な作業だ。
そう、作業。
淡々とこなしていけば周囲にはいつの間にか足を抱えて痛みに転がっている奴らばかりになる。
そういえばこの世界では足を折ったらどうやって治療するんだろうか。
今更か、そんな事。
「リリさん」
「は、はい!」
「もし魔術を使う余裕がありましたら、お願いしたいことがありますの」
顔を真っ赤にして死物狂いの形相でナイフを振るってくる男の刃は、いつの間にか背後にいたアレンシールの剣が弾いた。
いつの間に、と、もうあっちは片付いたのか、という驚きを覚えながらも、リリの方を見て態勢を立て直す。
入れ替わるように前に出たアレンシールの剣と言う名の血だらけの混紡には【強化】をかけておくのも忘れない。
「この天井に向けて、全力で【火】をぶつけてみませんこと? 一度自分の全力を知っておくのは、今後のためにも重要だと思うのです」
何気なく、本当に何気なく天井を指差しながらそう言ったオレを見て、バンダナ付きたちがぎょっと目を丸くし、リリの目が物凄く輝く。
リリのあの目は、アレだ……「全力でやっていいんですね!」っていうアレだ。
「はいっっ!!!」
あぁ、元気がよろしい。
攻撃対象が人間ではない事と全力でやってもいいという事。
その両方がリリを元気にさせたのか、リリは即座に手のひらを上にして両手を前に出すと、そこにぽっと火が灯った。
最初はマッチの火くらいのサイズだったそれはグングンとサイズを大きくしていき、徐々に徐々に周囲を赤く照らしていく。
床に転がっていたバンダナ付きたちはヒィヒィ言いながら廊下の方に逃げようとしているが、今の状況では逆にソレは愚策だと気付いたらしいアレンシールが逃げようとしたバンダナ付きたちの首根っこを捕まえてホールの真ん中に引きずっていく。
人数は20人以上居るだろうか。
オレもアレンシールの意図を察して腕に【腕力強化】を施してアレンシールが気絶させたやつも含めてホールの真ん中まで引きずっていくと、野盗たちはなんとも無様な悲鳴をあげる。
殺されるとでも思っているんだろう。
ここが今一番安全な場所であるとも知らずに。
「悪かった! オレたちが悪かったから殺さないでくれぇ!!」
「もう盗みなんてやめるからよぉ!! 頼むよぉ!!」
「お、おかあちゃーーーーん!!!」
なんとも情けない悲鳴も聞こえて来るが、その対処はアレンシールに任せた。
オレは、徐々にデカくなっていく……いやデカすぎないかアレ?
あのリリの【火】はもう【火】ってレベルじゃないんじゃないかなアレ?
アレはもう【火】っていうか……なんだ?
あの、体重200キロ近くありそうな相撲取りくらいのデカさの【火】はなんて表現すればいいんだ?
確かにオレは「全力で」って言ったけど、リリの全力はまだまだこれよりもあるというのだろうか?
【火】だぞ?
焚き火に火を付けるだけの初歩の初歩の魔術。
オレは、ちょっと冷や汗をかきながら泣きわめくバンダナ付きたち全員も入るように広く【障壁】を張った。
上方に分厚く【障壁】を張って、更にそれに【結界】を重ねて魔力を注いで強化をしていく。
この神殿の材質がどんなものかは分からないが、リリのあの【火】に敵う気がしない。
同じ事を考えているのか、アレンシールはすでにバンダナ付きたちと一緒に頭と耳を守りながらその場にしゃがみこんでいた。
ず、ずるい!!
音のことなんかすっかり忘れてた!!!
「リリ! いきます!!!!!」
【静寂】を優先するべきか結界の強度を優先するべきか。
一瞬自分の中で起こったその葛藤の最中に、これも元気のいいリリの声がホールに響き最早【劫火】と言えるだろう巨大な【火】が天井に投げつけられる。
さっきのオレのスイングがホームランなら、この投擲はそれをアウトにするためのエースピッチャーのものだろう。
高い高い天井。
きっと5メートル以上は上にあるその天井に赤い尾を引きながら飛んでいった巨大な火の玉は、まるで天井に触れた瞬間に膨れ上がったかのようにぐにょりと形を変え――そのままさっきのオレの扉破壊なんか可愛いく思える程の凄まじい轟音をたてて、空間そのものを破壊した。
直撃
閃光
破裂
衝撃
轟音
その後に残るのは……意外にも静寂であるという事をご存知だろうか。
オレは知っている。
何しろ日本は災害大国であったので、大きな地震の後がなんか、こんな感じだった。
実際多分、地面も揺れてたし。
物凄い光で目が潰れたんじゃないかってくらいに目がチカチカしている。
アレンシールみたいに事前に耳と頭を守れればこんな事もなかったのかもしれないのに、アレンシールは警告してくれなかったんだからズルい。
やれって言ったのはオレなんだけども。
「エ、エリス様ぁ~! 大丈夫ですか~~!!」
「大丈夫ですわ……問題なくってよ……」
怪我はしていない。
【障壁】が上手く機能してくれたのかオレたちの頭上には分厚い鉄板みたいな結界が落ちてきた瓦礫を上手く支えて、周囲は【結界】のお陰で埃も上手く遮断してくれている。
しかしこれは……【結界】に遮音や遮光を追加した新しい魔術を開発しないといけないんじゃないだろうか。
【障壁】の上に落ちてきた瓦礫の中に失神して痙攣している人間が居る事に目を瞑りながら【障壁】ごと横に移動させて瓦礫を人のいない所に上に乗っかっていたものを落としながら、オレはリリの才能が結構マジで恐ろしくなり始めていた。