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第24話 魔女、侵入する

 盗賊のアジト、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、山の中をくり抜いたような土中の要塞って感じのもの、だろうか。

 イメージとしては貧困かもしれないけれど、オレの知っている限りの「ファンタジーもののアジト」というのはそんな感じで、壁の天井も全部土で迷路のようになっており、言い方は悪いかもしれないけれどアリの巣のようなイメージがオレにはあった。

 だから、商隊の人から「盗賊団のアジトは山にある」と聞いた時にも「そうだろうな」と思ったし、馬を進めて段々と近付いてくる大きな山に段々と緊張をしていったものだった。

 しかし馬を降りて木に括り自分の足でアジトに向かう頃には、オレの想像というものはあくまでも「現代日本の人間」のイメージでしかなかったという事を思い知らされる。

「あ……アレですか?」

「そのようだね。見張りも居る」

「凄い建物ですね……なんだか神殿みたい」

「神殿……」

 無邪気なリリの言葉に、そうだソレだ、と頭の中で膝を叩く。

 山の一部を切り崩して出来ている石造りの巨大な建物は、まるで神殿のようだった。

 巨大でぶっとい柱に、その柱が支える三角形の屋根とその下にあるこれもまたでっかい扉。

 扉はその古っぽさから見て流石に木製みたいだけれど、両開きのそれを守る見張りの身長が小さいとしてもかなり大きい。

 アレでは、開くのも大変なんじゃないかって思ってしまうくらいだ。

 神殿。

 なるほどこれは神殿だ。

 この世界の神殿でオレが見たことがあるのは王都にあったソレだけだけど、ここはかなり立派な部類なんじゃないだろうか。

 でも、そんな立派な神殿がなんだって盗賊のアジトになんかなっているんだろう?

「恐らくは、破棄された旧神殿だろうね」

「旧神殿?」

「リリさんも知っていると思うけれど、ここ何代かの国王陛下は【蒼い月の男神】の一神教にしようとしているんだ。少なくとも、この国だけはね。だからこの神殿は、【蒼い月の男神】以外の神殿だったんだろう」

「神様って青い月の神様以外にもいらっしゃったんですか?」

「居たんだよ。段々と忘れられていっているけれどね」

 コソコソと見張りたちの視界に入らないように繁みの中を移動しつつアレンシールがリリに神殿についてのレクチャーをしてくれる。

 エリスの日記を読んでいたオレは段々と【蒼い月の男神】信仰が一神教となってきていた事を知っていたけれど、リリのような一般市民にとってはあまり深く考えない事なのかもしれない。

 特に【赤い月の女神】はほとんど【蒼い月の男神】と同じ宗教扱いされていたのだから、そこから自然に意識を誘導されていてもおかしくはないのかも。

 仏教や神道、キリスト教なんかがごちゃまぜの世界で生きてきた日本人のオレにはこの世界の人々の宗教観やどこまで深く神を信仰しているかなんていうのは分からない。

 わからないけれど、こうして打ち捨てられた神殿を目の当たりにしてしまうと本当に今の魔女狩りは作為的なものだと思わざるを得ない。

 アレンシールが語ったように何代かの国王が徐々に一神教に切り替えようとしているという事は、その間に殺された【魔女】の数だって相当のものだろう。

 オレがリリの存在を知ったのは偶然だったし、彼女に【魔女】の素質があると知ったのはダミアンが彼女を狙っているからもしかしてと感じたというだけのことだ。

 まぁリリに素質がなかったとしても一緒に逃げるという選択肢は変わらなかっただろうと思う。

 まさか、あんな男に狙われていると思われる子を一人残して自分だけ逃げるなんて事は、魔女云々を抜いてもオレには無理だ。

「あそこが神殿なのだとしたら、中もきちんと整備されている可能性が高いですわね」

「そうだね。洞窟やなんかよりは楽そうだ」

「ではわたくしが見張りを排除してまいりますわ」

 今回の作戦はとりあえず2つ。

 出来るだけ死者を出さない事と、誰一人逃さない事、だ。

 別に悪人なんだから殺してしまえば済む話なのかもしれないけれど、かといってただ殺して終わりにするだけならオレたちも盗賊たちも変わりなくなってしまう。

 今回はリリも居る事だし、出来るだけ死者は出さない方針の方がいいだろう。

 オレとアレンシールだけならボコボコにしながら進む事も出来たはずだが、それはしない。

 まぁかと言って「反撃しない」とは言っていないけども。

「あの……もし。少々お伺いしても、よろしいでしょうか」

「あンだぁ? ネェちゃん、道にでも迷ったのかぁ?」

「悪いがこの神殿はもう機能してねぇぞ」

「いえ、そうではなく……」

 フードのついたマントに、最初の村で仕入れたくたびれた古着。

 そんな格好のエリスは美しい黒髪以外はただの村娘に見えたのか、盗賊たちが剣を抜いて追い払おうと手を仰がせる。

 これはきっとこちらを脅して逃がそうとしているのだろうが、正直驚いた。

 こういう輩は問答無用で女に襲いかかってくるものだと思っていたからだ。

 だがこの男たちは剣で威嚇はするものの追い払おうとするのは剣を持つのとは逆の手で、こちらに怪我をさせないように配慮している、ような。

 そんな事をされたらオレだって【昏睡】させるくらいしか出来る事はない。

「さっすがエリス様!」

「ただ眠らせただけかい?」

「いいえ、【昏睡】ですわ。睡眠よりも深い眠りですので、殴られでもしない限りは目覚めないかと」

「そうか。じゃあちょっと、向こうの繁みに隠してくるよ」

「お願いいたします」

 【昏睡】と【睡眠】の魔術の違いは単純に眠りの深度の差だ。

 【睡眠】では大騒ぎしている者が居たり少しゆすられただけで置きてしまうが【昏睡】はそれでは起きることはない。

 殴られたりなんかして痛みを感じたり、耳元で鼓膜が破れそうなくらいの大声を上げられない限りは起きる事はないだろう。

 油断しすぎだ。

 オレをただの村娘と勘違いしていたからかもしれないが、なんとも情けない有り様に「もしやあまり統率はされていないのか」なんて疑念を抱いてしまう。

 魔術に関する知識がないのは仕方がないが、馬を使って1日以上かかるような森の奥の神殿に来る村娘なんてそう居やしないのにもっと警戒するべきだったのじゃないだろうか。

 精神操作系の魔術は、相手がこちらに警戒心を抱いていると効きが悪いと日記には書いてあったから、警戒をしていればこんな風にコロッと眠らされる事もなかっただろうに。

「リリさん。アレンシールお兄様が戻り次第、中に入りますけど」

「は、はい!」

「……無理はなさらなくても良いのよ?」

 パラパラとエリスの日記をめくりながらリリをチラリと見ると、リリはまるで「見透かされた」とでも言いたげにハッと息を呑んで固めていた拳を胸元に隠した。

 さっきから……というよりも昨日から、元気があったはずのリリがあまり乗り気ではなさそうな事に気付いてはいた。

 きっと彼女は「悪党退治」と「誰かを攻撃するかもしれない事」の間で揺れているんじゃなかろうか。

 オレも彼女とまったく同じ気持ちで揺れ動いていたが、それはオレの中での「現実」と「この世界」の相違を合致させる作業に手間取っているだけのこと。

 でも彼女は。

 リリは、家族を暴漢に殺されている。

 あれからまだ5日も過ぎていないのだ。

 彼女の中では家族の遺体はまだ生々しく頭の中に残っていてもおかしくはない。

 あの時使った【火】も、オレにとっては「いい位置」に落とされたものだったが彼女にとっては「相手を傷付けないギリギリの場所」に落とされたものだったの、かも。

 もしそうなら、このままリリを連れて行くわけにはいかない。

 多少危険でも、ここに残っていて貰ったほうがいいのじゃないだろうか。

「……いいえ! 大丈夫ですっ。わたしも行きますっ」

「リリさん……」

「まだ全然魔術は使えないけど……ちゃんと見ておきたいんですっ」

 お願いします、と真っ直ぐにこちらを見て言うリリに、オレは何も言う事は出来なかった。

 ただ、彼女をちゃんと守らなければいけないとより強く、思う。

 今までみたいにただ人の精神に作用する魔術で誤魔化すのではなく、攻撃に使える魔術を彼女に見せていかなければいけない場面が今、なのかも。

「わかったわ、リリさん。よく見て……そして、自分で決めてね。わたくしも兄様も、貴方の意思を尊重します」

「……ありがとうございますっ」

 此処から先、きっとリリは様々な選択を強いられるだろう。

 人を殺すか殺さないかという選択は勿論、魔術や魔女についても。

 それならばオレは【魔女の首魁】として、エリスの意思を継いだ人間として、そして彼女やアレンシールよりも年上の男として出来る事をしなければならない。


 そう……まずは戦い方だ。

 とりあえずまずは、血や脂ですぐ駄目になる剣よりもこっちの方が強いのだぞと、閉じた扇に強化の魔術を重ねてかけた。

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